第8話 犯人捜し

 その言葉を聞きつけて、後ろで作業していた男が近寄ってきた。


「お話し中申し訳ありません。もしや、魔物にお詳しいのでしょうか」

「ええ、まあ人並には」


 首を突っ込み過ぎた。しかし、もう後戻りは出来ない。


「我々も単なる人間には難しいのではないかと考えていたところです。大変恐縮なのですが、謝礼はお支払いしますのでご協力頂けないでしょうか……!」


 人間にこうまで頼まれたら断ることは出来ない。


 神というものは、人からどれだけ信仰されているかによって力も変わってくる。元々李九天は力のある神であるが、信仰が増せばさらにそれは増幅される。


「やりましょう。その代わり、鱗伝説について伺いたいのですが」

「有難う御座います! いくらでもお話しします!」


 何度も拱手した男たちが奥から一人の男を連れてきた。何でもこの男が町唯一の魔物に詳しい男らしい。


「では、これから先は担当のワンと話を進めてください」


 眼鏡をかけている痩せた男は書物を机に置いて座った。


王若岩ワン・ルオイェンと申します。本日は誠に有難う御座います」

「こちらこそ余所者が口を挟んで申し訳ありません」

「いえ、本当に困っておりましたので助かります」


 硬い表情をしているが、二人のことを歓迎はしてくれているらしい。


「さっそくですが、こちらをご覧ください」


 王若岩が持参した書物を広げる。そこにはこれまで起きた怪事件について詳細が書かれていた。


「私が見聞きしたものを記したものです。時間帯は全て夜中、場所はどこか一か所に集中しているわけではなさそうです」

「なるほど」


 地図に黒丸印がいくつかある。ここが事件が起きた場所なのだろう。


「日付を見る限り、ここ十日程毎日起こっています。近くに村や町はありませんから、犯人はこの町のどこか、もしくは近くの森に潜伏している可能性が高いですね」


「やはりそうですか。今は物ですが、いつか人を襲うのではないかと皆怖がって夜になると外に出ることが出来なくなっていまして」


 どのような姿をしているのか分からない相手に恐怖するのは容易に理解出来る。一刻も早く解決すべき問題だ。これ以上のことが起きれば、他の町との交流が絶たれたり、住民の生活に支障をきたしてしまう。


「現状何か対策はしていますか?」

「はい。高価な物を置いてあるところには警備の者を配置しております。しかし、犯人を捕まえるどころか姿を見た人間すらいない状況です」

「それは奇妙ですね」


 聞くところによると、警備は一人や二人ではないらしい。それならば、一人くらいは犯人を見かけていないとおかしく思えてくる。もしかしたら、特殊な類の魔物かもしれない。


「私たちも夜になったら、一緒に警備に当たります」

「有難う御座います。武器か何かはお持ちですか? 危険かもしれませんので」

「ご心配なく。武術の心得があります」

「これは頼もしい」


 一旦役所の人たちと別れ、二人は宿を取った。


 ようやく一息吐くことが出来る。李九天は寝転がろうとしたが、香風がそれを許さなかった。


「師父……」


 きらきらした瞳をこちらに向けてくる。実に力強い瞳だ。それが李九天の心に訴えかけてくる。李九天は立ち上がった。


「分かった。出店へ行こう」

「やったぁ!」


 毎日修行に明け暮れ、神の血を受け継ぎしっかりしていると言っても、見た目は五歳、実際は三年と少しだ。まだまだ遊びたい年頃である。

 急ぐ旅ではない。こうしてゆっくりする時があってもいいだろう。


 宿を出ると陽がやや傾き始めたところで、人出はさらに増えていた。祭りというわけでもないから、観光客か夕餉の買い出しで来た住民といったところか。


 香風といえば、初めて見る出店に服の下にある羽をぱたぱた揺らしていた。


「服で隠れていても、普段から羽は仕舞いなさい」

「そうだった。ごめんなさい」

「よい」


 一つ一つ出店を見て回る。ふと、李九天が出店の奥を見遣った。


──僅かに魔気まきの跡がある。いよいよ魔物の線が濃くなった。


 それにしても、前の村といい今回といい、こうも魔物案件とぶつかるのは些かおかしい。扉を監視している紙人形に異常は無いため、あそこから出入りしているわけではなさそうだ。


 つまり、他に扉が現れたと考える方が自然ということになる。


「ううん……困ったことになった」


 これはこの一帯あたりだけではなく、世界全体の問題である。


 悩んでいると、出店を一回りした香風が戻ってきた。


「欲しいのはあったか?」

「はい。あの、二つあるのですが……」

「よい。何個でも買いなさい」


 金が入っている布袋を香風に手渡す。香風が両手でぎゅっと受け取った。


「師父も来てください」

「うん」


 手を繋がれて幼子に道案内される。まず向かったのは砂糖菓子の店だった。色とりどりの菓子が所狭しと並べられている。


「美味しそうだ。どれがいい? 全部?」

「お、太っ腹だねぇお父さんは」

「一個だけで!」


 香風がぶんぶん首を振って、手前にある小さな菓子がいくつか入ったものを指差した。見た目も可愛らしければ値段も可愛らしかった。小さな手が袋から金を取り出し、店主に渡す。


「ありがとう。また来てね」

「はい」


 もらった菓子を笑顔で受け取り、店を後にした。


 次は饅頭の店だった。中身は肉や野菜が入っていて、夕餉にちょうど良さそうだ。大き目のものを二つ買い、近くの石に座り頬張る。


「美味しい」

「うん」


 横で子どもたちが木のおもちゃで遊んでいる。香風がそれを眺めるので、李九天が優しく尋ねた。


「香風も友だちが欲しい?」


 小さな頭が俯いて答えた。


「欲しい……けど、今は母様に会いたいです」

「そうか。なら、見つかったら、今度は友だち探しをしよう。それまで師父で我慢してくれ」

「師父がいてくれたら、ずっと楽しいです」


 にんまりと弧を描く口元に、李九天もあの時卵を拾ってよかったと心から思った。


「さて」


 まだ店は開いているが、そろそろ準備に取り掛かることにした。香風を連れて、先ほどの役所に戻る。王若岩が小走りでやってきた。


「お忙しいところ恐縮です」


「いえ、観光していただけですので。罠を張りたいのですが、念のため許可をと思いまして。魔物が通ると音が鳴る仕組みのものですが、対魔物用ですので人間には効果が無いものです。宜しいですか?」


「もちろん。宜しくお願い致します」


 許可を得られたので、李九天は町のあちこちに人間には見えない糸を張っていった。これは上手く出来ていて、人は触れることすら出来ない。


 魔物は夜しか活動しないようだから、罠が張られていることも気付いていないだろう。今日の今日で捕まえられるかは分からないが、手掛かりくらいは得られるかもしれない。


 張り終えた後、二人は夜中まで仮眠をした。

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