第11話 王都

 そう言われ、武術会について書かれた紙が渡された。香風シャンフォンが興味深げに見るが、まだ読めない漢字が混ざっていて全てを読み取ることは出来なかった。


「有難う御座います。頂いていきます」


 この町でも、窃盗事件を解決した礼にと、食べ物を沢山もらった。ちょうど手持ちが無くなったところだったので、香風が笑顔で受け取っていた。彼は本当によく食べる。きっと、成長したら立派な龍になるだろう。


「師父、良いことをするのは気持ちが良いですね」

「うん。だが、お礼目当てにしてはいけない。彼らが困っていて、それを私たちが解決したいと思ったからしたまでのこと。それの見返りをこちらから求めないと約束しておくれ」

「はい」


 香風が頷くと、李九天リィ・ジウティェンが愛らしい頭を数度撫でた。


「ところで先ほどのことだが、次の町で武術会が開かれるそうだ。試しに受けてみるか?」

「武術会……」


 香風は一言呟いて不安気に俯いた。李九天がしゃがんで顔を窺う。


「どうした?」

「まだ、師父との修行を始めて一年しか経っていません。私が負けたら、師父に恥をかかせてしまいます」


 随分師父想いの弟子だ。李九天がにっと笑顔を見せた。


「気にしなくていい。負けたら、それも経験。それに貴方は強い。一度挑戦してみてもいいと思うよ」

「じゃ、じゃあ、師父と出たいです!」


 その提案に李九天は目を丸くさせた。


 案内には子どもの部と大人の部で別れているので、出場することは問題無い。しかし、神の自分が出てもいいものか。


──適当なところで負けてもよいか。いや、負けたら香風は泣くか?


 どちらにせよ何かしら困ることが出てきそうだ。考えることが面倒になった李九天は会場に着いてから出場するか決めることにした。


「ふむ」


 武術会は一か月後だった。しばらく滞在することになりそうだ。


「一度天界に戻ろう」


 誰もいない山奥で香風とともに飛び立つ。しばらくすると天界の入り口が見えた。


沈美響シェン・メイシャン

「分かっています」


 彼女はすでに待ち構えていた。さすがは知の神だ。


「魔物を捕まえたのだが、魔界への扉は閉まっていたのでな。もしかしたら、他に扉が出現しているのではないかと」

「十分に考えられます」


 沈美響は興味深げに魔物を見つめた。魔物が籠の隅で小さくなり、声を上げる。


「あら、怖がって可愛らしいこと」


 そう言いながら、紙人形をいくつか作る。李九天が扉を守らせているものと同じ人形だ。


 人形が一つ二つ増えていく。十を超えた頃、香風が李九天の袖を掴んだ。


「人形がいっぱい……」


 羽がぴくぴくと震える。


「安心しなさい。味方だから」

「でも、いっぱい過ぎてちょっと怖いです」


 言っているうちに、人形は五十を超えた。沈美響が手を叩く。


「これくらいでいいでしょう。この子たちに世界を見回ってもらいます。新たな扉が見つかったらお知らせしますね」

「ありがとう」

「では坊やたち。人間界へおつかいよろしくね」


 沈美響が息を吐くと、人形たちが一斉に走り出し、雲の上から飛び降りた。ぽわぽわと綿毛のように揺れながら落ちていく。香風がそれを最後まで見守った。


「かわいい……」

「うん、あの子たちも大事な天界の一部だ」


 香風は怖いと言って申し訳なくなった。きっと彼らは傷ついていないだろうが、それでも一度出た言葉は戻らない。


 李九天は、なおも見つめ続ける香風に話しかける。


「さあ、扉のことは人形たちに任せて旅を続けよう」

「はい。沈さん、有難う御座いました」

「またいらしてくださいね」


 知の神に手を振り、天界を後にする。


 雲から下りた時、誰かとすれ違った。天界人の誰かだろう。こちらを睨んできた気がするが、香風は気のせいだと思うことにした。話してもいないうちに、これ以上悪い感想を抱きたくなかった。


 二人は次の町まだあと十里というところで地上に下りた。そこはさらに大きな町らしく、王都と呼ばれていた。


「王都ということは、辺り一帯を治める皇帝がいるということか」

「皇帝? えらい人ってことですか?」

「そう。もし、皇帝に会うことがあったら、しっかり挨拶するんだよ」

「分かりました」


 皇帝というからにはきっと立派な出で立ちをしているのだろう。王都が見えてくると、香風はきょろきょろ辺りを見回しだした。

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