第17話 大人の部本選

 香風シャンフォンと離れ、本選会場の前に向かう。すぐ横にいる魔界人が気になるところだが、軽く会釈するに留まった。魔界人だというと、こちらを一瞥しただけだった。


──私が第二試合で、彼が第七か。


 予選では実力が分からなかった。ここでお手並み拝見出来るといい。


「大人の部、開始します」

「待ってました!」


 皇帝もようやくやる気を出したのか、舞台に目をやっている。


 第一試合が始まる。屈強な男二人だ。予選を通過したのは男が十三人、女が三人。今後の修行の参考になるかもしれない。李九天リィ・ジウティェンは興味深く観戦した。


 これを目的にやってきた客も多いらしく、子どもの部のほのぼのとした雰囲気とは違い、熱気溢れた応援が届く。


 二人は流派が違い、戦い方も正反対だった。接近戦に持っていきたくて近づくが、相手は一定の距離を保っている。結局勝ったのは遠距離型の方だった。


 次は李九天の番だ。相手も同じくらいの上背で、飄々とした雰囲気を醸し出している。構えた様子からも自信が溢れており、この大会にも慣れているのかもしれない。


「ふふ、どうもよろしく~」

「お手柔らかにどうぞ」


 拱手すると、にやにや笑われた。


「始め!」


 李九天は攻めることをせず、距離をじりじりと近付けていった。相手が先に攻撃を仕掛ける。


 素早い打撃をいとも簡単に避ける動作に会場が湧く。


──なるほど、優れた武術家はこのようなものか。これはなかなか。


 数百年前、人間に武術を指導していたことがある。それ以来の接触だったが、技術が上がっていることを理解し嬉しくなった。


 頃合いを見計らい反撃する。二発腹に入れたところで相手が地面に手を付いた。


「勝者、四十一番!」

「く……ッ」


 悔しそうに去っていく。李九天も続いて舞台から下りた。


「おめでとう御座います」

「ありがとう」

「師父の流れるような動き、参考になりました」


 しばらくは観戦時間となる。二人は並んで会場を見つめた。


「いつもは私としかいないから、他の者の対戦も観て勉強しよう」

「はい」


 力試し以外にも良い機会が出来てよかった。そもそも生まれてからずっと二人暮らしのため、他人と関わることが極めて少ないことは気にしていた。


 この旅で香風が心身ともに成長するといいと思う。


「人間は空を飛べないから不便ですね」

「うん。だから、地面での距離の取り方、走り方など工夫が必要だ」


 香風が真剣に前を見つめる。体重を生かして戦う者、素早さに長けた者、型にはまった戦い方をする者、強いといっても千差万別だった。


「次は彼だ。よく観察しよう」


 魔界人が舞台に立つ。香風が喉を鳴らした。彼はいったいどのような戦いをするのだろう。


「……皇帝を見ている」


 相手より前に、彼は皇帝がいる方向を見ていた。それは一瞬だったが、目的の一つかもしれないと警戒する。


──まさか皇帝を狙っているのか? それならこんな目立つところを選ばないはず。他に目的が?


 試合が始まり、どう出るのか注意していたら、いきなり相手を殴り倒していた。


 一瞬の出来事に客席が静まり返る。慌てて係の人間が確認したが、選手がどうにか立ち上がったところで安堵の空気が流れた。


 満足そうな顔で戻ってきた魔界人とすれ違う。魔気が溢れている。ばれても構わないといった雰囲気だ。


「師父。今、飛んでいませんでしたか?」


 李九天が頷く。そう、魔界人は試合中走り寄るわけではなく、地面から浮き上がって相手に近寄っていた。速過ぎて気付いた者はいないかもしれないが、抑える気が無いのだろうか。


「しかし、力は手加減しているらしい。そこだけは安心した」


 人間に上手く化けられる程の高位な魔界人が本気を出せば、特殊な修行を行った人間でもなければひとたまりもない。つまり、気絶しない程度の傷で済むくらいに手加減したということだ。理性の無い者であったならばすぐにでも始末しなければならないところだった。


 勝ち上がった八人が次の試合に進む。李九天と魔界人も順調に勝ち進み、予想通り二人の決勝戦となった。李九天が予選で対面した男は残念ながら準決勝で魔界人に負けてしまった。


「師父」


 不安そうに見上げる香風に微笑んで見せる。

 舞台ではすでに魔界人が自信満々な様子で待っていた。


「怖くて逃げだしたかと思った」

「そんなわけがない」


 言い返すと思わなかったのか、魔界人はきょとんとした後豪快に笑い出した。


「面白いなお前! 倒し甲斐があるぞ!」

「ふふ、貴方こそ面白い」


 李九天の腰まで伸びた黒髪が揺れる。魔界人らしく戦闘が好きらしい。


──戦いを求めて参加したのか? 何にせよ、私が出場してよかった。


「始め!」


 一気に向かってきた魔界人の拳をひょいと避ける。相手は驚いた様子でこちらを振り向いた。こちらの実力を理解したのか、さらに嬉しそうに笑いながら技を繰り出してきた。


 術を使わずとも、身体能力が高いからかなりの実力が窺える。こちらも遊んでばかりはいられなさそうだ。


「お前……本気を出していなかったな?」

「貴方こそ」


 魔界人の速度がどんどん増す。李九天はそれを難なく受け止めた。客席はほとんど見えない速さをぽかんと見守った。


 待合室では敗退者たちが驚きの表情で決勝戦を観戦している。修行した者の中にはどうにか速さについていかれる目を持つ者もあったが、それでも追うのがやっとだ。


「なんだこれは……」

「こりゃ、俺たちが負けるはずだ」

「師父、頑張ってください!」


 そんな中、香風だけが喜々として応援していた。周りの大人が物珍し気に子どもを見遣る。


「くそッなんで当たんねぇんだ!」

「大振りだからだ。もっと素早く、的確に」

「そんなの知らねぇよ!」


 焦りにより激昂した相手が空中に浮かび上がる。慌てて李九天が飛び上がり、魔界人に一撃を食らわせて地面に落とした。


「おい、飛ばなかったか?」

「そうか?」


 ざわざわする客席に、李九天が小声で忠告する。


「これ、術は禁止だと書かれていただろう」

「知らねぇ……」


 初めて食らった衝撃に、魔界人が低く唸る。


「阿保め、そういうのは分からないようにやるものだ」


 そろそろ頃合いか。李九天が立ち上がった相手へと構えた。


「俺に指図するな!」

「まだ抵抗する気があるのか。やる気があってよい」


 再び凄まじい攻防が続く。


 ここまで闘志を燃やされて手を抜くのは悪い。李九天は今までより数倍の力を込めて拳を突きつけた。


 ドオン!!


「ぐぉぉぉッッ」


 舞台に叩きつけられた魔界人が痛みに呻く。立とうとするが、足にうまく力が入らないのか上半身を起こすのみに留まった。係の人間が二人の間に割って入った。


「終了! 勝者、四十一番!」

「わぁぁぁ!」

「彼が優勝か!」


 割れんばかりの拍手へ李九天が拱手した。

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