第5話 鱗伝説

「こ、こここれはぁ! まさか公子があの魔物を倒したんで……?」

「あの魔物があれのことならば、そうですね」

「おおおお! しょ、少々お待ちください!」


 村に着き、近くにいた中年の男に魔物に付随するものや武器等を売買している店があるか聞くと、血相を変えて走り出した。


 急いでいるわけでもないのでしばらく待っていると、先ほどの男が誰かを連れて戻ってきた。


「あの、お、お待たせしました……!」


 汗を掻いてやってきたのは、腹が重そうな白髪の男だった。


「私、この村の村長をしておりますマァと申します。ささ、立ち話もなんですからこちらへどうぞ」

「はい」


 馬を連れてきた男と別れ、三人で飯屋に入る。香風が服の中で羽を揺らした。

 奥にある個室で腰を下ろすと、すぐに飲み物が出された。


「後ほど料理も来ますので」

「有難う御座います」


 馬が布で汗を拭いながら控えめに笑った。


「それであの、核石をお持ちだと伺ったのですが、見せて頂いても宜しいでしょうか」

「はい、こちらです」


 ごとり。重みのある石が机に置かれる。男の瞳が限界まで見開かれた。


「お、おお……確かにこれは……」

「近くの森にいた大きな魔物のものです」

「どのような見た目でしたか?」

「ごつごつした皮膚をしていて、木々より大きかったです」


 馬が立ち上がった。そして二人に向かって深々拱手する。


「我が村を悩ませていた魔物に違いありません。たまに腕に覚えのある方が挑まれていましたが、いずれも上手くいかず……本当に有難う御座いました。貴方方は村の救世主です!」

「いえ、そんな。頭をお上げください」


 実際、李九天は村を救うつもりはなかった。あの魔物に苦しめられていることを知らなかったからだ。弟子を危険にさらしたくない、ただそれだけだった。


 馬が二回手を叩くと、次々に料理が運ばれてきた。


「全てこちらで持ちますので、どうぞお召し上がりください」

「いただきます」


 料理はどれも美味しかった。いつもは李九天の手料理ばかりなので、こうして外の料理を食べると新鮮で嬉しくなる。


「ごちそうさまでした」

「いえいえ、この後まだお時間ありますでしょうか? 是非受け取ってほしいものがありまして」

「平気です。しかし、私たちは何か受け取るつもりでしたわけではないので、高価なものでしたら結構です」


 やんわり断りを入れると、馬が豪快に笑った。


「これはまさしく救世主の器ですな! 高価というより、貴重といいますか。とりあえずご覧になってから決めてください」

「分かりました」


 珍しいものなら試しに見てみよう。二人は尊重に付いていくことにした。


 連れてこられた先は、村の宝物庫だった。


「こちらで御座います」


 中に入ると、奥の台座にあるものが飾られていた。


「村の近くで落としたとされる龍神の鱗です。他にも鱗伝説は数か所あるそうですが、貴重なものには変わりませんので、ここ一年程暴れていた魔物を退治してくれた方に差し上げようということになっておりました」


 李九天と香風は顔を見合わせた。


「失礼、近くで拝見しても?」

「もちろん」


 鱗に顔を近づける。龍の姿の龍神に会ったことはないが、魔物や魔界人のものではないことは分かった。魔界のものであれば、何かしら魔の気が漏れているはずだ。


「なるほど、確かに龍神の鱗に違いありません」

「やはり! もし宜しければお持ちください」

「それでは、代わりにこの核石を置いていきましょう。これならばかなりの価値になります」


 核石を渡そうとすると、馬が両手を振った。


「いえそんな、それこそ高級なものです! 鱗より高く売れるでしょう。魔物を退治して頂いた上それを頂くなんて出来ません」

「私たちはたまたま魔物と遭遇して退治しただけですので」


 馬は迷った末、改めて礼を言い、核石を鱗があった場所に飾った。


「いくらお礼を言っても足りません。今日は是非宿にお泊りください。出来る限りのおもてなしをさせて頂きます」

「有難う御座います」


 もとより村で泊まるつもりだったので、この提案は有難いことだった。


 宿に案内された二人は夕餉までの間、馬から鱗伝説を聞いたり村を回ったりした。


 もらった鱗は今から二十年前に落ちていたらしい。その上空には龍が通った跡があったとか。近くでは三十里程離れた町に鱗が保管されていると言っていた。龍神が鱗を落とすことは珍しいので、何かあったのではないかと勘繰ってしまう。


「発見した方にお会いすることは出来ますか?」

「残念ながら去年亡くなりました」

「そうですか」


 目撃者の話を聞いてみたかったが、それはまたの機会となった。

 馬と別れ、宿に戻る。香風と向き合った李九天が次の目的地を告げる。


「香風、この鱗が貴方の母のものだとしたら、鱗伝説を辿っていけば何か分かるかもしれない。ここを発ったら、教えてもらった町へ行ってみよう」

「はい」


 その日は村を上げたもてなしを堪能した。魔物を倒したことが村中に広がっていたらしく、宿にまでお礼の品が持ち込まれた。


「しばらく食事には困らなさそうですね」

「なんだか申し訳ない気分だ」


 宿の窓から夜空を見上げる。龍神がここを通ったのか。もしかしたら、その先にある李九天が住む山に下り立ち卵を産み落としたのかもしれない。龍神の卵はどれくらいで孵るのか知らないので、二十年かかったとしても不思議ではない。

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