第12話 子犬に変化

「そんなに緊張しなくて平気だ」

「全員皇帝に見えます~!」


 李九天リィ・ジウティェンの腕に絡みついて泣き言を言う。王都だけあって、まだ都の中に入っていないのに行き交う人が大勢いる。香風シャンフォンが驚いてしまうのも無理はない。


「さすがに、一人で歩いていることはないだろう。それに、失礼な態度を取らなければいいだけだ」

「が、頑張ります……!」


 上下関係だけ考えれば、香風も天界人なので人間からしたら神という立場で上なのだが、ここでは人間に化けているため下になる。そもそも香風は神である意識は無いので、大人というだけで自分よりえらく見えるのだ。


「そうだ。魔物のことを忘れていた」


 子犬の大きさと言えど籠に入れていたら悪目立ちする。しかもツノ付きだ。李九天は魔物に向かって問いかけた。


「貴方に法術をかけてツノを見えなくさせる。大人しくしたら籠からも出そう」

『キュゥン!』


 籠に顔を近づけ、小声で忠告する。


「ただし、私から離れたり何か悪さをしようとしたら、分かっているね」

『キュ……ゥゥ』


 怯えた様子の魔物相手に手を翳すと、ツノがしゅるしゅると縮んで無くなった。


「消えた」

「見えなくなっただけだが、目隠しにはこれで十分だ」


 籠を地面に置く。右手でそれに触れると、たちまちぽろぽろと崩れ落ちた。これで魔物は一見自由の身だ。


 魔物自身もそのつもりだったのか嬉しかったのか、突然走り出した。香風が声を上げるが、李九天は黙ったままだ。すぐに魔物は苦し気に倒れ込んだ。


「これ、私から離れたら駄目だと言ったろう」


 李九天が近付くと、魔物が力無く起き上がった。どうやら、首輪に仕掛けがあるらしい。魔物はそれ以降大人しくなり、決して李九天の傍を離れようとはしなかった。


「ふふ、愛らしい子犬だ」


 子犬は小刻みに震えていた。


 王都の門に着くと、門番が両側に一人ずつ立っていた。鎧と剣が彼らをより強そうに見せている。


 びくびくする香風をひょいと抱っこして李九天が門を通る。門番はそれを一瞥するだけだった。観光の親子にでも思われたのだろう。


「とりあえず、王都の様子を観察するとして──」


 目線が同じになった香風へ顔を向ける。


「武術会に参加することだし、王都の近くで修行でもするか?」

「します!」


 ひとまず王都を楽しんだ二人は、宿を取ることなく王都を出た。すぐ傍に林があったのでその中の一際大きな木の前で荷物を下ろした。


「数日に一度は宿を取ろう。川で身を清めるだけでも構わないが、清潔感が落ちては王都に入れてもらえないかもしれない」


 軽い準備運動を済ませると、さっそく修行に入った。李九天の指示のもと、香風が木を駆けのぼりてっぺんに上る。それが終わればまた走って木を下りた。


 それを繰り返した後は組手をした。本格的な修行は久しぶりで、香風もつい興奮してしまう。


 やり過ぎないよう、李九天は休憩を提案した。子犬が香風の周りを走り回る。


「あはは、可愛い」

「お腹でも空いたか? 何を食べるのだろう」


 試しに草花を出したが当然食べなかった。見た目からして草食ではない。


 次に、町民からもらった干し肉を与えてみた。くちゃくちゃと口の中でしばらく噛んだ後、どうにか飲み込んでいた。


「好きではないか? 困ったな」


 人間ではないから毎日食べないと死ぬわけではないだろうが、食べる物が分からなかったら後々困る。


 香風が饅頭を食べていると、子犬がそちらに寄っていった。中には甘い餡が入っている饅頭だ。


「これが食べたいの?」

「キュン!」

「じゃあ、はい」


 半分に割って渡してみたら、勢い良く食べ出した。李九天が首を傾げる。


「甘い物が好きなのか。魔物の生態はよく分からない」


 休憩後は子犬も混ざって修行をした。物を遠くに投げてそれを走って空中で掴んだり、体力作りをしたりした。香風も相手がいると楽しそうだ。


「良い修行相手になるかもしれない」


 李九天は満足そうに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る