第18話 皇子

「優勝者は李九天リィ・ジウティェンです。改めて拍手を」


 名前が発表される横で魔界人が二人がかりで運ばれていく。この分ならまだここからは去らないだろう。


 賞金と核石が授与されたところで、ようやく自由の身となった。

 舞台の傍まで来てずっと拍手をしていた香風シャンフォンの元へ戻る。


「師父、おめでとう御座います!」

「うん。ありがとう」


 こうして、師弟ともにめでたく優勝となった。


 待合室を見渡すと、大人の部に出場した選手がかなり残っている。軍人として採用されるというのは本当かもしれない。王都の軍人ともなれば、ある程度の給与が保証される。働き口を探している者なら願ったり叶ったりだろう。


「おめでとう御座います」

「有難う御座います」


 他の選手に声をかけられながら、李九天は待合室の外に出た。そこに魔界人が壁を背に座り込んでいた。


「やっぱり」


 救護室に大人しくいるとは思わなかったので、この辺りを探して正解だった。


「あ? 笑いに来たのか?」


 まだ喧嘩腰なのがまた子どものようで可愛らしく見えてしまう。


「いや、全然。素晴らしい戦いだった。それより、この大会に出た目的を知りたくて」


 ぎろりと睨まれる。言いたくないことか。しかし、良からぬことを考えているならば、ここで食い止めなければならない。


「それ」

「核石?」

「食いたかった」

「これを?」


 右手に持っている石を見遣る。魔物から出たものを魔界人が食べるなんて聞いたことがなかった。そもそも石を食べることが出来るのかも分からない。


「核石を食うと強くなるって聞いたからよ。あと、強い奴と戦いたかった」

「なるほど」


 強くなるという噂が本当かどうか置いておいて、この者が言うことが嘘でないなら、あまり脅威ではないことが分かって安心した。


「戦うのが好きなのか」

「おお。俺は強くなりたいんだ。魔界で一番にな」

「確かに高位の魔界人の貴方ならいいところまで行きそうだ」

「あ」


 魔界人はそう言ったまま動かなくなった。李九天が顔の前で手のひらを振る。しばらくして、がばっと立ち上がった。


「これ、急に立ち上がってはならん」

「なんで俺が人間じゃなっんぐッ」


 李九天が魔界人の口を手で塞ぎ、人気の無いところまで連れていく。香風もその後をとことこ付いていった。


「よし、ここなら平気だ」

「なんで俺が魔界人だって知ってるんだ!?」


 驚いている割には自ら白状しており、李九天は眉を下げざるを得なかった。


「貴方はもっと人間らしく振舞う努力をした方がいい」

「人間に見えるだろ」

「そういうことではない」


 困った。これなら、まだ六歳に見える香風の方が話が通じる。李九天は両手を付けてからそれを左右に広げて透明な剣を出現させ、魔界人の首元に差し出した。


「魔気が漏れている。化けるならもっとしっかり化けなさい」

「お、前……人間じゃないな?」

「うん。天界人だ」

「天界……!」


 魔界人の顔色が一気に悪くなった。明らかに怯えている。


「何もしないなら私も攻撃はしない。勝負はもうついているから」

「本当か? 消滅させない?」

「うん」


 李九天が待合室を出てからずっと纏わりついてくる光を前に出していった。


「これは他の町で悪さをしていた魔物だ。今は仲間として一緒に行動している。これで貴方を攻撃しない証拠になったかな?」

「魔物なのか」


 魔界人が光に触れようとすると、光は李九天の後ろに隠れてしまった。魔界人が呆気にとられる。


「魔物が俺より天界人を選ぶなんて」

「まあ、そういうこともある」


 動揺している彼に適当な返答をしていると、そこへあろうことか皇帝が部下を連れてやってきた。


「優勝者の李九天だな? それに、準優勝者も。此度の戦い、見事だった」

「これはこれは、わざわざお声がけ頂き恐縮です」


 李九天と香風が拱手する。魔界人がぽかんとしていたので、無理矢理頭を下げさせた。


「そなたたちは軍人になる気はあるか?」


 李九天が魔界人を見遣る。魔界人は舌を出していた。


「恐れ多いお誘い有難う御座います。しかし、我々は旅の途中、またの機会にさせて頂きます」

「なんだ、そなたが入ればすぐにでも軍隊長の地位を与えてやったのに」

「もったいないお言葉です」

「旅が終わったらまた戻ってきてくれ」


 それには曖昧に笑って誤魔化す。神が一つの町を守ることは出来ない。それこそ、そこに属することなど。


「それでは失礼致します」


 長居は無用だ。魔界人の腕を掴み、皇帝の元を去った。


 武術会場を出ようとして李九天の足が止まる。


「香風は賞品をもらったのかな?」

「あ!」


 すっかり忘れていた。香風が振り向き、受付があったところへ走る。


「すぐ伝えてきます!」

「急がなくてよい。ここで待っているから」


 ひらひら手を振る。小さくなる弟子を見送り、李九天が魔界人へ向き直った。


「さて、少々時間が出来た。自己紹介といこうか」

「ひ……ッ」


 一瞬怯んだ魔界人だったが、急に姿勢を正し、左手で髪の毛を掻き分けた。


「まず、お前から名乗ったらどうだ」

「いいよ。私は天界人、武の神、李九天だ」

「武の神、だと……?」


 よろよろと後ずさる魔界人が立ち止まり、咳払いを二つして名乗り上げた。


「ふ、ふん。なかなかの位にいるのか、俺様を偶然にお破った男だけはある。俺は魔界人、魔界王の第二皇子、余夕旗ユー・シーチーだ」

「なるほど、魔界王の息子が単独で人間界に」

「驚かないのか? 魔界人第一位の息子だぞ!?」


 余夕旗としては位の高さに驚いてもらえるとの算段だったが、全く顔色を変えない李九天に彼の方がおどおどしてしまう。

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