遊戯篇-アルライン学園

徐々に意識がはっきりとしてくる。掠れていたアラームがはっきりと聞こえてきた。手探りでアラームを止めて、時刻を確認しようと板状の携帯端末を見ると、大きく『8:00』と書かれていた。


天城あまぎ音甲は、じっとそれを見つめた。段々と頭が冴えてくると顔がみるみる青ざめてゆく。


「ち、遅刻だ!」


布団から勢いよく飛び出ると洗面台に向かい、出来る限り素早く支度を済まそうとする。しかし急がば回れという諺がある通り、事は順調には運ばず、結果、家を出たのは8:30であった。入学式は9:00からで学校までは片道一時間は掛かってしまう。


やむを得ない。


彼は人気のない路地裏へと向かうと魔力を足へと集中させる。


剛化キョルカ』初歩的な強化魔法ではあるものの、その応用法は多く、身体から物体まで様々な物質の機能と強度を上昇させる。


脚部を中心に全身へキョルカを掛ける。急速な強化は細胞を破壊する恐れがあるため、ゆっくりと身体に馴染ませるのだが、彼はそれをコンマ1秒も掛けずに完了する。


次の瞬間、彼の身体は地面から大きく離れた。四、五階あるビルを軽々と飛び越えると次の魔法を唱える。


天翔ヒダルク』高等魔法に分類される飛行魔法。風を操る現象系魔法であるが、飛行を可能にする程の気流を発生させ、それに耐え得る物理系統のキョルカを併用しなければならない為、難易度が高い。


しかし、現代においては魔法が得意な者であれば誰でも使える。だが、魔法典第六条において公務員と被許諾者以外の使用を禁止している。


そんな魔法を彼は躊躇なく発動し空を掛ける。その速度は通常よりも遥かに速く、彼の魔法技量の高さが見て分かる。


こうして彼は目的地へと辿り着いた。学園は対魔法結界が張られているため、近くの人気のない場所へと降りる。


「ふう。ギリギリセーフ。」


そう胸を撫で下ろしていると、背後からの気配に気が付く。


「なあ、お前…」


しまった。見られた。


恐る恐る振り返ると、そこには金色の髪をワックスで立たせている、ひと昔前のヤンキーもどきがそこにいた。


「もしかして…」


固唾を飲み、どう対処するかを必死に考える。


「遅刻か?俺様と同じだな。」


しかし、どうやらそれは徒労に終わる。にやりと白い歯を見せる彼は颯爽と天城の横を過ぎ、走り始めた。天城は呆気にとられながら彼と話をすべく追いかけた。


「もしかしてお前もアルライン学園の生徒か?」


「おう。見ての通りお前と同じ一年だ。」


彼等が着ているのはアルライン学園の制服であり、白を基調とした特徴的なデザインに胸元にある五芒星のワッペンは一階生を示していた。


「にしても、お前すごいな。あの飛行術。まさか俺様以外にも得意なやつがいたとは。」


やはり見られてしまったか。しかし、話した感じ悪い奴ではなさそうだ。


「お前もすごいな。俺の姿が見えたってことはお前も同じ速さで飛んでたってことだろ?」


「っはっは。まあな。地元じゃ日常茶飯事だったからな。」


なるほど、の出身か。


「とりあえずこのことは二人だけの秘密ってことで。」


「どうしてだ?アルラインの生徒は公務員だろ?」


「入学式前だからな。それにヒダルクはここじゃむやみに使わんほうがいいからな。」


「そ、そうなのか。危なかった。さっきのとこで降りて正解だったぜ。」


そうこうしていると大理石でできた大きな門が見えてきた。腕時計を確認すると8:42であった。


「思ったより早く着いたな。」


二人は走るのをやめて歩き始めた。


「俺は天城音甲。魔術科だ。よろしく。」


彼は右手を差し出し、握手を求める。


「ああ、俺様は和我わがオスカーだ。魔法科で学科は違うが、よろしく頼むぜ。相棒。」


熱い握手を交わした後、二人は入学式の会場となる第一実技館へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る