第10話 子犬の魔物
満足に寝られないまま朝がやってきた。まだ眠いが仕方がない。
『ギィ~』
李九天が近付くと魔物が鳴いた。
「よしよし、言うことを聞いてくれたら何もしない。しかし、悪さをしたら分かっているな?」
優しい笑顔とは裏腹に、低い声で魔物を威圧する。本能で感じ取った魔物がか細く鳴いて籠の隅に縮こまった。
程なくして約束の時間になり、
「では参ります」
「宜しくお願いします」
籠を持った李九天を先頭に、香風たちが続く。時折質問しては魔物が鳴くのを繰り返すうちに、町を出たすぐの林に辿り着いた。
「この辺りのようです」
「よし、探してみよう」
「はい」
王若岩が部下に指示し、手分けして探す。香風もあちこち茂みに入って地面を調べた。
すると、大きな木の根っこの部分に穴が開いていて、そこに光るものを香風が見つけた。
「師父! ここに何かあります!」
わらわら皆で集まって穴から取り出してみる。見事に盗まれていた宝飾品だった。もちろん、鱗もある。
「おお! まさにこれは盗品です!」
詳しくは役所に戻って被害届との擦り合わせをしないと分からないが、王若岩が言うには全部あるのではないかとのことだった。
ということは、この魔物は金目的に盗んだわけではないのかもしれない。そもそも、魔族でもなければ金が必要になることはまずない。
「何のために集めていたのか……」
疑問は残るものの、盗品が返ってきて犯人が捕まりさえすれば町としては言うことはないだろう。
役所に戻り、被害届を役人たちが手分けして確認した。幸いなことに全て手元にあり、一件落着となった。
「本当にお二人にはお世話になりました」
王若岩をはじめとした役人が李九天たちに拱手する。こちらも町の平和が戻ってよかった。
「いえ、全然。それより、この魔物はいかがしますか? 人間のように檻に入れて罰を与えてもあまり効果が無い気がしますが」
「そうですね。どこかへ放つことは出来ませんし、かといってすぐに始末するのも後味が悪いというか」
ここに置いても扱いに困るということだ。李九天が頷いた。
「始末するつもりがないなら、私がお預かりしましょう。魔界へ帰すか、出来なければとりあえず私が使役しておきます」
「それは助かります」
この魔物は物体をすり抜けることは出来ないが、法術の首輪が外れてしまえばたちまち透明になってしまう。人間だけでは檻の中に閉じ込めておくのは難しいだろう。
町民への盗品の返却手続きが始まったところで、李九天たちの役目は終わった。今度はこちらの願いを聞いてもらう番だ。
王若岩が新しそうな書物を持ってきた。
「お待たせしました。鱗伝説についての説明でしたね。この町ではこう伝わっています」
ここ東林は穏やかな町だった。しかし今から五十年程前、空が急に暗くなったかと思えば、大きな爆発音とともに鱗が一枚落ちてきたそうだ。人がそれを拾うとすぐさま空は元通りになり、それ以来そのようなことは一切起きていないらしい。
「ここは五十年も前なのですね」
「ええ、ですから、当時の状況を知っている者はあまりおりません」
「先日の村は二十年前だと言っていました」
「おそらくそこが一番新しいところでしょう」
確かに、伝説を言われるには些か新しいと感じていた。きっとここより昔の伝説も残っているはずだ。
「そういえば、三十里離れた村にも鱗が保管されているのですが、そこでは最近とてつもない伝説級の魔物が出没するとか。貴方方ならもしかしたら」
「そこがその先日伺った村ですね。魔物なら退治致しました」
「退治出来るやも……えぇッッ!?」
驚きすぎて、王若岩が椅子から転げ落ちてしまった。李九天が抱き起こす。
「え、本当ですか!」
「はい。証拠になるか分かりませんが、そこで鱗を頂きました」
鱗を香風の袋から取り出して見せると、王若岩が眼鏡のずれを直しながら観察した。
「確かに本物の鱗です。いやぁ、あれだけ世間を騒がせていた魔物が退治されていたなんて。あそこは小さな村ですから心配していたのです」
「お役に立てて光栄です」
王若岩が座り直しながら汗を拭う。かなり驚かせてしまったらしい。確かにあの大きさの魔物がいては、腕に覚えのある人間でなければ傍で生活するのは難しいだろう。
「鱗伝説がある他の場所をご存知ですか?」
「一か所なら存じております。他も名前は聞いたのですが、何年も前だったのでどこだったかはちょっと」
「覚えているところで結構ですので、教えていただけますか?」
「はい」
次の場所を教えてもらっていると、王若岩が後ろの机から何かを手に取った。
「そうそう、ちょうどそこで武術会を行うらしいです。李九天さんやそちらのお弟子さんもお強いですから、よかったらどうぞ」
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