殺人事件(中編)

孤児院に着いた俺は、外にいた子供達と軽く遊んで、メイドさん達の手伝いをしながら一緒に子供を孤児院の中に入れて、少し話をした後、いつも通り…探偵がいる院長室へと行く。


「おや…遅かったね。」

「……ほらよ。」


椅子に座り、左手で慣れないパソコンを使い、何やら調べ物をしている探偵の机に俺は買ってきた物を置いた。


「買ってきてくれたのか…うれしいよ。それに子供達と遊んでくれたり、ドレやミファの手伝いまで……………お金は支払わないからね。」

「……。」


ここまでの事やその袋を一瞥すらせずに中身を言い当てられても……驚かないように心を落ち着かせる。この探偵の言動で、一々驚いていたらキリがないからだ。


「会議中に電話をかけた事は一応謝罪しよう…でも君の企画は、どう考えても経費と予算が釣り合わないから発表した所で、どの道ボツだっただろうから…いいよね?」

「…ぐ。」


それは……後で見直そう。


「でも悪くはない。成功したらとても面白そうな企画だったと思うよ…圭。」

「……っ。」


パソコンの電源を切り、器用に椅子を回して俺の方を見つめた。


……制服姿。背丈を見ても普通の女子高生に見えるだろう…しかし、探偵は…彼女は欠損していた。



人間ならある筈の右腕、両足が…付け根から存在していない。左目には灰色の眼帯をつけ、ボサボサの長い白黒のまだら髪で…



「…大人がそんな顔をしないでくれ。これは圭には関係のない事柄で…もう終わった過去の話だ……初めて会った時に言っただろう?」

「……。」


——夏休みに起きた…『AI事件』


あの子に触発された結果、今の仕事を投げ出して…組織から身を隠す為にホテルに滞在していた時。ふと飲み物を買った帰り道に、車椅子に乗った彼女がホテルの近くにいた。


——悪いけど、車椅子を押してくれないか?側溝に引っかかったみたいでね。


それが最初の会話だった…それから、数時間後にこのホテルで起きた密室事件に巻き込まれていくのだが…


「あの時は君がある程度、力持ちなお陰で…助けられたよ……今はゲーム会社勤めだけど、前職は傭兵だっけ。今も密かに鍛えてくれてるよね…誰かさんの為に。」

「っ、またそうやって…」

「あのオジさんは生粋の親好きだった訳だけど、圭はいたいけな少女が好きだよね。」


左手で自分を指差して、クスクスと探偵は笑っていた。何も言い返せずに俺は憤慨する。


「おい!!!!」

「悪ふざけが過ぎたか…申し訳ない。圭は叩けばよく鳴るから…つい…ね。謝罪として、聞きたいであろう事件の真相を教えてあげよう。」

「やっぱり、分かってたんだな。」

「愚問だね。圭がここに来た時点で…分かっていたよ…探偵だからその程度、考えなくても分かるものなのさ…元々、密かに会いたいなと思っていた事も……お見通しだ。」


探偵はウエハースの袋を破いた。


「…お。推しが来た…では、話の続きをしようか。適当な場所…ベットにでも座っておいてくれ。」

「……っ!」

「…葛藤しなくていいから早く座りたまえ。分かってはいたが、その反応はお世辞にも…気持ちがいいものではないよ。」


探偵に言われ、俺は大人しく(大人だから)冷静にボロボロのベットの上に座った。


——では手早く済まそうか。このままだと圭が終電に乗り遅れて…ここに一泊することになる。子供達やドレとミファは喜ぶだろうけど…


一夜を共に過ごすのは、一応乙女だから…何をとは言わないけど、警戒せずにはいられない。圭の性格上、絶対にしないとは分かってはいるが…イレギュラーもあるかもしれないからね。


事件のあらすじは…しないでいいか。


場面は叔母の家に叔父が袋一杯の缶ビール片手にやってきた所からだ。


「ここで一つ、圭に問おう。その後、叔母の身に何があったと思う?」

「…酔った叔父に包丁で刺された…だよな。」


探偵は少し呆れ気味にこう言った。


「それは結果だろう?聞きたかったのは…過程についてだ。」

「……?」

「この場合は……『何も起きなかった』が正解だよ。」


叔父は最初、叔母に不倫の話を口にしなかった。その理由は…


「…『あの家にはもう1人の人物がいたから。』推理力がない圭でも…これは少し考えれば出てくる事じゃないかな?」



俺は思考を回転させて……ふと思い立った。



「……娘、なのか?」



少し満足そうに無言で頷き、話を続ける。


そう。叔母の家に娘が居たから言い出せなかった。何でいるかは……分かるだろう?だが叔父は流石に、そのまま帰る訳にも行かない。用件が用件だ。世間話をしに来た訳でもない…が、それを建前として利用して、難なく叔母の家の中へと入る。


叔父はタイミングが来るまで、椅子に座ってずっと缶ビールを飲んでいた。叔母と娘はというと…一緒におもちゃで遊んでいた。小1から塾に通い始めて…ずっと束縛され続けた娘にとっては…全てが新鮮で…何でも楽しめただろうね。


———そして、時間が過ぎていき…そのタイミングがやってきた。


俺は首を傾げる。


「…ここまでは平和だったよな。一体何が…」

「分からないかな…防波堤が一時的に消えたんだよ。」

「…ぼ、防波堤?」

「そ。この場合、防波堤の役割をしていたのは……娘だ。」



女の子は男の子と違って膀胱が短い…と言えば、圭にも伝わるかな。そう……トイレだ。


娘がトイレに行った。叔父はその時点で、大量のお酒を飲んでいる……最後の砦であった娘がいない、2人だけの空間。


——-ここで叔父はあの話を切り出した。


結果は、警察の方々が調査した通り…酔っ払い激怒した叔父が台所から、包丁を持ち出して…叔母を刺した。


探偵はウエハースを口に入れて、咀嚼する。俺は無意識に拳を強く握っていた。


「……で、ここで登場するのが…」

「娘なんだな。」

「…その通り。」


トイレから戻ってきたら、大好きな叔母の体に包丁が刺さり、血を流していた。それを見た娘の気持ちは…っ。……すまない。少し頭が痛くて…上手く言語化できないな…だが、その時点では叔母はまだ生きている。叔父は娘に気がついて…少し頭が冷えたその後……


ブツッ……


「…愛菜あいな……これは、違っ…」

「——許さない。絵里えり叔母さんを…こんな、」

「待っ…て、愛菜…私はまだ、生き…」


お父さんもお母さんも叔父さんも…誰もわたしを見てくれない…見るとしても精々、学校の成績とか、コンクールの賞とかだった…友達と遊ぶ時間すら与えてくれずに、口々に言う。


『将来の為に、勉強して…いい学校に入りなさい。』

『…愛菜は私達から産まれてきたから、もっと頑張らないと…これは没収です。そうやって、昔の私達も苦しんで、それを糧にして…今を勝ち取ったのよ。』

『友達なんざ、大きくなってから作りゃあいい。今は蓄える時期だ。』


周りの子はいつも優秀なわたしを羨やむ。けど、わたしにとってそれは…窮屈で、束縛されていて…吐きそうで、死にたくなる様な日々だった。だからわたしは……自由奔放に生きている周りの子がとても羨ましい。



『愛菜ちゃん……勉強なんて、テスト期間以外は無理にしなくていいのよ。』



だから一見、陳腐な言葉に聞こえるそれが、わたしの価値観を…一瞬で塗り替えた。


「…ぐぁ……。」


許さない。叔母さんに危害を加える人なんて、いらない。存在しなくていい…



——だから…皆、死んじゃえ。


……



「死んじゃえ…死んじゃえ……」

「…おい、しっかりしろ!!」


探偵が途中から虚な表情でブツブツと呟き始めて、俺は立ち上がって肩を揺さぶると、ハッとした表情になりながら、左手で頭を押さえる。


「…ぁ。つい推理にのめり込み過ぎたようだ。心配をかけてしまって、申し訳ないな…圭。」

「…今日はここまでにしよう。」


俺は部屋にある時計を見て、そう言った。


「ああ…賛成だ。もうこんな時間だ…から。」


椅子に座ったまま、目を瞑り寝息を立て始める探偵を俺は軽々とベットに運び布団をかけた。


「……。」


——現在時刻は21時30分。探偵…彼女は必ず、この時間に眠り、朝の6時まで絶対に起きない…その理由は初めて会った時に知って…教えてもらった。


……「子供の頃に両足、右腕、左目…後、死なない程度に臓器を売り払って以来…こんな感じになったんだ…あ、寝てる時に悪戯とかしないでくれよ……気づけないから。」


「……出来る訳ないだろ。」


そう呟きながら、俺は部屋を後に…できなかった。


「…ぃ……いか、ない…でぇ……」

「…!」


服の裾を掴まれた俺は、寝ている彼女を見つめる…普段の探偵なら絶対にしない…とても、苦しそうな表情を浮かべていた。見るのがこれで2度目で、たとえ、探偵から気にするなと言われていても…俺は。



「……。」



探偵がいた椅子に座って、1度目と同じように朝までずっと……彼女の左手を握っていた。































































































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