殺人事件(後編)

「……起きてくれ…圭。流石に重たい。」

「圭様、起きて下さい……もう朝ですよ。」

「…いるなら、一緒に寝たかった。」

「……ぁ?…うわっ!?」


気がつくと、俺は彼女の体に覆い被さって…途中で眠ってしまっていた様だった。咄嗟に体を起こす。


「…お、おはよう。」


寝起きで語彙を必死に絞り出した結果がこれだった。


「…お嬢様。食事の用意が出来ています。」

「うん…フレンチトーストと、サラダか…ココアもありそうだね。」

「車椅子はここにある。」

「……じゃあ、よろしく頼むよ。」


メイド服を着た金髪の女性達に介抱されながら、探偵は車椅子に乗って…俺の方を見た。


「…折角だ。朝食を食べていくといい…ドレとミファが作る料理は中々に美味だ…心配せずとも、今日は君の上司達は電車が遅延している影響で会社には凄く遅れてやってくるから…朝食を食べるくらいの時間と余裕はあるよ。」


探偵がそう言うのなら、間違いないだろう。


「それに、そっちの方が…子供達が喜ぶ。」

「……じゃあ、その…頂きます。」


俺は3人と食堂へと向かい、子供達と一緒に楽しく朝ごはんを食べた。その味は暫く忘れられないくらいに美味しかった。その後、シャワー室を借りてから…荷物を持って、孤児院の外に出る。どういう風の吹き回しか、彼女が入口まで付き添ってくれた。


「別に…見送らなくてもいいんだが。」

「……ふ〜ん。嬉しい癖に。少し耳を貸してくれ。」


俺はよく分からないまましゃがみこんで、探偵の言葉に耳を傾けて…



「……っ、行ってくる!」



俺は血相を変え、全力で駅へと駆け出していた。


……



圭が見えなくなったのを確認して…


「ドレ、ミファ。木の後ろに隠れて見てた事は分かってるから…出てきてくれないか。」

「お嬢様。外出は…お身体に障ります。どうか、中へお戻り下さい。」

「そうだそうだ、最近、無理してるから…良くない。」


ドレとミファが口々に言ってくるのを、微笑ましく見ていた。


「……お嬢様?」

「どしたの?」

「…つい、ね。ドレ、ミファ。…ここにいても、給料もろくに支払えない……だから、無理してここに居続ける必要は…ないんだよ?」


2人は言葉は違えど、即答する。


「何度でも言いましょう。私は決して、お嬢様を見捨てたりしません。仕える主は…既に決まっていますので。」

「給料はそのうち…一括払いで、いいよ。」

「…ミファ!お嬢様に何て無礼な言い方を…!!」

「ドレは言葉が硬い。だから、子供に懐かれない。」

「…な、なんですって…!?私なりに、頑張って仲良くなれるように努力を…」


2人が揉めている内に、車椅子で…とある人物に会う為に単身で事件現場へと向かった。


……数時間後。


「…初めましてになるかな。車椅子だから探すのにとても苦労したよ。少し、お時間を頂こうか。」


——真犯人。事件現場近くの路地裏にいた黒い軍服を着る男にそう言った。


……



事件の引き金を引いたのは…オジさん(父)


叔母を殺したのは…叔父。


叔父を殺したのは…娘。


なら、全ての始まりである…4年前に叔母に娘の誕生日の事を教えた人物は誰か?


答えは——佐藤楓。当時16歳の高校一年生。

白髪で生まれつき体が弱い。とても脆く、それでいて強靭な化物にして……同級生だった。


叔母との関係性は…買い物仲間。毎日、あの子の唯一の趣味である買い出しで、叔母と何度も会って、色んな話をしていた。


あの子は異常に勘がいい。昔、一度だけタックを組んだ事があるが、少しの異変でもその変化にすぐに気づく。


——娘さんのお誕生日、おめでとうございます。


…と言った感じで言ってもいない、尚且つ本人も知らなかった事を、ただ淡々と叔母に伝えたのだろう。


叔母はそれが嘘かもしれないと思いつつも、もし本当だったら…と半信半疑ながら、娘の家に行く事になって……で、話が繋がる訳だ。だからある意味全ては、あの子の発言から始まった事件であったと言ってもいい。


もし全て仕込んでいて、第一発見者である白髪の若い女性があの子であり…真犯人だったといえば



——答えはNOだけどね。



何せあの子は『AI事件』以降……行方不明だ。

弟…佐藤やまねを文字通り、愛しているあの子が…彼を無視して雲隠れ…なんて、推理に私情を挟むのは嫌だけど…あり得ない事なんだよ。


昔と違って、いくらでも姿の一つ二つは変えられる世の中なんだ…そうやって、わざとこちらの注意をそっちにそらしておこうって魂胆なんだろ?他の探偵なら誤魔化せるが…そうはいかない。


君が叔父を殺し茫然としていた娘に接触して、凶器の処理の方法や場所を教えたり、血が付いてない元々着ていた服を渡したりと裏で暗躍していたのは分かっている……娘は確かに頭はいいけど、あの子みたいな化物ではないただの小学6年生の女の子だ…1人じゃそこまで頭は回らないよ。


君が何者なのかという事も、既に検討は済んでいる。その服装…WW2の日本軍の生き残りだろう?それも……沖縄か。さぞ、凄惨な戦場を渡り歩い…て?


言葉を区切り、男を凝視する。


「姿が当時とまるで変わっていない…佐藤零士と同年代なのに…違う。君は……一体、」


———誰なんだ?


そう言おうとしたが…吐血し…自身の体を見て、男に斬られた事が分かった。


「……っ。」

「『悟り探偵』か。推理というか、もはや予言者の域だね…暗萌有無あんも うむ。ここに少し滞在してたら、すぐこれだ。」

「…き…君が、あの子を…」


斬られた部分を左手で押さえながら、激痛の中吐き出すように言った。


「え…私はあの人工知能…『蒲公英』だっけ?それに軽く細工をしただけだよ?…こっちも何処に行ったのか現在、捜査をしているのさ。いたら面倒だけど、いなくなったらそれはそれで…後々、再登場されると…今まで積み上げて来た私の計画が速攻で詰んじゃうからね。」


軍刀を首筋に当てる。


「ではさよならだ…暗萌君。私の計画の犠牲になってくれ。」

「…圭、今だ。」

「…?何を言って…ぐっはぁ!?」


圭の拳が軍服の男の頭に直撃して…いくつかあったゴミ箱をひっくり返しながら転がった。


「っ……誰、だい…君は?」

「田中圭…コイツへの仲介役兼…護衛役だ…っておい待てよ!!」


男はすぐさま、路地裏の外に逃げだした。それを追おうとせずに、傷の止血をするために、上着を脱いだ。


「く、傷が深い…このままじゃ…すぐに救急車を…っ!?」

「……。」


必死な表情で介抱する姿を見て、何を思ったのか…左手で圭の頬に触れて、弱々しく微笑みかけ……そのまま、意識が途切れた。


……



どこか病院の病室にて。


「……生きてる。」

「…っ、目覚めた!!」


呟くのと同時に慌ただしい声とドタドタと足音が遠くで聞こえた。片手を誰かに握られている感触で、体を少し起こす。最後に感じた湿度や温度と比べて…体の動き的にも、どうやら1週間くらい眠っていたらしい事がすぐに分かった。


「……ドレ、ミファ。孤児院は…」

「別のお仕事に出ていたソラとシドを呼び戻しました。お嬢様……本当にご無事で…何よりですっ。」

「ドレ…また、泣いてる。」

「貴女もさっきまで…泣いていたでしょう?」


ミファはプイッと視線を逸らした。


「…状況は大体理解した。」

「……お嬢様。」

「医療保険にも入れてないのに、この待遇……大方…病院内で起きた事件の依頼料の代わりだろう…まあ妥当だね。今回のケースは…連続殺人か。わざわざ説明役の院長を呼んでくれたから、一応聞くけど、その認識で合ってるかな…圭。」

「そうだけど……囮調査なんて、2度とするな。それに…。」

「……やはりか。」


少し気まずそうに頭を掻く圭の態度で、あの家族のその後の顛末を理解した。きっと寝ている間にニュースで取り上げられていたのだろう。


そんな事を思いながら院長を見る。


「…では命を救ってくれた院長さん。早速ですが、ここで起きている事について、聞かせて貰えませんか?既に真相とか犯人とか諸々分かってはいますが…他の方々にも、説明は必要でしょう?」


ベット下にある盗聴器の事に気づいていないフリをしながら…いつもの態度でそう言った。


              Case:2に続く。











































































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