第22話 親子の語らい
「
「我はもちろん一緒に暮らしたい。不甲斐ない母じゃが……しかし、それを決めるのは香風。一晩ゆっくり考えたらどうじゃ」
にっこり微笑まれた香風が安心した笑みを返す。
「貴方はいつもどこで寝ている?」
「ここで」
宋翠寧が右手を翳すと、軽い音とともに柔らかそうな布の塊が現れた。中には鳥の羽が沢山入っているそうで、寝転がったらさぞ気持ちが良いだろう。
「いつ何時あやつが戻ってくるやもしれぬ。すぐ気付けるようにの」
「それは大変ですね」
「しかし、ここを離れたい時は紙人形を見張りに付ける故、絶対ここにいなければならぬというものでもない」
「なるほど」
それなら、龍神と過ごすことを選択したとしても、いろいろ経験が出来そうだ。ここまで修行してきたので、これからも武術を極めていきたい。
「紙人形は香風も作ることが出来ますか?」
「うむ。コツを掴めば可能じゃ。そこの魔界人でもな」
言われた余夕旗が両手を腰に当てて言う。
「俺はその辺の魔界人ではない。魔界王が第二皇子だ。敬え」
「そうか」
「反応が薄い!」
地団太を踏む様が余計滑稽に見える。李九天が
「余夕旗は帰らないのか? 人間界で修行をしたと言えば許してもらえるかもしれん」
「一人は嫌だ。行くならお前も来てくれ」
「子どもだなぁ。まあ、何か用事が出来たらな。さて、それと」
魔界扉の匂いを嗅いでいた
「阿光、貴方はどうする。故郷に帰ればこの首輪もいらず、私と離れても何も起きないよ」
「キュゥ」
「人間界にまた来ることは出来ないと思うが、魔界に住んでいたのだからそちらの方がいいだろう?」
元々光は一匹で生きてきた。李九天と出会ったのは偶然で、捕らえられたという方が正しい。望まない同行だったはずだ。このまま魔界に帰ったら、また自由な生活を送ることが出来る。
李九天が扉の前に立ち、そっと光を下ろす。
「貴方が望むなら扉を開けよう。他の魔物が出てくるかもしれないから、一瞬だけね」
光はすぐに扉から離れて李九天の足にくっついた。
「キュゥキュゥ」
「ん? 戻らなくていいのか?」
「キュ」
いつの間にか本当に好かれていたらしい。純粋な好意を真っすぐ向けられるのは悪い気はせず、李九天も光を家族として迎え入れる覚悟を決めた。
「では、これからも一緒にいよう」
「キュウン!」
一行は翌日までここにいることにした。途中で余夕旗が暇だといなくなったが、この分ならまたふらりと戻ってくるだろう。
「それで、空を飛べるようになって」
「うむ。よかったのう」
「全部、師父のおかげです」
「そうか。李九天には一生かけても返せない借りが出来た」
現在、二人は初めての親子水入らずを楽しんでいた。宋翠寧は始終目を細めて息子の話を聞いている。数十年前に卵を失い、これ以上無い哀しみを味わった。それが元気に返ってくるなど、夢の中だけの奇跡だと思った。
「阿風は大きくなったら何になりたい?」
「大きくなったら……強い人になりたいです」
香風は少し俯いて、頬を赤らめながら答えた。
「そうか。きっとなれる。母は応援する」
宋翠寧が両手を広げる。香風はその手と顔を交互に見ながら、やがておずおずとそこに収まった。とても温かい、優しい温もりを感じた。
──これが、母上……。
ぎゅうと目を瞑り、背中に手を回す。嬉しくて、嬉しくて、香風は泣きたくなった。
陽が落ちるまでそれは続けられた。さすがに喉が痛くなってきた。
「香風、そろそろお腹が空いただろう。何か食べたらどうかな」
「本当だ、すっかり忘れていました。母上も食べますか?」
聞いたところで、純粋な神は食べ物を食べずとも生きることが出来るのを思い出した。
「おお、いいのう。何かを食すのは五十年振りじゃ」
「もらったものがあるから、全部出して食事会といこう」
布の上に食べ物を広げる。光には饅頭を置いた。すぐにかぶりつこうとしたが、三人がまだ食べていないことを確認して、大人しくお座りをし直した。
「いいこだ。よし、食べようか」
「はい」
「これは何かに付けて食べるのか?」
「そのままで大丈夫」
各々好きなものを取り食べ始める。始めは小さな一口だった龍神も、久々に食事に慣れる頃には香風と会話を楽しみながらどんどん食べていった。
「今はこのような味付けがあるのか。時代は変わるものよ」
横でがつがつ食べる光を見遣る。
「魔物が食べているのは饅頭かえ」
「はい。阿光は甘いお饅頭が好きみたいで」
「肉食ではなくてよかったのう。その場合、成長すると大変じゃ」
「確かに……」
大きな肉食の光はさぞ食費が嵩むだろう。しかも、動物と人間の区別が付かなかったら無理にでも魔界に帰すしかなくなる。
可愛い顔で小動物を食らう姿を想像して、香風は青い顔で首を振った。
用意されたものほとんどが腹に納められ、休憩した後は寝るだけとなった。今日は龍神に合わせ、李九天たちも扉の前で寝ることにした。
「どれ、横においで」
宋翠寧の横を軽く叩かれる。光を抱っこしながら潜り込むと、光が香風の腕の中から抜け出して頭のすぐ上で丸くなった。もう眠いらしい。
「疲れたじゃろう。よくおやすみ」
「おやすみなさい」
香風たちは静かに眠りについた。
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