第19話 紙人形の報告

「私も神の端くれ。天帝の息子と同義だから」

「なん……それなら仕方がない。俺と会話する権利を与えてやる」

「それはよかった」


 グァンを抱き上げた李九天リィ・ジウティェンがにっこりと微笑む。


「その皇子が何故こんなところに。魔界王がお怒りなのでは?」

「……された」

「ん?」

「……公務をしないで怠けていたら、追い出された」


 思いがけない答えに右手で口を押えてしまう。余夕旗ユー・シーチーが眉を吊り上げる。


「李九天、俺を馬鹿にしただろう」

「していない。珍しいと思っただけだ」

「それを馬鹿にしているって言うんだ」


 まるで大きい子どもが出来たようで、段々楽しくなってきた。笑っていると、不思議そうな顔をして香風シャンフォンが戻ってきた。


「お待たせしました」

「おかえり。何をもらうことにしたのかな?」

「あの、髪飾りを……母様の」

「それは良い」


 今は専門業者に連絡中らしく、一刻程で届けられるということだった。


「髪の毛の色を伝えたら、それに似合うとびきりの物を用意すると言ってくれました」

「楽しみだな」

「はい」


 二人でにこにこ会話をしていると、余夕旗が香風を睨んできた。それに気付いた香風が光るを抱っこする。


「おい、子ども。お前も人間ではないのか」

「あの、はい。母が天界人です」

「はッ」


 侮蔑の目が香風の心を貫いた。李九天が香風の前に立つ。


「貴方がこの子にそのような顔をする権利は無い」

「半神なんだろ?」

「出自がどうだろうと、命は命。尊いものだ。それに、半神が悪いという謂れは無い」

「さすがは天界人。争いの絶えない魔界とは大違いだ」


 公務をしていない以外にも、追い出された理由があるのかもしれない。苦しんだ過去があるのかもしれない。しかし、それを他人にぶつけていい理由にはならないのだ。


「これ以上我が弟子を悲しませるつもりなら、今すぐここを去りなさい」

「それはやだ」


 まさか断られるとは思わなかったので、李九天は目を丸くさせて驚いた。余夕旗が李九天を指差して言う。


「お前より強くなりたい。だから付いていく」

「これ、人を指差すな」

「分かった」


 大人しく言うことを聞いたところを見ると、本気で付いてくる気らしい。


──ここは魔界の保育場ではないのに。


 光も成り行きだったのに、さらに魔界人まで拾う気は無い。早いところどこかへ行ってほしいのに、余夕旗は全く動こうとしない。そこへ、紙人形が一体ひらひら落ちてきた。


「おや」


 李九天の肩に乗ったそれがふにゃふにゃ話し出す。


『新しい扉、見つけた、見つけた』

「なるほど、報告ありがとう。あとで案内してくれるかな」

『うん』


 髪飾りをもらう時間までまだあるため、待合室か予選会場を借りて修行でもしようかと考えていた。しかし、この様子では余夕旗が確実に乱入する。


「では、私たちは宿に戻るから」

「俺も行く」

「宿は二人で予約しているから無理かな」

「俺も予約する」


 李九天は笑みを湛えたまま、くるりとうしろを振り返り、光を抱く香風の手を取って歩き出した。当然のように余夕旗も続く。


「師父、どうしましょう」

「放っておこう。飽きたらどこかへ行くだろう」


 結局宿まで付いてこられたが、受付をじっと見た後にどこかへ行ってしまった。二人と一匹はようやく一息吐くことが出来た。


「あ、阿光は余さんと一緒にいた方がいい?」


 光は魔物だ。元は魔界に住んでいた。ならば、同じ魔界にいた者と一緒の方がいいと考えたのだが、光はぶんぶん首を振った。


「そうだ。師父から離れたら駄目なんだったね」


 そう付け加えるが、光はまた緩く首を振った。どうやら、愛らしい子犬は彼を気に入らなかったらしい。


「とりあえず、せっかく宿に戻ったことだし休もうか。試合お疲れ様」

「有難う御座います」

「母君の髪飾りを頂いたら、優勝のお祝いをしよう。資金もあることだし」


 懐から賞金を取り出してにこりと微笑む。


「食べ終わったら、貴方の出番だ。宜しく頼むよ」


 李九天の肩に乗った紙人形を撫でると、紙人形が嬉しそうにくるくる回った。


 汗を掻いた身を清め、すっかり綺麗になった恰好で外に出ると、余夕旗が宿の傍で待っていた。


 話しかけてこないので通り過ぎるとそのまま付いてきた。典型的な不審者だ。しかし、ここで騒ぎ立てても意味が無い。何か起きてもこちらに分があるので、しばらく放っておくことにした。


 武術会場に着くと、受付に人が座っていた。李九天たちに気付いた男が立ち上がる。


「香風、ちょうど用意出来たところだよ」

「わあ、有難う御座います」


 銀白色に、青色の宝石が控えめに嵌め込まれた髪飾りを受け取る。繊細な装飾が美しく、まだ見ぬ母を想ってぎゅうと抱きしめた。


「お母さんによろしくね」

「はい。伝えます」


 ぺこぺこ何度もお辞儀をして会場を離れる。満足そうな笑顔に李九天も嬉しくなった。


「さあ、祝賀会をしようか」

「はい!」


 すると、余夕旗がちゃっかり横に張り付いた。


「俺も食べたい」

「貴方は仲間ではないだろう?」

「これくらいいいだろ。魔界のことを教えてやるぞ」


 李九天が足元を歩く光を見遣る。


 余夕旗は迷惑だが、害は無い。もしかしたら、魔界王の息子という立場で思わぬ情報を持っているかもしれない。


「教えてくれた分、夕餉をあげよう」

「やった!」


 両手を挙げて喜ぶ大男を香風が口を開けて見上げた。

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