第17話 優雅なお食事


 再び馬車の中。


 思えばかつての世界のバスだって、立ってりゃまあまあ揺れるよな。舗装された道や、タイヤも違うだろうが、問題は椅子だったりしないか? なんてことを考えているのは恐らくこの世界で俺たった一人。孤独というべきか、特別感というべきか。


「すごいですわ! 下位生物の人間が、下位生物の馬を使って移動しているだなんて!」


 はい、台無し。自分よりよっぽど独特の観点の奴いたわ。そもそも俺だって人間なんだけど。人類全体へのディスりは勘弁してくれないかな、ミューカ。


 俺の隣にはララが座っていて、正面にルース。ルースの隣のミューカは、きょろきょろと落ち着きなく新しい世界に思いを馳せている。ララは目を閉じてぴくりとも動かずに綺麗な姿勢で座っている。


「それで、メイティア。話があるんだが」


 ルースが少し身を乗り出して、小声で言った。


「ええ。確か寄り道するとか?」

「実は南に別荘を持っていてね。帰りの道中にあるんだ。二人きりで話すという約束には丁度いいんじゃないかと思って。食事でもどうかな?」


 二人で? 食事? 無理無理! せめてフィーナ同伴でお願いします。


「有難いお誘いですが、会議の結果を待っている状況ですし……またの機会にでも……」

「もちろん、その話をするつもりだよ。今どうなっているのか。王都に入ってからじゃ話せないからね」

「……お食事、楽しみにしています」

「それでいい。私と付き合うのはいつだって有益だよ。損はさせない」


 畜生……そういう話なら先に言ってくれ。

 ロイから聞いたヴェスパー教団の話も気になるし、そのあたりも少しつついてみるか。


 そんなこんなで断れず、そもそも馬車に乗った時点で行き先は任せるしかないので待っていると、森を抜けた先、他に建物も無い場所に、大きな屋敷が現れた。


 まあ別荘っていうのはそういうものなのだろうが、これが別荘だったら実家はどんなデカさなんだ。


 二階建てで横広の屋敷の前に、屋敷よりも広い庭がある。その手前の門の近くに、馬車は停車した。護衛の騎馬や荷車に乗った兵士たちは屋敷の周りにそれぞれ動き、守備体勢を取った。


「ああ、すまない。すぐ済むから、君たちは待っていてくれないか」


 ルースに続いて馬車を下りると、ルースはララとミューカにそう言った。


「えぇ~!? ずるいですわ! 私も外に出たいですわ!」

「黙りなさい粘液女。そういう問題ではありません。私達は主様の安全のためにも、お側を離れるわけにはいかないの。女遊びが得意そうな男と食事をするというのならなおさらです」


「二人で話したほうがいい内容だ。わかるだろう、メイティア」


 ララたちの処遇も含めた話なら、聞いたその場でララたちがどう反応するか読めない。確かに一度自分が一人で聞いた方がいい気もする。


「ごめんね、大事な話みたいだから。二人は待っていて。ミューカも、また出歩く機会は別に取るからさ」

「主様がおっしゃるのなら……承知いたしました。しかし、何か異変があれば突入いたしますので、そのつもりで」

「本当ね? 約束よ! 美味しい物、いっぱい食べたいんだから!」


 ひとまず二人を納得させて、ルースと二人で庭を通り、屋敷の玄関をくぐった。

 中には使用人が整列していて、二人を丁寧に出迎えた。


 別荘って言ったよな? 別荘にもこんなに人を置いておくものなのか? 金持ちの考えることはわからん。


 使用人に案内されて部屋に入ると、テーブルの前にルースと向かい合わせで座らされた。待っていると、次々と食事が運ばれてくる。


「楽にしてくれ。僕もようやくくつろげる。兵の前だと気が抜けなくてね」

「そういうの、意外と気にするんですね」

「男同士の社会とはそういうものだよ。舐められないように気を張っていなくては」


 男同士がみんなそうだというのは語弊があるんじゃないか? まあ軍ともなれば話が違うのだろう。

 綺麗な皿の上に、ちょこんと小さな肉と山菜らしきものが乗っている。馬鹿っぽくいえば高級そうな食い物だが、名前もわからない。困った、テーブルマナーなんて知らないぞ。


「好きなように口に運んでくれ。聖女にテーブルマナーを求める男なんていないよ」

「そうなんですか?」

「身体は成熟しているのに、生まれたばかりであどけない。だからこそ貴族や騎士は、そんな神秘的な聖女を娶りたがるものだよ」


 おー、寒気。身体の話とかやめてくれ。とりあえず上流階級は特殊性癖の変態だらけだと覚えておこう。

 会話を楽しむより飯を食おう。マナーは気にしないでいいらしいし。

 ひょいぱくひょいぱく。高そうな肉でもハイペースで口に放り込む。もう夕方だ。昼食というか、晩餐だろうか。どっちにしろ十分腹は減っている。


「君は確かに美しいよ、メイティア。でも人間、大事なのは中身だ。外見でも、所作でもなく、人生に対する態度こそが、その人をその人たらしめるものだろう?」

「難ひいことを言いまふね」


 所作は死んだ。メシがうまい。美しいとか言うな。歯が浮いてメシが噛めない。


「そういう時、謎かけをしてみると、案外人となりがわかる。こんなのはどうかな。君は足先から魔物になる呪いをかけられた」


 なぞなぞかよ。しかも物騒な例えだな。こんな状況だし、口説こうとしているのなら、あえて嫌われそうな回答を選ぶのもありだろうか。


「呪いは足先から、どんどん身体全体へ広がる。頭まで達すれば、ただの魔物に成り下がってしまうだろう。さて、今、呪いは君の膝にまで達しようとしている。君はたった今両足を切断すれば、歩行能力を失うが他は今まで通り生きることができる。あるいは絶命しても、君は魔物にならずに済む。事態を静観すれば、君は魔物になって理性を失い、愛する人を襲うだろう。もしそうなったら、君はどう選択する?」


 うーん、とりあえず趣味が悪い問いかけだってことだけはわかった。

 それにしても、捻りがないな? これじゃあ切断一択じゃないか。

 普通、切断したらしたで、他のリスクがあるとかで選び辛くするもんじゃないか?


 例えば、切断したらしばらくは普通に生きられるが、ある日突然全身が魔物化するリスクもあるし、そうならずに一生を終える可能性もある、とか。


 まあいい。気に入られる回答をする必要はないんだ。一番つまらない回答をしておけばいい。


「両足を犠牲にして、人間として生き残るのがいいです」

「それは何故だい?」

「命あっての物種ですから。どんな状態でも、生きていれば何かいいことがあるかもしれませんし」


 まあ、ある程度の生活基盤ありきの、舐めた話かもしれないが。いるだけでお荷物になって、家族に恨まれるなんて過酷な状況だって、場合によっちゃいくらでもあるだろう。所詮はもしもの言葉遊びだ。


「命あっての? 聞かない言い回しだね。だが面白い。君らしい回答だね」


 そうだろうか。大体の人がこう答えるんじゃないか。あるいは、ヴェスパーの人間だったら教義上、魔物を貶めることを言えなかったりするのだろうか。踏み絵みたいなテストだったり?


「では、ルース様ならどうされるんですか?」

「僕なら先に聖女を妻に娶っておく。もしかしたら、浄化されたり、穢気核から再生してもらえるかもしれないからね」

「あはは……それは選択肢に無かったですよ~……」


 目が泳ぐ。面白い冗談だ。勘弁してくれ。なんだこれ、口説かれてんのか? だとしたら滅茶苦茶伝わりづらいと思うよ?

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