第30話 力の解明


「食事を食べる時はこの部屋。奥にキッチンと食糧庫。あんたたちを含めてもしばらく分はあるけど……食料が穢気に汚染されても聖女がいると浄化できるから便利ね」


 エステラに続いて一階に降りると、キッチンや食堂を案内された。


 食料や物体も穢気の汚染を受けるが、その場合は穢人と同じように、単純な浄化で済む。もちろん放っておけば、再び汚染され、食べられなくなってしまう。


「今までは、食べ物はどうしていたんですか?」

「長期保存を考えなければ、ここでもそれなりに持つわ。だから冒険者に紛れて、長城を越えて買いに行っていたの。もちろん、商人と接するときは顔を覗かれないように細心の注意を払っていたけど……あの子、リリーに出会ったのも買い出しの帰りよ。その日は食料を捨てて帰ったけどね」

「でもいいんですか? 私たちまで頂いてしまって。こちらもララが少しは生活費を持っているはずです」

「金銭や金目のものはいくらでもこの屋敷に残ってる。火事場泥棒みたいで良くないって思うかもしれないけど、いつになったら人が帰れるかも分からない土地よ。ナクト村の惨状は見たでしょう? 館の持ち主が無事かどうかさえ……」


 エステラは肩をすくめた。


「残念だけど、綺麗ごとだけじゃ生きていけない。人間扱いはしてもらえないのに、魔女だってお腹は減るの」

「責めたりしませんよ。ただ……いつかここが綺麗になったら、その時には何か、代わりに返せるものがあるといいですね」

「ここまで浄化が行き届くなんて、数百年先……って思ってたけど、あんたの無茶苦茶な能力を見るに、そう遠くないかもしれないわね」


 自分の能力は、ほかの聖女とはそんなに違うのだろうか?

 確かに単純に倒していただけの強力な魔物が、倒すたびにさらに強力な仲間になるというのは、何というか、ずるい能力だ。

 ずるいってのはつまり、ゲームとかカードゲームとかでも、相手にやられたらイラつくって意味。


「はい、一階は終わり。あとは地下に浴場があるから、夕方ごろに沸かすわ。そうしたら好きに入って」

「お風呂があるんですか!?」

「いいでしょう? とんでもなく広いのよ。前の主人の趣味かしら。風呂場で何やってたんだか」


 素晴らしい。これでミューカの世話にならなくとも、身体を綺麗にできる。

 しかし、水やお湯はどうするんだ?


「お湯ってどうしているんです?」

「裏の井戸から引いて、後は魔法。以前は人力で沸かしていたんでしょうけど」

「魔法……あの爆発の時の?」


 エステラから食らった火の粉の爆発魔法を思い出す。あれでお湯を沸かそうと思ったら、明らかにオーバーキルだ。


「あ、あれは少し感情が昂っていたから失敗しただけよ。確かに時にはお風呂で暴発することもあるけど……直せばいいだけだもの」

「あるんですね……失敗すること……」

「別にいいでしょう!? 人が入ってる時に爆発するわけじゃないんだから」

「それならまぁ安心……でしょうか?」


 エステラに一通り屋敷を案内してもらい終わった。歩き疲れるほど広い屋敷で、何も不自由なく暮らせそうだ。


「ララには、リリーが使っていた部屋をそのまま使ってもらえばいいんじゃないかしら」

「あと、もう一人来る予定なんですど」

「まだ来るわけ? 全く、やかましくなりそうね」

「それと……気になっていたんですけど」

「何よ……?」


 聞きづらいことだが、聞いておかねばならないことでもある。


「エステラさんは、戻りたいと思わないんですか? リリーみたいに、元の生活に。もし、そうしたいなら、無理してここに残る必要は無いんですよ?」

「元の生活、ね」


 エステラは伏し目がちに、言葉を続けた。


「私が魔女になったその時……共に長く旅をした冒険者の仲間達から、刃を向けられた。魔女化した直後、魔力の制御も上手く出来なかった私は、彼らをみんな焼き払った。もう私に……帰る場所なんてないわ。誰も待って無いの」


 リリーが出ていく時、エステラが取り乱していた理由がわかった気がする。

 かつての仲間を全員殺してしまったエステラは、ここで一人きりでずっと暮らしてきたのだ。そしてつい最近リリーに出会って、ようやく久しぶりに人と関わることができたのかもしれない。


「リリーがいるじゃないですか。リリーだってきっと……」

「あの子には帰る場所がある。私とは違うのよ。あの子の邪魔をしたくない……私はあの子と違って、それなりに有名だろうから」


 冒険者仲間との一件は、教会にも知られていることだろう。ただ行方不明になったリリーと違って、エステラは魔女として知られ、追われる身だ。


「いいの。そりゃ私だって、キス……は、してみたいけど……」

「え……?」

「ち、違うわよ! 聖女の能力でも、そんなの聞いたことないから。あくまで研究対象ってだけで……」

「やっぱりそうなんですか。自分でもよくわからないから、詳しく知りたいんですよね」


 強力な能力ということはわかるし、そのせいで教会や王国から追われてもいる。しかし当の本人が使い方をはっきり理解していないというのでは、話にならない。


「今のところ分からないのが、リリーにした”洗礼”って権能と、”小陽核”ってやつなんですけど……」


 ”執行”、は光剣と光輪を操る能力っぽいし、一番わからないのはやはり小陽核だ。一度も見たことが無い。


「エステラさん、研究したら何かわかりそうですか?」

「えっ……と、そ、そういうのは専門じゃなくて、ちょっと、顔近いわよ……そんな目で見つめないでっ」

「ですよねぇ。わかってました。やっぱり一番情報を持っているのは教会なんですよね」


 諦めてエステラのそばを離れようとすると、エステラがガッと肩を掴んで、引き留めてきた。


「待ちなさい! 誰もできないなんて言ってないでしょう!?」

「そ、そうなんですか? じゃあ……お願いします?」


 体を預けるようにして突っ立っていると、何故かエステラは顔を真っ赤にしながら固まった。


「んっ!」


 思い切ったような声を上げながら、エステラはいきなり人の下唇に指をあてて、そっと口を開けてきた。

 されるがままにしていると、エステラは額から汗を垂らしながら、目を閉じた。


「キスはしないって話でよかったんですよね……?」

「う、うるさいわねぇ! ちょっと黙って!」


 怒られてしまった。静かにそのまま待っていたが、エステラは遠くのものを想像でもするかのように、目を閉じて、眉間に皺を寄せている。


「これはっ……?」


 エステラは突然目を開いて、唇から指を離した。


「これは……きっとこの屋敷の中でしかわからないことだったわ」

「屋敷の中? どういうことですか?」

「私は全てを感知できるこの屋敷の中であんたと戦ったからこそ、あんたの光剣や頭の輪っかがこの屋敷に再び現れればすぐに感知できる。ここまではいいわね?」

「ええ。屋敷の中のことは身体で触れたように感知できるって。凄い能力ですね」

「今、じっくりと近くで観察したから分かった。あんたの、唇に……光剣と似たような力を感知したわ。小さい割に、決して微弱なものではない」

「それって……つまり……どういうこと?」

「わかんないわよ、だけど……」


 再びエステラがトン、と指先でそっと唇を触れた。


「んっ……」


 何かむず痒い感覚がしたと思ったら、顔の目の前に、ゴルフボール大の白い球が浮いていた。

 穢気核よりは小さいが、穢気核の正反対のような真っ白な色をしている。


「なな、何ですかこれ!」

「わ、わかんないわよ! 何か出たわ!」


 一瞬焦ったが、目にしてみればわかる。これはどうやら、光剣のように自在に操れるようだ。動かせると思ったところに、自在に浮遊させることができる。


「動いたわよ!?」

「動かしたんですよ。これ本当、光剣と一緒です。すごいじゃないですか、エステラさん。どうやったんですか?」

「唇を軽く叩いただけだけど……これ、元に戻せるの?」


 光剣も光輪も、消そうと思えばいつでも消すことができる。同じように念じるだけで、光球もその場から綺麗さっぱり消えた。


「消えたわよ!? 大丈夫? 死なない!?」

「消したんですよ。命の灯ではないらしいので安心してください」

「唇に力が戻ったのを感じるわ。光剣は消えたら気配もなくなるのに、やっぱり特殊な力なのね」

「唇ですか……なんだか、洗礼と関係がありそうですね」


 自分だけに備わった能力も唇から生み出される。しかしさっきの球は光剣に近いものだ。ということは、あれが小陽核なのだろうか。


 とん、と自分の指で唇を軽く叩くと、人差し指の上に先ほどと同じ光球が現れた。


「おぉ、本当にエステラさんのおかげで一つ謎が解けた。これがきっと小陽核ってやつですね」

「と、当然よ。私にかかればこれくらい」


 光剣のような光の球を生み出せる……以上のことはわからないが、まあそれはゆくゆく調べて行けばいいだろう。


「ね、ねえ。それはいいけど、キスのことなんだけど」

「ああ、すみません。エステラさんも元に戻らなくていいのかって話でしたよね」


 そんなことどっかへ飛んでいくほど驚くべき発見だったのだが……

 エステラにしてみれば魔女から人間に戻れるかもっていうのも大事な話だ。


「確かに私も、リリーみたいに元に戻れば、魔力も上がるかもしれない。だけど、屋敷につながったような感覚は、穢気が遮断されたら無くなってしまうと思う。ここを拠点にする上では、この能力の方が都合がいいわ。たった今、役に立ってみせたみたいにね」


 エステラは魔女だからこそ、一帯の穢気の主となって屋敷周辺を自分の身体のように感じられているのだろう。光球の存在にすら気づくような、完璧な知覚能力だ。


 逆にエステラに洗礼してしまえば、飛び地的にここは浄化されて穢気から解放されるから、エステラが強くなったとしても今の能力は失われてしまうかもしれない。


「だから、十分な見張りでも用意できない間は、このままの方がいいわ。リリーみたいに、新しく生まれ変わるのも、捨てがたいけどね」

「なるほど。確かに、しばらくはそのままで居てくれたほうが、みんな安全かもしれませんね」


 逆に言えば、見張りを多く用意できれば、エステラを元に戻してこのあたりを浄化できるということか。

 食料の汚染をいちいち浄化するのも面倒だし、このままでは作物も育たない。リリーみたいな普通の人を招くこともできないし、浄化するメリットも沢山ある。


 いずれ、準備が整ったら、やはり当初の予定通り、ここを浄化するのがいいかもしれない。もちろん、名誉のために言っておくけど、決してただエステラとキスしたいわけではない。決して。

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