第21話 龍神
「大丈夫、落ち着いて聞いて」
「……はい」
「実は数年前に卵を拾ったのだ。生まれたら、龍神の子だった。今龍神は貴方しかいない。心当たりはあるかな」
その言葉に、龍神・
「なんじゃと……!? それは真か!」
「うん、私が保証する」
まさか、こんなところで探していた龍神に会えるとは。突然の出来事に香風は頭がくらくらした。
これは本当に現実か。
願望が見せた幻ではないか。
はたまたまだ夜中で夢の中か。
分かるのは、師父の手の温もりと、驚く龍神の瞳が潤んでいることだけだった。
「顔を、顔をもっとよく見せておくれ」
最初は李九天の服の裾をつまんでいた香風だったが、ややあって宋翠寧の前に歩いていった。
宋翠寧が恐る恐る手を伸ばす。香風が目を瞑って頭を前に押し出した。
髪の毛に触れる手つきがとても優しくて、くすぐったくて、香風は少し泣きそうになった。
「立派に育って……不甲斐ない母ですまんのう」
香風はふるふる首を振った。
「会えただけで十分です。ずっと会いたかった!」
「我もじゃ……」
思いがけず母を見つけることが出来、旅の目的が達成された。宋翠寧が顔を上げる。
「李九天が育ててくれたのかえ」
「うん。私の家の近くに卵が落ちていたのだ。そうしたら香風、この子が生まれた」
宋翠寧が恭しく拱手する。
「ありがとう。貴方がいなければ、この子はこうして育つことは出来なかった」
「ただの気まぐれ。そのようにかしこまらなくてよい。それより、どのような事情で離れ離れになったのか聞いても?」
「うむ。これは長くなるのじゃが……」
宋翠寧が苦虫を噛み潰した顔をする。いったい何があったと言うのか。他人事だと思っていた余夕旗までも緊張した面持ちになった。
「実は」
「実は……?」
「……この子の父が逃げたのじゃ!」
「逃げた!?」
髪の毛を逆立てた宋翠寧が叫ぶ。急に恐ろしくなった母に戸惑いを隠せない。
「香風の父上ですか?」
母の手に触れてそう問えば、宋翠寧が髪の毛を大人しくさせて答えた。
「おお、そうじゃ。貴方がいるのに声を荒げてすまぬ。名は香風と名付けてもらったのか、良い名じゃ」
「有難う御座います」
香風の頭を優しく撫でるが、その手が寂しく止まる。
「こんなに愛らしいのに、父は我が天界人だと知って逃げてしもうた」
「それは大変な思いをしたね」
「まあ、天界人と交わった人間は人から脱してしまうから、驚いたのかもしれぬ」
「そうなんですか!?」
知らなかった衝撃の事実に師父を見遣れば、当然の顔で頷かれた。
「天界の者と婚姻を結べば即ち、現世から解き放たれるということ。結果、天界人となるか魔界人となるかはその者の資質によるが」
三人と一匹の視線が宋翠寧に注がれる。龍神が気まずそうに頷いた。
「魔界人になった」
「やはり」
宋翠寧の瞳がぎらりと光り、李九天に詰め寄る。
「しかし、じゃからと言って逃げることはなかろう!? 最悪とか言いながら飛んでいった! 何十年も追いかけて争ううちに最愛の卵も落とされてしまうし、父親失格じゃ」
「確かに、親となったらそれ相応の責任を負わねばならん」
「その通り。しかも魔界扉を作って魔界に逃げる始末で」
「魔界扉!?」
李九天が珍しく驚きの声を上げたので、肩に乗っている紙人形がびくりと跳び上がった。紙人形を撫でつつ問いかける。
「この扉を、貴方のお相手が作ったということか」
「そうじゃ」
「いやはや」
にわかには信じがたい。何せ、扉を作るには優秀な魔界人の法術師が必要なのだ。それを元人間が作り上げるとは。
改めてまじまじとそれを見つめる。どこからどう見ても魔界扉に違いない。
「開いてはいないな」
「最初は開いておったぞ。ここからまた出てくるかと思って待っていたら魔物ばかり出てくるものだから、我が閉じた」
「なるほど、だからあちこちに扉を通れないはずの魔物が彷徨いていたのか」
ようやく合点がいった。これはなんらかの条件が揃った自然現象ではなく、一人による故意の結果だったのだ。
「それにしてもよく出来ている。素晴らしい」
「弱虫を褒めるでない。しかし、まあ、人間の頃は名のあるところで修行を積んだ法術師だったらしい」
「そこをあんたが誘惑したってわけか。笑える」
「これ、子どもの前で失礼なことを言うな」
李九天が両手を合わせたところで、余夕旗が慌てて拱手した。
「悪かった! だから、それは止めてくれ。な?」
「分かればよい。謝るなら宋翠寧と香風にだ」
「すみませんでした」
「別によいぞ」
余夕旗の性格からして目下相手に謝罪することはまずないだろう。香風は魔界の皇子まで操る師父を改めて尊敬した。
「ところで、香風は貴方を探して旅をしていたのだが、これからはいっしょに暮らすか?」
「え!」
これに声を上げたのは香風だった。
母と会えるのを目標に生活し、母を求めて旅をしてきた。会うことが出来てとても嬉しい。全て真実だ。
しかし、母と暮らすとなれば、育ててくれた師父と離れることではないか。そこまで考えが至ってなかったことで、せっかくの幸運に影を落としてしまった。
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