第18話 思ったよりサイコ
「冗談はさておき……君がその答えを選んでくれてよかったよ」
「はあ。そんなにですか?」
「実は、既に君の処分は決定している」
「それって、会議の結果が出ているっていうことですか?」
そんな馬鹿な。出発する時には、まだ結論は出ていないって話だったじゃないか。
通信機器のようなものがある世界とは思えないし、どういうことだ?
「ああ。出立前に、既にな。君は邪教徒の手先として処刑。ララは君に無抵抗を命令させた上で、研究所送りだ」
「はぁ!? そんな無茶苦茶な!」
思わず椅子を立ち上がる。
冗談だろう、と言いたくなるが、ルースの真剣な表情は、それが真実だと物語っている。
ルースはしばらく、何も言わない。
深呼吸して、再び椅子に腰かける。冷静に。まずは情報収集だ。
「だったらどうして、一度外に出して、今回の討伐を任せたりしたんです?」
「僕の見張り付きだ。君は今回、一度だって自由になってない」
「それはわかっていますけど。そんなに人手不足だったんですか? それなら処刑なんてしている場合じゃないと思いますけど」
「今回の派遣は、フィーナの提案だ。聖女不足も事実だが、処理できないほどではなかった。彼女は結論を受けて、時間稼ぎに君たちを討伐に派遣することを提案したんだ。その間に教会を説得しようと考えていたようだが……まあ無理だろうな」
「そんな……」
フィーナだけが決定を覆そうと頑張ってくれていて、今回の討伐はその時間稼ぎということか。
確かに、出立前のフィーナは明らかに元気が無かった。疲れているのかと思っていたが、事実を告げられず辛かったのかもしれない。
「君を救う手段はもはや一つだ」
「何か手段が……ん……」
眠い。呼吸が勝手に、睡眠時と同じようなゆっくりとしたものになっていく。瞼が重くて、頭が働かない。
「何か……食事に……」
「効いてきたようだね。すまない。これは君のた」
ふっ、とルースの声が消えた。
遥か遠くで、何かが倒れるような、皿が割れるような音が聞こえた。
次に目が覚めた時、俺はベッドの上で目を覚ました。
「はっ? おい」
視界に入る天蓋、肩までかかったシーツの感触。寝かされていると理解すると飛び起きて、自分が服を着ていることをまず確認した。
大丈夫、元着ていたもののままで、乱された様子もない。
食事中にいきなり意識を失ったようだ。何か盛られたとしか思えない。
「参った。早いな。もうお目覚めかい?」
ベッドの横の椅子に腰かけていたルースが、こちらを見て言った。
「やはり君は普通じゃないな」
「どういうつもりですか!? 睡眠薬を盛ったんですね?」
「寝ている間に済ませるつもりだったんだが、仕方ない」
「一体何をしようとしたんですか……?」
「やることは一つだろう、メイティア」
乱暴しようとしたんですね!? 中身男なのに! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!
「君の両足を斬り落そうとしたんだよ」
「はっ……?」
はっ? えっ? ちょっと待って。思ってたのと違った。さっきの質問ってそういうこと?
いや、どういうこと? 思ってた五億倍ぐらいサイコな回答が返ってきた。
「僕は君の人生観を聞いた。だから間違った選択じゃないはずだよ。君は処刑されるくらいなら、何かを犠牲にしてでも生き延びたいんだろう?」
そうは言った。だが足を切れば処刑を免れるわけではないだろ?
「聖女は万能じゃない。アライアン王国の歴史は、ある意味では王家と聖女教会のせめぎあいの歴史でもある。聖女の光剣はあらゆる脅威を自動で迎撃する。しかし、こうして薬を盛られれば対処のしようもないし、自分から見えない物は能動的に攻撃できない」
「何言って……」
「国を滅ぼす力があっても、移動できなければおしまいだ。逃げることさえもかなわない。光剣を操る能力があっても、脅威としては一段落ちるというわけだ」
逃げる能力を失ったその状態なら、危険な聖女でも生かしておけるっていうわけか。だとしても無茶苦茶だ。
「先の戦いで脚を失ったと言い、私が君の身元を引き受ける。脅威になれば斬り捨てると言って、王都から離し、自分の領地に連れ帰る。君が人質になれば、ララやミューカは人類に逆らえない。むしろ多大な戦力になる。そうすれば誰も死なず、みんな幸せになれる。これなら説得はうまくいく」
言っていることは理解できる。うまくいくであろうという、説得力もある。
しかしこいつ、決定的に何かが欠けている。
人間が持っているべき、共感能力というか、そう言われたら相手はどう感じるだろうとか、そういうのがない。
いや……こいつの場合、その決定に納得して、はいどうぞと脚を差し出すのかもしれない。それ故、他人がどう考えるのか理解できないのだろうか。
「私への説得は考えなかったんですか? 目を覚ましたら脚が無くなってて、『君の為なんだ』で納得すると思いますか?」
「納得してもらう必要はない。目的と、手段があるだけだよ、メイティア」
違う。こいつには人間性が無いわけじゃない。あるけど無視しているんだ。何かの為に。
「それは俺のためじゃないな? ルース、じゃあお前の目的はなんだ?」
「雰囲気が変わったな、メイティア。他のつまらない聖女とは違う。そういうところは気に入っているよ」
「黙れ、気持ち悪い。質問に答えろ」
「僕の目的は……この国をぶち壊すことだよ」
「……はぁ?」
王国軍のお偉いさんだろ? それが何で国を壊したがるんだ。
ルースは立ち上がり、腰に提げた剣の柄に手を伸ばした。
「脚を落とす。死にたくなければ動かない方がいい」
「ふざけんな!」
今抜け出さないと、本当に手遅れになる。
光剣、八つ全ては必要ない。最も短い二対のうち一つを呼び出す。
「メイティア、よせ!」
光剣をルースに向けて振り払う。まずは威嚇、当たるか当たらないかすれすれを狙った。
直撃すれば胴体が真っ二つになってしまう。ヤバい奴だが、殺す覚悟はまだなかった。
しかし、予想外のことが起きた。
ガキィン、と金属がぶつかるような音が響いた。
ルースは素早く抜いた剣で……光剣を受け止めていた。
ルースが持つ剣の周りは、光剣と同じような白い光に纏われている。俺の操作する浮遊した光剣と、火花を散らしながら鍔迫り合いを続けている。
「受けた……?」
光剣は、スキュラの触手も両断するし、スライムの身体でさえ斬って再生させない。ただの剣であれば受け止められず、無抵抗に両断できるはずだ。
「”被加護武器”だよ、メイティア。僕は王選十騎だからね。君はまだ知らないことが多い」
「またそれか。お前らは隠し事だらけじゃないか。ろくに説明もしないし、勝手に呼び出しておいて、しまいには死ねとか言い出す。これ以上付き合い切れないな」
「それは腐った聖女教会のやり口だ。失敗続きの奴らは無茶をして、手違いで君を召喚できてしまったんだよ。僕はそこから君を救おうとしているんだぞ! よく考えろ!」
さっきは殺しちゃまずいと思って、手加減した。だが、気遣いは不要らしい。
ルースの剣は一つ、こっちの剣は八つだ。背中に残りの剣を出すと、頭にも光輪が生み出された。
「被加護武器っていうのは一本? あと七本あるなら取ってくる時間をあげようか?」
「剣を一本、あるいは二本。人間が戦うのに最も適したスタイルだよ」
やる気らしい。ルースは手足のように剣を扱えるかもしれないが、それはこっちも同じだ。
光剣の切っ先をルースに向けながら、ベッドに膝立ちになった時、背後からガシャン! と物が割れる大きな音がした。
窓ガラスが割れ、破片が飛び散る音だ。状況を確認するために、ルースから飛びのいて距離を取りつつ、壁を背にして音のした方を振り向いた。
「怖い怖い! 超、怖いですわ! 何なんですの急に! し、死ぬかと思いましたわ!」
「ああもう、うるさい。危機感の無い奴ですね。主様、ご無事で?」
部屋の大きな窓を割って、ララと、ミューカが飛び込んできたのだ。
ミューカはララの触手に巻かれていて、説明も無く空を跳んで連れて来られたらしい。
おそらく、ルースに光剣で攻撃した時の光と音で、俺がいる部屋の位置がわかったのだろう。
「大丈夫。来てくれたんだね」
「ええ。しかし兵士たちが間もなく駆け付けるかと」
窓が割れて、外の空気が流れ込んだ部屋の中に、兵士たちの騒ぐ声が一緒に混ざっている。既に外はすっかり暗くなっていて、松明を持って屋敷に駆け込む兵士たちの様子が見て取れた。
「やはり襲われたのですね。このいけ好かない変態野郎に」
「思った以上の変態野郎でびっくりしたよ」
ララたちが飛び込んできたというのに、ルースは表情一つ変えず、焦った様子も見せなかった。
睨み合う中、近くにいた兵士たちが到着し、すぐに部屋へと押し入ってきた。
「ルース様! ご無事で! 聖女様は……これは一体どういう状況ですか?」
「私は無事だ。君たちは下がっていたまえ。加護付きなしでは戦力にならない」
ララたちもいるし、戦力的には有利だ。ルースを倒すことはできるかもしれない。しかし、駆け付けた兵士たちも虐殺する羽目になる。別に自分は人殺しがしたいわけじゃない。
「ララ、ここは退こう」
「よろしいのですか? 私に任せていただければ、直ちに全員を地獄へ送りますが」
「やってしまうのは簡単だけど、取り返しがつかない。それに……やろうと思えばいつでもやれるでしょ?」
「当然です」
ララとの挑発じみたやり取りにも、ルースは動じなかった。
「行くな、メイティア。私と来るのが最善だったと、後から気づいても遅いぞ」
「ルース様。その後悔だけは、決してしない自信があります」
ララに目配せすると、ララは素早く俺の腰に触手を巻き付けた。触手に体を持ち上げられながら、光剣をルースと兵士たちに向けたまま、近づかれないようにけん制を続ける。
「お食事、おいしかったですよルース様。毒入りでしたけど。ご馳走様」
「フラれてしまったな。残念だよ」
「ララ、連れて行って」
ララは素早く跳躍し、俺とミューカを連れたまま、窓の外へと飛び出した。そのまま屋根の上に着地して、すぐに跳躍し、樹々を飛び移りながら屋敷を離れた。
「また跳ぶんですの!? 何があったんですのよぉ!! さっぱりですわぁぁ!」
訳も分からず振り回されているミューカが、大きな悲鳴を上げる。
「黙りなさい、阿呆。お前がずっと叫んでいたら、追っ手に居場所がバレるでしょうに」
「あ、あら! ごめんあそばせ」
ミューカははっとしたように自分の口を力強く両手で押さえた。
ルースとのひりひりしたやり取りの後だというのに、なんとも緊張感のないことだ。
ララは触手で俺とミューカを掴みながら、他の触手を使い、樹々を飛び移る。
「ミューカ」
「あぇ?」
突然ララは触手を動かし、ミューカを俺の目の前に持って来た。盾のようになったミューカに、何かが飛んできて、突き刺さるのが月明かりの下で見えた。突き刺さった瞬間、ミューカの身体から液体が飛び散る。
「ミューカ!?」
最初、血が飛んできたのかと思ったが、そうではなかった。ミューカの身体の一部は月明かりの下で半透明に透き通り、そこには矢が三本も突き刺さっていた。
「粘度を操り、貫通しないように留め置いたんですの。これでも防御には自信がありましてよ!」
「放っておいても主様の光剣が迎撃するでしょうが、それ以前に埃を振り払うのは私たちの仕事です。得意になっている場合ではありませんよ、ミューカ」
「何なのよ! 少しは褒めてくれたっていいじゃない! いじわる!」
ミューカは矢を自分の右腕の中に移動させ、素早く下へと振り払った。手の先から矢が射ち放たれて、下の林道を走っていた騎馬兵に直撃した。
馬が転び、道を塞いだのか、騎馬兵達が急停止したのが辛うじて見えた。
「あ、当たった! 当たりましたわ! すごくありませんこと?」
いや、狙いすました一撃じゃないんかい。嬉しそうにこちらに近づいてくるミューカの頭を撫でると、めちゃくちゃ素直に喜んだ顔を浮かべた。
「ひとまず振り切れたようです。これからどうしましょうか」
「どうしましょうね……まぁ、しばらくは逃亡生活かな」
かくして、聖女メイティアは……ついに聖女教会と王国軍から追われる身になってしまったのであった。
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