第16話 ヴェスパー
「よくやった、メイティア。しっかり見届けたぞ。スライムの討伐、ご苦労だった」
ロイと、護衛の兵士を引き連れてきたルースは、街の外からずっと駆けてきたのか少し息が上がっていた。
「上手くいってよかったです。穢人たちの様子はどうですか?」
「皆、周りに危害を加えることもなく、元に戻り始めている。兵士たちが介抱しているよ。浄化の必要は無いようだ。それはそうと、彼女はやはり……」
ルースはララと言い争っているミューカを見て、言った。
「あぁ、ミューカっていうらしいです。スライムクイーンだと言っています」
「案の定というか、また新しい魔物を生み出してしまうとは」
「ミューカ、ちょっと来て」
「はぁ~い、なんですの?」
素直にとことこと駆け付けてきたミューカは値踏みするようにルースのことを見た。
「私はルース。君はミューカだね?」
「クイーン。クイーン・ミューカですわ。人間なんかに呼び捨てされる覚えは無くってよ」
「これはご無礼を、クイーン。お許しください」
ルースは何のためらいもなくうやうやしくお辞儀をした。大人の対応だが、心にもないことを手慣れたように言うので何となくイラっとした。
「フン、わかればよろしいんですわ」
「先ほど戦っていたスライムが君なんだね?」
「その記憶があるという話ですわ。自分自身だとはあまり思いませんの。私は私ですわ」
「そのあたりも、ララと同じか……」
「あぁ~んな乱暴者と一緒にしないでくださいまし! 私もっと高貴な生まれでしてよ!」
「そうなのかい? てっきり友達かと」
「ちぃーがいますわぁ!! キーッ!」
キーッって口で言う奴、本当にいるんだ。ルースはミューカという未知との対話をスマートに終えると、こちらへ戻ってきた。
「また君に似た可愛らしい子だね」
何でそんな感想が出てくるんだ。こいつも大概おかしいと思う。
「似てねっ……無いと思いますけどねぇぇ……可愛くもないですし」
「謙遜することはない。とにかく、新たに強力な魔物を生み出してしまったことには違いない。そのことは帰りがてら相談することにしよう」
「ええ。もう王都に帰るのですか?」
「ああ、ここはもう現地の部隊に任せればいい。少しばかり寄り道をしようと思っているが……それは後で話そう。私は北門を出たところで待っているよ。君も用事を済ませたら来てくれ」
「用事……?」
ルースがそう言って立ち去ると、順番を待っていたようにロイが自分の前へと立った。後は現地の部隊に任せると言っていたし、その指揮官のロイともここでお別れということになる。
ルースの言った用事というのは、別れを済ませろということか。
「ロイさん」
「メイティア様。一部始終を見せていただきました。言葉もありません。本当に一人で成し遂げるなんて。あなたは……完璧だ」
「いえいえ、そんなそんな……」
悪い気はしないが? もっと言ってくれてもいいが? 実際にはララの手も借りているし、完璧とは言い難い出来だ。
「実は自分は、この街の生まれなのです。先ほど両親の無事を確認できました」
ああ、それでか。食い下がってなんとかついて来ようとしていたのは。やむを得ず親しい人を殺されるのを防ぎたいというか、ロイくらい真面目なら、せめて自分の手で、とか考えていそうだ。
「ご無事で何よりです。でも、名所の広場を壊されてしまいました。守り切れなくて、ごめんなさい」
「何をおっしゃいますか! 人がみんな無事なんです。それ以上のことはありません。人あっての街です」
「それもそうですね。人命第一です」
「噴水に立っていた像は、かつて外壁が無かった頃、この街を襲った魔物を撃退した英雄の像なのです。建て直す時には、メイティア様の像に変えるようにと進言しようと思います」
「それはやめておきましょう!? 像になるのはちょっと。それに……これからどうなるかもわかりませんし」
新たにミューカを連れて、王都に帰ったら会議の結論を聞くことになる。あまり好意的な結論を聞けるとは思えない。
「わかります。メイティア様が置かれている状況は、少し特殊です。えーと……その上でお伝えしたいことが」
ロイは顔を近づけ、周囲を気にするように少し声を潜めた。
「何です?」
「”ヴェスパー”をご存じですか?」
「ヴェスパー? 知りません。誰のことですか?」
「人ではありません。組織です。やはり教会から聞かされていないのですね」
教会から聞かされていない? 聖女教会が知っていて、俺が聞かされていない組織があるということだろうか。
「ヴェスパー教団は、魔物教団とも呼ばれる邪教の組織です。かつては聖女教会の一派でしたが、魔物との共存を提唱したせいで、異端認定されています。最近掴んだ情報では、奴らの一部は……再び聖女教会に潜り込んでいます」
魔物との共存? ララやミューカのような意思疎通できる相手ではなく、そのままの魔物と共存したいということだろうか。
ゴブリンや、スキュラやスライムと? それはさすがに難しいんじゃないか?
「普通の教団員のふりをして、ヴェスパーの人間がスパイとして入り込んでいるということですか?」
「スパイか……あるいは転覆を狙っているのか。聖女教会だけではなく、上流階級や軍にもいるとの噂です。しかし、尻尾を掴めていないせいで軍の上層部は疑心暗鬼でお互いを疑いあっています。聖女教会も同じでしょう。良くない状況です」
「その話を私にするということはつまり……」
「ええ。メイティア様と……ララ様達は、かなり微妙な立場かと思います」
魔物と共存を願う奴らと争っている中、聖女が魔物を改心させて連れ帰ったとあれば、どちらの陣営もどう扱ったものかと頭をひねらざるを得ないだろうな……
ヴェスパーを何としても締め出したい者は俺たちを消したいと思うだろうし、もし俺たちの味方をしたい人がいたとしても、異端扱いされかねないから公言し辛いんじゃないか。
そもそもそんな話をフィーナにしろ、ルースにしろ教えてくれない時点でお察しだ。既に結構危ない状況にあるかもしれない。
「すごく有益な情報です。ありがとうございます。でも、まずかったんじゃありませんか? みんな伏せているのに、私にこんな話をして」
「街と、両親を救って頂いた方です。私は王国に忠誠を誓った身ですが……メイティア様を見て初めて、この人に忠誠を捧げるべきだと思いました。この先、お困りの際には私を呼んでください。必ず役に立ちます」
なんとも熱い男だ。国にも人にも忠誠を誓ったことのない、その辺に生えてる草みたいな大学生だった俺には、全然共感できないな。
「ありがとう。では、その時は頼らせていただきますね」
「……本当ですか? ……はっ! この命、メイティア様の為に!」
「いえ、まあ、命は大切に。大事なことを教えていただき、ありがとうございます」
「ご無事を願っております。では……」
ロイは胸の前に手を当てて敬礼し、きびきびとした動作でその場を後にした。この街の被害状況を把握して、防御を固めて復興をしなくてはならない。彼の仕事はこれからだろう。
広場には街の人たちや兵士の姿が増えていっていた。いつの間にか並んで瓦礫に腰かけているララとミューカに声をかけようとしたら、今度はシエナが声を掛けてきた。
「聖女様!」
「シエナさん! 怪我はなかったですか? 怖かったでしょう? 怖かったですよね……」
「え? えぇ。とんでもなく大きなスライムでしたから……」
いや、違うけど。ララと一緒にジャンプしたことを言ってるんだけど。まあシエナからしたら全てが恐怖体験みたいなものか。
「あの、もう戻られるんですよね。もしかしたらお邪魔かもしれませんが、これ……」
シエナは目の前に、大きな花束を差し出した。
薄桃色の小さな花の周りに、白くて大きな花が束ねられている。シンプルで綺麗な花束だった。
「そういえばお花屋さんでしたっけ。綺麗ですね」
「よかったら。聖女様をイメージして束ねてみました」
「この花束、私に?」
言われてみれば薄桃は髪の色で、白の花は着ている白服か。花なんてもらうのはいつぶりだろうか。成長するにしたがって、そんなもの貰う機会は減っていくような気がする。入学式だか卒業式だか、何かの発表会だか。
こうして何とも無い時にいきなり貰ってみると、意外と嬉しいもんだな。
「ありがとうございます。大切に飾りますね!」
「街を救って頂いたんです。こんなものでは全然足りないですけど、せめてもの……」
「いえそんな、十分です。何かお返ししないといけないくらい。今度また、お客として来ますね」
「本当ですか? 嬉しい。またお会いできたら……私も幸せです」
いやほんと、全然嬉しいよ。聖女教会なんて、行ってこい、終わったらすぐ帰ってこいだもんな。しなきゃいけないことしただけなのに、感謝されるだけ有難いというものだ。
さて、別れを告げるべき人には告げただろうか。そろそろ行かなくては。お偉いさんのルース様を待たせてしまっている。
「ララ、ミューカ、帰ろう」
「承知いたしました」
「王都に行くんですのね! 私わくわくしますわ!」
ララとミューカを連れて、北門の方へと歩き始めると、広場の兵士達は俺たち三人に向かって一斉に敬礼をした。ロイの指示だろうか。驚いたが、手を振って別れを告げた。
花束を持って大通りを歩くと、兵士の敬礼だけでなく、街の人たちの歓声も聞こえてきた。兵士達の説明を受けて、何が起きたのか知ったらしい。道の端から、建物の窓から、人々は顔を出して拍手をし、感謝の言葉を投げかけてくれた。
英雄にでもなった気分で、悪い気はしない。しかし……後ろを歩くミューカが実は例のスライムから生まれたことまでは、街の人々は知らないのだろう。
ロイからヴェスパーの話を聞いて、先が思いやられるが……せっかく街の人がここまでしてくれているのだ。今は素直に感謝の言葉を受け取っておくことにしよう。
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