第32話 救出任務
フィーナとの会話を終えると、ミューカは元通りの顔に戻った。
その瞬間表情が明るくなり、ミューカはいつものように胸元へ飛びついてきた。
「終わりましたわぁ~っ! どうでした? かんっぺきでしたわよねぇ!」
「お疲れ様、ミューカ。すごい能力だね。助かったよ」
「そうでしょう、そうでしょう!」
フィーナは人の腹に抱き着いてひとしきり胸に頬をこすりつけた後、急に飽きたようにすくっと立ち上がると、腕組みしてララを挑発した。
「どうかしら、愚民。これがクイーンの能力よ。私の方がメイティアの役に立てるんだからぁ!」
「さて、主様。それではこれからどういたしましょうか」
「こぉらぁ! 無視するんじゃなくってよ!」
ララはフィーナを完全無視して、こちらに歩み寄った。
「今すぐ聖母教会に殴り込んで、フィーナを救出してきましょうか?」
「さすがにあそこまで言ったんだし、俺も行くよ、ララ」
「確かに、救出任務となれば人手が要ります。一緒に本部をぶち怖しに参りましょう」
「いっちょやりますか」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 馬鹿じゃないの、あんたたち!」
今まで事態を静観していたエステラが、突然声を荒げた。びっくりして全員がエステラの方を一斉に見る。
「フィーナを救出したいのはわかった。した方がいいのも理解できたわよ。だけど、教会本部に殴り込むなんて正気の沙汰じゃないわ!」
「えっ、そうなんですか?」
「えっ、そうなんですか? じゃないわよ! シスターだって対魔物の戦闘訓練を受けているし、王選十騎だって頻繁に出入りしている。それに何より、あそこには第一聖女の最強ババアがずっと鎮座してるのよ?」
「へぇー、いろんな人がいるんですね」
第一聖女は歴代の聖女から続く、正当な当代の聖女、という話だったが、もう結構なお歳なのだろうか。
「あのねぇ……あんたたち何にも知らないから、世界で一番強いって気になってるかもしれないけど……そんな風に油断してたら痛い目みるわよ。アライアン王国だって、圧倒的に不利な戦いの中で、今まで存続してきただけの底力がある。あまり人類を舐めないことね」
「おぉ、確かに! そうですよね。人類もやっぱり、捨てたもんじゃないですよね!」
「へ? そ、そうよ? 何なのよあんた、調子狂うわね……」
ララたちは常に人類を見下していて、何故か俺のことは人類と思っていないようだが、実際自分のアイデンティティは人類のままだ。久々に聞いた人類上げに思わず喜んでしまった。
「確かに今回の目的はあくまでフィーナの救出です。本部は壊さずに、ミューカの時みたいに忍び込めばいいかな?」
「えぇっ? それは難しいですわ。私一人が入って出てくるのは簡単ですけど、フィーナはスライム化できないのですからぁ」
それもそうだ。ミューカは液体になれるから、わずかな隙間からでもどこにでも入れるし、出られる。しかし人を連れていたら話は別だ。鍵を開けたり、見つからないように移動したりしなくてはならない。
「いい考えがあるわ。これを見て」
エステラの元へどこからともなく地図が飛んできて、それをパシッと手に取ったエステラは、机の上へと広げた。
「ここが教会本部のある王都。そして、ここがノーマン山。鉱石採掘施設があるとされているけど、実際には研究所があるって話ね」
「こうしてみると、結構距離がありますね」
「ええ。そしてあなた達は、フィーナの居場所、状況がミューカの能力のおかげでわかるのよね」
「その通りです。つまり……移送中にうまく叩けるって話ですね?」
「そうよ。ただ、王都を出てからしばらくは、街道沿いにいくつかの重要拠点や大きな街を通り過ぎる。ここで手を出すのはおすすめしないわ」
エステラの長い爪が、つつーと王都から、北の方へと進んで行く。
地理には詳しくないので、説明してもらえるのは有難い。エステラには元冒険者としての知識があるのだろう。
「その先まで進めば、北アライアン平原。さらに進むと、森林地帯に入り、そのままノーマン山道に進んでしまう」
「私たちの能力は……多分、広いところ向きです」
自分の光剣とララの触手は、見通しがよくて広いところの方が使いやすい。ミューカの能力は隠密にも向いているということがわかったが、総合的にみて開けた場所の方が有利だろう。
「ララとメイティアの二人と戦って、私もそう思ったわ。だから、移送中に叩くなら……」
「北アライアン平原、ですね」
山の南、森林地帯のすぐ下にある、平原が描かれた場所を、エステラはトントンと爪先で叩いた。
「決まりですね」
「任せなさい! べっちょべちょにしてやるんだから!」
ララとミューカも異存はないようだ。ミューカにべっちょべちょにされる奴が誰かは知らないが、今から同情するよ。
「私はここに残る。それでいいわね?」
「もちろんですよ。エステラさんがこんなことに巻き込まれる必要はありませんから」
「はぁ? あんたねぇ。私には関係ないなんて言うつもりじゃないでしょうね」
「えぇ? でも、フィーナさんと知り合いでもないし」
「そのフィーナさんとやらを助け出したら、どうせここに連れてくるんでしょう? とっくに巻き込まれているんだから、外野扱いしないで」
「それもそうですね。既に巻き込んでしまっているかも。ごめんなさい」
「別に謝って欲しいわけじゃないわよ。私の仕事は、あんたたちの帰る場所を守ること。そうでしょ?」
「ありがとうございます、エステラさん」
「ま、まあ、せいぜい、無事に戻ってきなさいよね!」
素直にお礼を言ったというのに、エステラは何故か少し不機嫌そうに立ち去って行った。
無関係者扱いしたのがそんなに気に入らなかったのだろうか。
とかいいつつ、最後には無事に戻れと言うあたり、人の好さが隠しきれていない。
「なんだか怒ってましたわね。怖い方ですわ。私達、本当にここに棲んで大丈夫かしら。ねぇメイティア?」
「ああ、そうか。ミューカは知らないんだったっけ」
「何がですの?」
そういえばミューカは見ていないんだった。エステラがリリーの前でどう振舞っていたか……
別れ際どんな感じだったか。
あれを見ればきっと、ミューカも考えが変わったことだろう。
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