第14話 子どもの部予選
それから修行を続け、ついに武術会当日となった。僅かに身長も伸び、逞しくなったように思える。
「さて、受付をしよう」
「はい」
以前見た武神像の横に長蛇の列が出来ている。どうやらこの武術会は有名なものらしい。
受付が慌ただしく処理していく。李九天はというと、もう出場はしないでおこうと考えていた。その時だ。
「ん?」
魔気を発する者が少し前に並んでいたのだ。肩より長い黒髪の、上背のある成人男性だ。
上手く人間に化けているが、あれは魔界人ということになる。どういうつもりでこの武術会に参加するのだろう。
ただ単に人間の振りがしたくて、人間として生きているだけかもしれない。強い者が集まると聞いて、ちょっとした腕試しのつもりかもしれない。
しかし、万が一違う場合、神である自分が止めなければ事態は悪い方向に進む。
「香風」
「どうしました?」
「私も出る」
「本当ですか!」
すでに出ないものと諦めていたため、香風は両手を挙げて喜んだ。
「香風が出てほしいってわがまま言ったからですか?」
「ううん、私が出たいと思っただけだ」
「へへ、よかった」
無邪気に笑う幼子を見ながら、前にいる魔界人にも注視した。今のところおかしな点は何も無い。
──複数でいる様子は無いな。
単独で行動するのは魔界人の特徴だ。彼らは同族でも慣れ合うことはなかなかない。
どのような特徴の魔界人だろうか。空は飛べるか、使える術はあるか。気になることは沢山あるが、武術会は武術を競うため法術の類は禁止されている。
そもそも、法術を使えるのは法術師のみで、かなりの修行を積まないと扱うことは出来ない。つまり、術を使った時点で悪目立ちし、一発退場ということだ。
ついに魔界人の順番が来た。問題無く受付を通過しているところを見る限り、人間への化け方は上手いらしい。
実は良い魔界人だったらいいのだが。儚い望みだと知りながら願わずにはいられない。
「師父、もうすぐ受付ですね」
「うん」
手をぎゅうと握られる。空いている手で頭を撫でた。
「次の方」
受付で名前を書き、参加料を払う。これで終了だ。番号札をもらい、後は出番まで控室で待つことにした。光には控室の前で座っているよう伝えた。
控室に例の魔界人はいなかった。番号札を見つめた李九天が感慨深げに呟く。
「受付を済ませたということはお金を持っているのか」
香風が不思議そうに見上げる。
「師父?」
「ああ、いや、気になる男がいてな。恐らく魔界人だ。ここにはいないから詳しくは後で」
「魔界人……!?」
あまり心配させたくないが、知らず接触してしまったらもっとややこしくなる。驚く香風を抱き上げ、気持ちを落ち着かせた。
「師父がいる。心配しなくてよい」
「はい」
下ろすと、すでに顔色は戻っていた。これなら特に気にしなくてよさそうだ。
周りを見渡すと、大人も子どもも混ざって準備運動をしていた。李九天たちのように師弟で参加する者もいるだろう。
子どもの部は十二歳までだが、だいたい十歳以上が多く、香風程の幼い子どもは参加していないようだった。
それでも香風が恐れる様子は無い。安心した李九天は近くに荷物を置き、香風と組手を始めた。
半刻して、受付の人間が待合室にやってきた。
「皆さん、そろそろ予選が始まります。会場にお集まりください」
どうやら人数調整のため予選があるらしい。予選は子どもの部から始まった。番号を呼ばれた香風はとてとて舞台に上がる。
「あんな小さい子が大丈夫か」
「怪我してしまうぞ」
こそこそ、香風に対する声が聞こえる。
大人と別れているといっても、十二歳と六歳いっているかどうかの見た目では同情されるのも無理はない。しかも体重制限もないので、香風の三倍近く重そうな子どもも見受けられる。
しかし、李九天は背筋を伸ばして弟子を見守るだけだった。
「ははッ前に見かけたガキか。本当に参加するとはなぁ」
「…………」
傍で繰り広げられる煽りに、香風は知らん顔で場外を見つめた。少年が怒りに満ちた顔になる。
「覚えてろよ……」
大きな舞台に子ども全員が上がる。ここで自由に戦い、十数人まで絞られるという。見たところ三十人程いるので、半分は本選に出られる仕様だ。
「舞台から落ちたり、気絶したら敗退です。くれぐれも急所を狙ったり致命傷を与えることのないよう」
「はい」
「それでは始め!」
先ほどの少年はもちろん、舞台にいた半分近くの少年少女が一斉に香風に飛びかかった。幼いため格好の餌食だと思われたのだ。場外から小さく悲鳴が漏れる。
「これで一人脱落だな!」
「楽勝~」
下品な笑顔を前に、李九天が一つ息を吐いた。
「ふむ、戦略的には有りだが精神が未熟だ」
香風の姿が見えなくなった次の瞬間、襲っていた者たちが一斉に吹き飛んだ。
「うわぁぁぁ!」
ほとんど全員が場外に落ちる。真面目に目の前の相手と戦っていた選手もぽかんと口を開けて固まってしまう。
いったい何が起きたのか。それは唯一立っていた香風が証明していた。
「し、終了!」
香風が落とした者たちと、他で倒された数人を除き本選出場が一瞬で決定した。場外で見ていた大人たちが湧き上がる。
「なんだあの子どもは。すごいぞ」
係の人間が場外に落とされた選手の具合を確認するとともに、本選出場選手の番号を書き記していく。呻きながら起き上がった一人が舞台から下りた香風に向かって走る。
「お前、何か妙な術を使ったんだろ! 俺が負けるはずがない!」
香風に暴言を吐いていた少年だ。後ろを狙われた香風だったが、右手でそれを軽くかわす。少年がまたしても無様に地面へと崩れ落ちた。
「は、はぁ!?」
「有難う御座いました」
拱手して、師父の元に戻った香風を呆然とした顔で見つめる。訳が分からないといった表情だ。
「よくやった。素晴らしい試合だった」
「えへへ」
「先ほどの彼は、この出来事で少しでも考え方が改められるとよいな」
香風が振り向く。とぼとぼ去っていく後ろ姿がなんだか寂しい。
「あの、次は師父の番ですね」
「うん。負けないよう、ほどほどに頑張るよ」
「いっぱい頑張ってください」
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