悟り探偵の事件簿

蠱毒 暦

Case:1

殺人事件(前編)

とある昼下がりのこと。依頼の電話が丁度仕事の会議中に鳴った。怒る上司にいつもの様に言い訳をして…俺は一度家へと戻り荷物を持ってから、指定された場所へと向かう。


「…貴方が、田中さんで…間違いありませんか?」

「はいそうですけど。」


駅前で待っていた裕福そうな中年の男は訝しげに俺を見てくる。その姿はまるで若い営業マンのように映るだろう。これは仕方がないのだ…急いでたし。


「これ…名刺です。」

「田中圭さん。では、貴方があの有名な探偵で…」


大体の人はそうやってすぐ勘違いをするから、俺は先手を打った。


「違いますよ。俺はあくまで…あなたが今考えている探偵と依頼人との仲介役と思ってくれたら。それと依頼の条件のなのですが…今後我々の事は、絶対に口外しないで下さい。」

「…!そうでしたか。これは失礼しました。ではここでの立ち話もアレですし、事件現場へ行きましょう。」


俺は案内されるままに、男について行った。


……



——殺人事件。つい1週間前の昼頃、依頼人の叔父と訳あって別居していた叔母が殺された。犯人はお酒を多量に飲んで酔っ払った叔父で、叔母を包丁で刺したらしい。叔母が包丁で刺され家の外で血を流して倒れていたのを、白髪の若い女性が発見したそうだ。その後、警察官が家に入るとそこには大量の空の缶ビールと、腹を刺されて生き絶えた…叔父の姿があった。


「……。」


俺は深呼吸をして、心を落ち着かせる。


「あのぅ…大丈夫ですか?」

「……気にしないで下さい。」


ハンカチで軽く汗を拭うと、俺は改めて事件現場である……叔母の家のリビングを見渡す。


(…テレビ、2人掛けのソファー、机と…椅子が三つ……本棚と……台所…。凶器に使われた包丁が元々はあそこにあったのか…ん?おもちゃ箱?何でここに…)


じっとそれを見つめていたのが分かったのか、男が言う。


「それは叔母の趣味ですよ…私が子供の頃からずっと、おもちゃを集めるのが大好きな人でしたから。」

「…あっ、そうでしたか。」


気を遣わせてしまった……本当はいけない事なのに。俺はリビングを大まかに回った後、男に言う。


「この事件は……言ってしまえば、もう解決したんですよね?一体、我々に何を…」

「…一本、足りないのですよ。」

「……え?」


——凶器である包丁が。


俺は反射的にスマホを取り出し、あの探偵に電話をかける。俺が無駄に考えても仕方がない…だからここからは——探偵の時間だ。



『…んーー地元の警察署の方々に、電話で快く聞かせてもらったけど…結局、調査で見つけられなかったそうだよ。全く職務怠慢だよね。だから、そこにいるオジさんの言葉は正しい。』


意図的に加工した声で電話の主…探偵は言う。


…叔父の死因となった傷は、大きさや深さ的に、叔母に刺さっていた凶器で受けた傷ではないらしいという事を、探偵が言っていた。


『普通に犯人はもう分かったけど…あ、スピーカーONになってる?…ちょっとカッコつけたいから。』

「……なってるから手早く言ってくれ。」

「…っ、もう分かったのですか。」

『そうだよオジさん…でもそれを言う前に、依頼料についての話をしようか。ちゃんと行く道中で、話つけたよね?』

「…つけたよ。『依頼料は何があろうとも、例え世界が破滅しようが、絶対に前払いで。』だろ。」


依頼人がさっと財布から小切手を取り出した。


「…何万、支払えばいいでしょうか?」

『う〜ん。普段だったら、このレベルだと5000万円で、香銀行で圭の口座に振り込んでもらうんだけど…今回の場合は…そうだね300円で。それで今日発売の「青の公文書ウエハース」でも買ってきてよ。』


「「…さ、300円……!?」」


依頼人と俺は素っ頓狂な声を上げる。


「どうしたんだ…らしくないぞ!!いつもの守銭奴ムーブはどこ行った!?」

「…風の噂で聞いたのですが、とある依頼では3億円を依頼料として強引に支払わせたとか。」


『…よく知ってたね。噂を流した奴は後で何とかするとして……毎回言うけど、これが妥当な値段だなって思ったから、その依頼料を払わせているだけだから。勘違いしないでくれ。決して…守銭奴ではなくってよ!!』

「「………。」」


依頼人は無言で300円を俺に手渡した。


「…では、教えて下さい。消えた凶器はどこに行ったのですか?それをした、犯人は一体誰ですか?」


加工された声で探偵は笑う。


『凶器は…この近くにある小学校の焼却炉。既に燃え尽きて…なくなってるだろうけどね。』


「「っ…はい!?!?」」


そして、その犯人は……




『——君だよ……オジさん。』

「……………………え。」



探偵は楽しそうに、言ってみせた。



そのまま流れるように語り始める。


一つ誤解しないで欲しいのは、君が実行犯じゃない事だ…それを実行したのは…君の可愛らしい娘さんだよ。今は6年生になってるのかな?


…事件のきっかけ、それは4年前の娘への誕生日だ。


君の職業はとある外資系企業…それも社長だそうじゃないか。その年でこの役職…とても忙しい日々を送っていただろうし、今でもめちゃくちゃ…儲かってるだろうねぇ……羨ましいよ。


——だから、娘の誕生日に間に合わなかった。


娘は当時、小学2年生で多感な時期だ。そんな中他の子は家族みんなで祝ってくれるのに、パパがいない誕生日を味わった娘は……どう思ったんだろうね……普通に想像ついちゃうけど、それは流石に言わぬが華…かな。


「!?何でそこまで知って…私は家の間取りと事件の事についてしか話していなかった筈…」

「……。」


俺は依頼人に、同情に近い思いを抱いていた。何せこの探偵は…


『…間取り一つで、家庭の事情くらいは把握出来なきゃ……それはもう探偵じゃないよね。』


探偵は探偵でも…生粋の異常者であり、同僚からも酷く嫌われている…悪名高い『悟り探偵』なのだから。



……話を続けようか。叔父は外出中でいない。このままだと、娘は母親だけの誕生日会をする事になると何処からかその話を聞きつけ、叔母が娘の家にやってきた…娘は初めて会って緊張しながらも…優しく接してくれて、とても喜んでいただろうね……母親や、後でその話を聞いた…君を除いて。


探偵になって以来、こういうドロドロの家庭の話題は、それで文庫本が出来るくらい聞いたから分かるよ。今回の場合は…



——不倫だ。そうだろう?



男はついに大声で怒鳴った。


「違う!!!!言いがかりはよしてくれ!!!!私がそんな事をするとでも…」

『近親相姦。それが君の内なる欲求だ。理解に苦しむが……人間は自身の本能には絶対に抗えない…家に帰ったら、ベットの下にある物は全て処理する事を勧めるよ。』

「……ぁ。」


男はその発言に言葉を失った。



それ以来、娘と叔母は仲良くなり、娘はよく叔母の家に遊びに来ていた…だが、その幸せは4年後……無常にも終焉を迎える結果になった。


その日、叔父が叔母の家にやってきた…その内容は、叔母と君の不倫についてだ。運悪くどこからか、その情報が漏れていたんだろうね。



———本当に…運悪く、ねぇ?



だが、いくら何でも…叔父は叔母を殺す事はしないだろう。別居していたとはいえ、元は家族だった存在だ。だから…君が策を打ち出した。


叔父は大の酒好きで、酔っ払うと暴れる癖がある。君は幼少期からよく知っていただろう…その癖を悪用して…君は叔母の家に行く叔父に、缶ビールを沢山渡した。


……そうして君は血に塗れる事なく、叔母を殺す引き金を引いた。


男は力なく膝をついて、啜り泣き始めた。


『バンッ……で、済んでくれたらここまでの事態にならなかったんだけどな。』

「…まだ、何かあるのか。」

『全然あるよ。でもオジさんは今頃そこで泣き崩れているのだろう?ならこれ以上、話しをしても意味がない。スマホをオジさんの前に置いてくれ。ボリュームはMAXで。』

「……分かった。」


俺は設定してから、泣き崩れる依頼人の前にスマホを置いた。


『そんな感じで、この疑問は解決したという事で、終わりにしてもいいかな?』

「……私は、これから…」


探偵は淡々と突き離すように言った。


『さあね…後は君が勝手に自由にやればいい。自首をするのもよし。その事実を一生隠して、墓まで持っていくのもいい…これは忠告になるけど、選ぶ権利を他者に委ねちゃダメだよ…オジさん。』


——大体、ろくな事にならないから。


そうして、電話が切られた、残された依頼人は未だに泣いていて…仕方なく俺は、泣き止むまで黙ってあの時、探偵が言おうとしていた事について考えていた。


……



依頼人と別れて、近くのコンビニで買い物をしてから電車に乗り…俺の地元に戻って来た。



「……はぁ。大人をパシリにすんなっての。」



皮肉混じりに吐き捨て、夕暮れの空を見ながら俺は、探偵が根城にしている…孤児院へと足を運んだ。


















































































































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