第16話 子どもの部本選
年の頃は五十前後、皇后と息子もいる。思った以上に大々的な大会らしい。つまり、各地域から腕に覚えのある人間が集まっているということだ。
「
「はい……ッ」
大勢の客を前にして、確実に今日一番緊張している。
「頑張ります!」
「うん」
今は一戦目真っ最中だ。二人とも十歳程で、幼いながら大人顔負けの技を繰り出している。客席もはらはらしながら応援していたが、すぐに決着がついた。勝った少年が両手を挙げて喜ぶ様子を香風が真剣に見つめる。
「次、五番と十三番前へ」
ついに香風が呼ばれた。師父から離れ、一人本選の舞台に立つ。相手の五番は香風よりだいぶ年上の女子だった。
体格は一回り以上相手の方が大きい。しかし、香風には師父から毎日稽古をつけてもらったという自信がある。
「ふふ、ちっちゃい。可愛いね」
「宜しくお願いします」
五番が香風に笑いかける。まるでこれからお茶でもするかという雰囲気だ。
「始め!」
相手がどの程度か分からない。香風が合図とともに飛び出し、相手の腹に拳を当てた。
「うぐッッ」
五番が勢いよく飛ばされる。このままでは場外はもちろん、客席の壁にまで当たる。そこまで行けば大怪我になるかもしれない。
相手が場内で体勢を立て直す様子がないことを理解し、香風は慌てて走り出し、風より速いその足は相手にすぐさま追いつき、場外へ出るぎりぎりで抱き留めることに成功した。
「すみません。強過ぎました」
相手を立たせると、その場で香風が構えた。しかし、しばし呆然としていた女子は状況を理解したのか、ぽろぽろ泣き始めた。
「む、むりぃ! 棄権します!」
「えっ」
「五番棄権。勝者十三番!」
きょとんと香風が立ちすくむ。その間に五番は走って待合室に消えてしまった。
どうやら勝ったらしい。香風にはよく分からなかった。
「すごいぞ、あの小さい子」
客席から拍手が湧く。香風も速足で李九天の元に戻った。
「師父、勝ちました。いちおう」
「ううん、きちんと勝てたよ。彼女は香風の強さを知って棄権したのだ」
「それならよかったです。次も頑張ります」
「うん」
まだ他の試合を観ていないので正確ではないが、もしかしたら良いところまで行くかもしれない。李九天にとっても香風一人を相手に教えていたため、他の人間と比べてどれくらい強いのか把握出来ていないところがあるのだ。
それぞれ第一試合を終え、八人の選手が勝ち上がった。
次の試合は、さすがに予選から勝ってきた子どもたちのため、白熱した試合となった。香風を除いて。この試合でも香風は一瞬で相手を倒してしまった。今回は力加減を調整したので、場外に落ちただけで済んだ。
客席がしんと静まり返る。香風は居心地が悪そうに舞台から下りた。
「あの、師父。大丈夫でしょうか」
眉を下げた弟子が師父の服の裾を掴む。今は外衣を被っておらず、これ以上心を乱してはツノが出てきそうだ。李九天が細い布を器用に香風の頭にくるくると巻いた。
「大丈夫、問題無い。ツノの心配もこれで無くなる。あと二試合だ。楽しくやりなさい」
「有難う御座います」
ちらりと皇帝に目を向ける。彼はあまり興味が無いのか、先ほどから席を立ったり明後日の方向を見たりしている。むしろ、息子の方が真剣な様子だ。
──これはどうしたことか。
皇帝主催ではないのだろうか。それとも子どもの部は余興として、大人の部にしか興味が無いのか。
「あの子が優勝するのかな」
「それならお菓子を選びそうだ」
そんな会話を耳にして、そういえば優勝者には賞品が授与されることを思い出した。
子どもの部は王都で売っている予算内での欲しい物、思いつかない場合はお菓子一か月分で、大人の部は賞金と珍しい核石だった。
もしかしたら魔界人は核石が目当てかもしれない。李九天は覚悟を決めた。
あれよあれという間に決勝戦が来た。相手は十二歳より上に見える、かなり体躯の良い少年だ。
ここまで快勝した香風だったが、さすがに今回は駄目かもしれない。そんな雰囲気で始まった試合は十秒で幕を閉じた。
「勝者、十三番!」
「おおお! すごい!」
「本当に勝った!」
優勝は香風だった。飛び上がって喜んでいると、係の者が名前を発表し、香風を待合室に連れていった。
「さて、香風。君は賞品として何が欲しいかな?」
「賞品……」
力試しのために出場していたので、優勝した時のことまで考えていなかった。
「決まらないならお菓子一か月分でもいいよ」
「お菓子……!」
悩んでいる香風に助け舟を出してくれたが、それでも決めかねている様子だった。
「それなら、大人の部が終わるまで時間があるから、決まったら教えてね」
「はい!」
そう、これから皆が注目する大人の部が始まる。
香風が振り向くと、師父が両手を広げて待っていた。そこに走り寄り、思い切り抱き着いた。
「師父、優勝しました」
「うん、すごい。全部見ていた。さすがは香風だ」
李九天が香風と目線を合わせ、笑顔で弟子を褒める。香風のことは卵の時からずっと見守ってきた。心の底から喜ばしいことだ。
「よし、我が弟子が頑張ったのだから、師父も頑張らねば」
「応援しています」
「うん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます