第20話 新しい扉
「うほぁッ全部食っていいのか?」
「全部ではない。三人で分ける」
「ちぇッ」
落ち着きのない大きな子どもを制止する。彼を招き入れたのは目的があるのだ。
「魔界について教えてもらいたい」
「いいぞ」
軽い返答に不安が残る。このような自由な男を人間界に追い出すとは、魔界王の失敗だったのではなかろうか。
「現状、人間界に来る魔界人は多いのか?」
肉を頬張る
「あまり多くはないと思う。こっちに来たって天界人の監視が厳しいし、魔界の方が自由だからな」
「なるほど」
「魔界王の権力は強い?」
これには余夕旗が喜々として顔を上げた。
「そりゃもちろん。父上は強いぞ、誰もが恐れている。上下関係も厳しい」
「だから、怠けていたら追い出されたと」
「そう」
「ふむ」
それにしては彼の余裕はどこから来るのだろう。
「第二皇子と言っていたな。魔界王の補佐は第一皇子が?」
「ああ。あとは部下の奴らが」
すでに魔界王候補がいるから、それより下の扱いが雑か、もしくは武者修行として送り出しているのかもしれない。
「きちんと機能しているのであれば、余計新たな扉が出現したのはおかしい」
「それ。俺も知らなかった」
「これ、箸で人を差すな」
行儀の悪い余夕旗を窘めながら、紙人形を手のひらに乗せる。
「この子が魔界に続く新しい扉を見つけた。今まであった扉は閉じられているのに、最近魔物が多くておかしいと調査していたのだ」
「へぇ、便利な法術」
「魔界人も術は使えるだろう」
「兄上はかなり上手い」
つまり、余夕旗本人はそこまでではないということだ。
「武術会で使っていたのは?」
「あれくらいは幼児でも出来る。本当なら、魔界王の息子ともなれば辺り一帯焼け野原に出来るくらいでないと」
「それは魔界以外では絶対に試してはならん」
「出来ないって」
怠けた第二皇子はへらへら笑った。
真面目な話をしていても、どこか他人事に聞こえる。このあたりが上下関係に厳しいらしい魔界王は気に入らなかったのだろう。
「また戻れるように、ここで精進しながさい」
「やぁだ。人間界来るのにも大変だったのに、わざわざ戻ったって良いことねぇ」
「そんなものか」
「そう、そんなもんよ」
李九天は
──王族でも、それは同じということか。
「まあ、もう一人立ちしようと思ってたところだし」
「いくつになったのだ?」
「先月二百歳になった」
「まだ小童ではないか」
確かに、二百歳ともなれば家族を持つものもいるが、まだまだ親元を離れるかどうかの年齢だ。余夕旗が頬を膨らませる。
「兄上は婚姻を結んだぞ」
「家族がどうであれ、二百歳ならまだまだ。しかし、そうだな。せっかくの機会だから、今のうちにしっかり世の中を見て回るといい」
「俺一人で?」
「うん」
未だに彼は李九天たちと一緒に行こうとする。よほど、自分より強い者が現れたのが嬉しいのだろう。
「私たちに付いてきても、面白いものは無いと思う」
「そういえば、お前たちはなんで旅してるんだ?」
李九天が香風に目を向けると、香風がにこりと笑って頷いた。
「この子の母親を探している」
「母、天界人の方か」
「そうだ。卵を産み落として消えてしまったから」
「ふうん」
香風は大人同士の話に入らず、目の前にある饅頭に手を伸ばした。余ったものは持ち帰っていいと聞いているので、入口で大人しく待っている光に取っておこうと二つ残しておいた。
「饅頭を土産にするのか」
「はい。
その様子を眺めていた余夕旗がぽつりと言う。
「天界人が魔物を可愛がるとは、不思議なもんだ」
「仲間なので」
香風の答えに余夕旗は首を傾げるばかりだった。
結局三人で五人前以上平らげた。李九天は一人前も食べていないので、ほとんど二人で食べたことになる。
魔界人は人間と同じくらいの量を食べないと生きていかれないらしい。不便なものだと李九天は思った。
「よし、腹ごしらえもしたことだし、そろそろ扉へ行こう」
「俺も行く。魔界の扉なら俺にも関係があるから」
「分かった」
余夕旗曰く、元々あった扉を通ってやってきたので、新しい扉のことは全く知らなかったらしい。
王都を抜け、森の中で飛び立つ。誰もいないことを確認する二人に余夕旗が面倒そうな顔をしていたが、もし見つかったらもっと面倒なことになることを伝えたら大人しくなった。
「よくそのような適当さで今まで見つからなかったな」
「一度見つかったぞ。無視したけど」
「お願いだから、もっと人間に寄り添って生きておくれ。ここは人間界なのだから」
よくもまあ、この調子で騒ぎにならずに済んだものだ。
この世界でも天界や魔界が存在することは信じられている。実際、目撃されることがあるからだ。龍神の鱗伝説もその一つである。
しかし、当たり前のように共存しているわけではなくあくまで違う世界の者なので、一生のうち出会うことなく死んでいく人間の方が多い。
四半刻程飛び続けると、ごつごつした岩が目立つ土地になった。木々や川はあるが歩きづらそうだ。馬を使っても不便な場所に思える。
「あそこか」
ようやく、巨大な黒い扉が遠くの方に見えた。近くには森があるが、人が住んでいそうな気配は無い。
扉が自然発生することはないので、まずは何故出現したのか調べる必要がある。
「もし何か条件があって出現したのなら、今後それらが起きないようにしなければならん」
「また扉が出来たら困るってことですか?」
「うん、その通り」
「おい、誰かいるぞ」
余夕旗が扉の方を指差す。まだ小粒程だが、確かに人影を確認出来る。魔界人は目が良く、人間の二倍の視力を持つと言われている。
「誰だ。番人か?」
新しい扉を知った魔界人が天界より速く調査をしているのかもしれない。
「余夕腹、あそこにいるのは魔界人か?」
「いや、あんなの見たことねぇ。天界人じゃないのか?」
「天界人なら、人に近いはずだ」
とにかく、もっと近付けば分かる。飛ぶ速度を上げ、李九天たちは扉へと急いだ。
魔界人でなくとも人影の輪郭がはっきりした頃、李九天が驚きの表情を見せた。彼にしては珍しい。
「師父?」
「香風、そろそろ下りよう」
弟子の問いかけに答えることなく、李九天は言葉少なに降下を始めた。
「おい、どうしたんだ」
「すぐに分かる」
李九天が香風の手を握り、ゆっくり歩き出す。もう扉は目の前で、すぐ傍に座っている女性がこちらを向いた。
「はて、懐かしい顔じゃ」
深い青色をした長い髪の毛が印象的な、ツノが二本生えた女性だった。
李九天の握った手に自然と力が籠る。
「久しぶり、
その隣で香風は心が震えていた。
青い髪、ツノ、大人の天界人。以前師父に聞いた人そのものだった。
──まさか、まさか……!
どうしたらいいか分からず上を見上げたら、李九天が優しく微笑んでいた。
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