第13話 修行

 子犬はグァンと名付けられた。光物ばかり集めていたからだ。


阿光アーグァン、こっちだよ」

「キャンッ」


 修行を始めて四日、食料が尽きてきたのと水浴びでは足りなくなったため、二人と一匹は再度王都へと繰り出した。


 四日前とは違い、格闘家らしい恰好の人間が増えていた。武術会に備えて早く到着した者たちだろう。まだ数週間あるのにたいしたやる気だ。


 きっと大会前日にはこれとは比べものにならない人数が集まるだろう。


「師父、楽しみですね」

「うん」


 多くの人間と交流することはなかなかない。すでに出場気分の香風が興奮気味に言った。


「ははッお前みたいなちびっ子が参加か。せいぜい怪我しないよう気を付けるんだな」


 香風が道着を着ているから大会参加者だと分かったのだろう。横からそんな声がしてそちらに目を向けると、香風より何歳も年上の子どもが意地悪く笑っていた。香風が首を傾げる。


「師父」

「ああいうのは無視するのが一番だ」


 二人が相手にせず通り過ぎると、少年がなおも笑って続けた。


「言い返せもしないのか」


──小さな子ども相手に随分なことだ。徳を積んでいない証拠だな。これでは神の加護は無いに等しい。


 信じる者が全員救われるわけではないが、神の加護というものは実際存在する。


 神を信仰し、御神体へお参りしたり金銭や供え物をすれば、神の元へとそれらは届く。そうして、その一部を加護として還元するのだ。


 信仰されれば神の力も強くなるので、神々も加護についてはしっかりと行っている。むしろ、それが一番の仕事とも言える。誰かを信仰していたとしても、その一方で悪事を行う人間に対しては加護は与えられない。彼はそれに位置する人間ということになる。


 冷たいと言われれば冷たいのかもしれない。しかし、礼には礼を返す。ただそれだけだ。


「わ」


 香風の驚く声がして立ち止まる。李九天が香風の見上げる先を見れば、神の銅像が建てられていた。しかも、李九天自身のである。


「武の神ということは師父の像ですね。すごい」

「うん、武術会を開くくらいだから、こういうことにも熱心なのだろう。ありがたい」


 実際の李九天の二倍はある銅像は実に立派だ。その横には広い建物がある。恐らくここが武術会場だろう。こうなってくると、李九天は武術会に参加することがいけないことのように思えてきた。


──武の神の銅像が見守る会場で本人が参加とは、いやはや弱った。


 弟子たっての願いとあれば叶えたいのが師父の本音だが、難しいおねだりに李九天は頭を抱えた。


──まあ、当日までまだ時間はある。香風の気も変わるかもしれない。


 気を取り直して、二人は宿探しをした。


 最初の宿はなんと動物禁止だったため、光には外で過ごしてもらおうとしたが、李九天の傍を離れずきゅんきゅん泣き始めたので、仕方なく動物も泊めてくれる宿を探すことになった。


「阿光は師父が好きなんだね」


 無邪気に笑いかける香風が愛らしい。十中八九、懐いているわけではないことは分かっているが、李九天は黙って微笑んでいた。


 幸いにも二軒目で宿が決まり、さっそく風呂を堪能する。桶に溜められた熱い湯を頭から被る。香風にもかけてやると、羽をばたつかせて喜んでいた。


 長く入っていたいが、香風の羽を誰かに見られたら厄介だ。二人は四半刻もせず風呂を後にした。


「師父、もっと羽を隠せるようになります」

「うん。頑張るのは良いことだ」


 このところ、隠すこともだいぶ慣れてきた。一日中隠せるようになれば外衣もいらなくなる。


 夜は部屋の中で修行をした。片手で倒立をして半刻じっと出来るようになり、集中力もかなり増してきたことが分かる。


「うん、良い」

「有難う御座います!」


 香風はそれこそ赤ん坊の頃から修行をしており、生活の一部になっている。かといって、強さを追求しているわけではなく、師父に褒められたくてやっていると言った方が正しい。


 光も無暗に吠えず、傍で様子を見ているだけだ。李九天が光を一撫でし、本日の修行はおしまいとなった。


「せっかくの寝台だ。今日はゆっくり寝よう。朝寝坊してもよい」

「ふかふかだ」


 寝台をじっと見つめる光には、持ち歩いている布を丸めて床に置いた。そこに光が丸まる。


「今度体を綺麗にして時は一緒に寝ようね」

「キュゥン」

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