第9話 犯人を捕まえろ
二刻後、のっそりと宿を出る。宿の外で警備の人間が一人待っていてくれた。
「李さん、こちらが警備の配置図です」
「有難う御座います。私たちは役所の近くで隠れるつもりです。まだ宝物庫は鱗以外無事だと聞いたので」
「そうですね。我々ももう一度来るのではないかと考えております」
警備の男と別れ、李九天と香風は闇に紛れて役所へと向かった。
すっかり陽も落ち、暗くなったここは警備の者以外誰もいない。二人は役所の奥に立つ宝物庫近くの茂みに腰を下ろした。
「なんか……どきどきします」
香風の瞳に僅かばかり興奮の色が宿る。
そういえば、以前読み聞かせた書物で、町民を守る正義の味方が出てくる物語があった。きっとそれを思い出しているのだろう。
「これは現実だから、十分注意するように」
「はい」
現実と創作は違う。もしかしたら危険な魔物かもしれない。香風を気にしながらも、誰か来ないか周囲を窺った。
半刻もしないうちに空気が変わった。
チリン。
遠くから鈴の音が聞こえた。罠にかかったのだ。この音はとても細く高く、人間はもちろん魔物にも聞こえていないはず。
「師父……」
「しっ」
半分天界人の香風にも聞こえたらしい。二人は身を潜め、次の動きを待つ。
魔物は人間しか見張りがいないと思っているので、大胆なことをするかもしれない。そこを撃つ。
「うわッ」
遠くで警備している者の声がした。顔だけ出して覗いてみたが、怪我をした様子は無い。おそらく魔物が近くを通ったのだろう。
「もしかしたら、高等に属するものかもしれない」
「何故ですか?」
「警備が左右を見渡している。つまり、近くを通ったのに相手の姿を確認出来なかったということだ。姿を消しながら移動出来るのは高等魔物以上でないと出来ない芸当」
そうだとすると、今まで誰にも見つからずに盗みを働けていたのにも納得である。それにしても、何故こうも高価な物に固執するのか。魔物に金は必要無いだろうに。
「魔気も暗闇では上手く追えないな。罠の音を聞くしかないか」
夜は魔の世界だ。天界人には不利になる。李九天は耳を澄ませ、慎重に音のする方向へと進んでいった。
──いっそ、戦いを挑んでくれたら楽なんだが。
敵の位置さえ分かればあとはどうとでもなる。しかし、こうやって様々な状況を経験することも重要かもしれない。
この旅は小さな友がいる。彼を無事送り届けるため、自分自身も成長していかなければ。
チリン。
ついに、李九天たちの傍で鈴が鳴った。あちらは誰にも視られていないと高を括って、一直線に宝物庫へ向かうという大胆な行動に出ていた。李九天がそれを見逃すはずはない。
「香風」
「はいッ」
宝物庫の扉の前に飛び出した李九天が印を結んで目の前に放る。動きを封じる術だ。
『ギィッ』
驚いた声がしたところへ、香風が縄を広げた。縄が不自然にじたばた動く。無事捕まえられたらしい。
「ふう、よかった」
「視えないですね」
香風が縄の中を観察するが、姿を現す様子は無い。
「おそらく、陽を浴びれば姿を見せるはずだ。しかし、このままでは不便だな。よし」
李九天が両手で輪を作ったかと思うと、それが光り出し、縄の中へ吸い込まれていった。すると不思議なことに、中から首輪を付けた魔物が現れた。
「これなら姿を消すことは出来まい」
魔物は真っ黒で、犬のような見た目に、太い角が額に一本生えていた。まだ子どもらしく、子犬程しかない。
「わぁ、可愛い」
「愛らしくとも、盗みを働く頭の切れる魔物だ。油断してはならない」
「はい」
縄ごと魔物を持ち上げ、李九天が警備の人間に声をかけた。
「そ、それが……!」
たいそう驚いていたが、触ろうとはしない。魔物の扱いを知らないと言っていたので正しい判断だ。
「役所の裏口を開けて頂いてもよいですか? 王さんがいらっしゃるそうなので」
「承知しました!」
男が大慌てで裏口の鍵を開けたところ、王若岩がちょうど見えるところに立っていた。縄の中身を前に出してみせれば、これまた大慌てで王若岩が走ってきた。
「り、李さん! これがまさか……!」
「はい、魔物です。数日かかるかと思っていましたが、上手いこと罠に引っかかってくれました」
「おお……!」
王若岩がしげしげ見つめていると、知らせを聞いた警備の人間が次々と役所に集まってきた。町を混乱に陥れた罪人かこのような魔物だったとは。
「両手で収まりそうな子犬ですね」
「子犬がこんなツノを生やしているわけがなかろう」
警備の男たちが次々に感想を言い合う。ようやく訪れた平穏に安心する気持ちも分かる。
「あ、ところで、盗まれたものはどこにあるのでしょう」
皆の視線が李九天に集中した。
「もちろん、この魔物に聞きます。下等の魔物でなければ、言葉は理解しているものが多いです。先ほど通った道でだいたいの場所は分かりますが、後は魔物の反応を見て探しましょう」
「さすが!」
暗い中では探しにくいため、外が明るくなるまで各々休憩することにした。
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