聖女の愛し子

結城 優希

聖女の愛し子

ルイン:「…僕は行かなくちゃ。」

  

  

ジャック:ここは聖セラフィシア王国。かつて魔王を討った英雄が建国したとされる、聖なる国。

ジャック:しかし、おとぎ話の英雄は、完全に彼の者にとどめを刺すには至らなかった。

  

ユミル:九割九分を失った魔王は死の間際に呪いを放った。

ユミル:その呪いは新しい命に根付き、他の生命力を吸収し十分な力を蓄えて…爆発する。

  

ジャック:解き放たれた呪いは辺りを飲み込み、草木も生えない荒地へと変えてしまう。それも爆発による甚大な被害を、死をまき散らしながら。

  

ユミル:呪いを発見した王国は、直ちに解呪を試みたが、失敗。現存する方法では解呪は不可能と判断された。

 

ジャック:その後呪いの兆候が見られる者は、集められ、隔離され…

 

ユミル:…処刑された。呪いが薄い者も、呪いかどうかも疑わしい者も。女も子供も…。

 

ホリー:これは、そんな王国の、一人の少年の話。

 

 

-聖セラフィシア王国・スラム街

 

ルイン:「(息切れ)…もう、だめだ…。四日も何も食べられてない…。」

ルイン:王国の定期的な呪い狩りの時期になり、僕たち呪い子(のろいご)は騎士や冒険者、果てはただの住民にさえ追われている。

 

ジャック:(兼ね役・浮浪者)「おい坊主、どうした?大丈夫か?」

ルイン:「あっ…来ないで…、来ちゃダメ…!」

ジャック:(兼ね役・浮浪者)「来るなってお前……うッ…?!」

ルイン:ああ、傷が治っていく…

ルイン:「ッ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

ルイン:僕は、逃げた。

ジャック:(兼ね役・浮浪者)「ま、まて!おい!誰かそいつを捕まえてくれ!」

ジャック:(兼ね役・浮浪者)「呪い子だ!!」

ルイン:その叫びを背中に受けながら、僕は走った。街の路地を駆け抜け、居眠りする門番の横を潜り、誰もいない夜の森へ飛び込んだ。

 

-東の森・深部

 

ユミル:「ここまでか…」

ユミル:私の所属する冒険者パーティ”狼の牙”は、とある調査依頼を受けて、東の森を探索していた。

ユミル:そこで、情報になかった魔物の群れに遭遇し、パーティは壊滅、逃げた者、死んだ者、そして魔物を倒したが致命傷を負った私。

ユミル:回復薬は尽き、今は緩やかな死を待つばかりの状態だ。

  

ホリー:「…キャッ?!何…?血が…!」

ユミル:「…誰…か…いるのか…?」

ホリー:「人が!大丈夫ですか!?」

0:ホリー、ユミルに駆け寄る。

ユミル:「はは…すまないが、薬など…持ってはいないだろうか…」

ホリー:「薬…!すみません今は、持っていなくて…!」

ユミル:「そう…か。…万事休す…だな。」

ホリー:「あ!そうだ!薬草!これで…んしょ、んっしょ。」

ユミル:「だめだ…今更止血したところで、血を流しすぎた。」

ホリー:「あきらめちゃダメ!!しっかりして!冒険者さん!」

ユミル:…本当にこれまでのようだな…。目が霞んできた…。

  

-ルインが戦闘の跡に迷い込む。

  

ルイン:「…!!死体?!」

ホリー:「ねえ!あなた!助けて!薬とか持ってないかしら?!」

-ホリー、ルインに駆け寄る。

ルイン:「ああ!来ちゃだめだ!」

ホリー:「ねぇってば!薬持ってないかしら、あの冒険者さんが死んじゃいそうなの!」

ルイン:「…え?なんとも、ないの?」

ホリー:「?何言ってるの?そんなことより!」

ルイン:「…わかった。薬はないけれど、そこの冒険者さんを助ければいいんだね。」

ホリー:「そうだけど、薬はないのに、どうやって?回復魔法?」

ルイン:「いや…詳しくは言えないし、このことは秘密にしておいてほしい。それと…」

ホリー:「えっと…それと?」

ルイン:「終わるまで、近くにいてほしい…んだけど。」

ユミル:「…誰、か…いる、のか…?」

ホリー:「わかったわ、おねがい!」

  

-二人がユミルに近づくが、ユミルに変化は見られない。

  

ルイン:「すみませんが、このナイフをお借りします。」

ホリー:「…え?何するつもり…」

ルイン:「黙ってみてて。前に見たことがあるんだ。僕の血を舐めたネズミの傷が消えるところを。」

ルイン:「だから。」

-ルイン、探検で指を浅く切り、一滴、傷にかからないように血を垂らす。

ルイン:「これできっと…!」

ホリー:「何を!?」

ユミル:「うッ…あ…」

ホリー:「えっ…傷が、治っていく…」

ユミル:「恩に着る…、助かった。」

ルイン:「…よかった。じゃあ僕はこれで…」

ホリー:「あっ…」

-ルインの腹が鳴る

ルイン:「と、思ったんだけど、あー…何か食べ物ってないかな?」

ホリー:「ぷっ…あっははは!いいわよ、じゃあ私の住んでる村に行きましょ!」

ユミル:「すまないが、私も、その…」

ホリー:「もちろん!みんなでね!」

  

ー東の村

  

ジャック:「お!ホリー、お帰り!」

ホリー:「ただいま、ジャックさん!」

ジャック:「薬草は採れたか?あー…そちらの方々は?」

ホリー:「森で倒れてた冒険者さんと、その冒険者さんの手当てをしてくれた…えっと。」

ルイン:「ルインです。」

ユミル:「私はユミルという。名乗りもせずすまなかった。」

ジャック:「そうかそうか。災難だったな!無事みたいで何よりだ。」

ホリー:「私ったら名前も聞かないで…私の名前はホリー!さあともかく、食事にしましょう、ルイン、ユミル!」

ホリー:「こっちだよ!」

  

-東の村・ホリーの家

  

ユミル:「うん、うまい!」

ルイン:「はぐっむぐむぐっごくっ。ホントにおいしい!あむっ!」

ホリー:「ふふ、二人とも焦らなくってもまだあるからゆっくり食べてね」

ルイン:「そんなこと言ったって、うぐっ。」

ホリー:「ほーら言ったそばから!ところで、ユミルはどうしてあんな森の奥にいたの?」

ユミル:「森での調査依頼だ。逃げ延びた呪い子や、魔物の集落等がないかを調べる定期依頼だよ。」

ルイン:「……」

ホリー:「へぇ~冒険者の仕事もいろいろあるのね。」

ユミル:「あぁ。私の出身地は呪い子の爆発で滅んだ。私は狩りに出ていたので無事だったが。だからこれ以上魔の者に殺されるものを出したくないと思って、この依頼は毎回受けているんだ。」

ルイン:「呪い子に…」

ホリー:「でもよかったわ、ユミルを見つけられて!もちろん、ルインのおかげなんだけど」

ユミル:「…」

ルイン:「いや、僕は…」

ホリー:「そういえば、ルインはどうしてあんな所にいたの?」

ユミル:「そうだな、見たところ武器もないようだし。」

ルイン:「…僕は…その。」

ホリー:「まぁ、話せないことならいいわ。」

ルイン:「…ごめん。」

ユミル:「謝らないでくれ、私がこうして生きているのも君が傷を治してくれたおかげだ。」

ホリー:「そうそう、私だけじゃ助けられなかったんだから」

ルイン:「そういってもらえると助かるよ。」

ユミル:「ご馳走様。」

ルイン:「ご馳走様でした。」

ホリー:「いいえ、どういたしまして!これから二人はどうするの?」

ユミル:「私は王都に帰らねばならない。…いろいろと報告もあるしな。」

ルイン:「僕は…どうしよう。」

ホリー:「行くところがないならひとまず今夜は泊まっていきなさいよ!」

ルイン:「いいの?」

ホリー:「いいの!一人で暮らしてて寂しいんだもん。」

ルイン:「…はは。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。」

ルイン:この時僕は本当に久しぶりに笑った。そして、この笑顔を守りたいと、そう思ったんだ。

  

ユミル:「世話になったな。」

ホリー:「いいのいいの!こっちもジャックさんの護衛を任せちゃったんだし、お互い様よ!」

ジャック:「いや悪いね。しかし本当に報酬なしでもいいのかい?」

ユミル:「それこそ恩義あるこの村のためだ。金など受け取れない。」

ジャック:「そうかい?こっちは大助かりだけどな!ははは」

ホリー:「じゃあ二人とも気を付けてね!」

ルイン:「お気を付けて。」

ユミル:「ああ、それでは行こうか。」

ジャック:「おう!王都に出発だ!我らが旅路に神の祝福のあらんことを!」

0:二人の姿が小さくなる

ルイン:「ホリー。少し、話があるんだ。」

 

  

-街道

ジャック:「そういや、ユミルさん、あんた傷だらけだったそうだが、体は大丈夫なのか?」

ユミル:「ああ、見ての通り傷跡すら残らずに治ってしまった。」

ジャック:「そりゃあよかったなぁ。…”しまった”?」

ユミル:「ルイン、あの子には恐らく特別な力がある…」

ジャック:「そいつあすげえ!でもなんで、一人で森なんかにいたんだろうな?」

ユミル:「…迷い込んだのか、もしくは、飛び込んだのか。」

ジャック:「なんだ?やけに奥歯にものが詰まったみたいに…」

ユミル:「あの子が私の傷を癒すのに使ったものは、自分の血液だった。」

ジャック:「血液?なんだってそんなもんで傷が治るんだい?」

ユミル:「…心当たりはあるが、確信がない。が、おそらく何らかの方法で抑え込んでいるのだろう。」

ジャック:「あんたさっきからいったい何を…」

ユミル:「恐らくあの子、ルインは―」

-東の村・ホリーの家

ルイン:「僕は、呪い子だ。それも、魔王の愛し子(いとしご)と呼ばれるほどに強力な。」

ホリー:「えっ…?」

ルイン:「本来僕は、生きているだけで周りの命を吸い尽くし、そしてやがて世界を破壊し尽くす存在なんだ。」

ホリー:「…」

ルイン:「僕は、逃げてきたんだ…。王都の呪い狩りから。呪い狩りの騎士たちが死ぬのを見るのも、僕自身が死ぬことからも逃げてきて…。わかってたんだ、僕が死んでしまえば、いくらかの平穏が訪れるって。近年、呪い子の力は弱まってるって聞いている。散らばった魔王の因子が少なくなってきたんだって。」

ルイン:「僕のこの強力な呪いは、多分、魔王因子の残りすべてだ。だから死ぬべきだって…」

ホリー:「でも!!ルインはユミルを助けてくれたじゃない!!」

ルイン:「それは!!!…ホリーが居たからだ。」

ホリー:「え?私が?」

ルイン:「理由はわからないけど、君が近くにいると、呪いの力が抑えられるんだ…。」

ホリー:「…それは―」

  

-街道・夕暮れ

  

ジャック:「そりゃ多分ホリーの”破邪の血”だ。」

ユミル:「破邪の血?」

ジャック:「ああ、あいつの近くにいると、病気すらしないんだ。」

ユミル:「なるほど。それで呪いの力が抑えられていると?」

ジャック:「恐らく間違いないだろうな。俺も呪い子が怖くてあそこに住むことにしたんだし。」

ユミル:「だが、いいのか?このことも報告すれば、ホリーも王国に追われることになる。いやそれだけで済むかもわからない。」

ジャック:「いいさ、俺はもともと王都の住民だ。家族のもとで事の終息を待つさ。」

ユミル:「……すまない。」

  

-東の村・ホリーの家

  

ルイン:「破邪の血…そうか、それで…。」

ホリー:「ねえ、ルイン。このままだと二人とも王国に捕まっちゃうんでしょう?」

ルイン:「そうだね、ホリーはどうかわからないけれど、僕は確実に殺される、と思う。」

ホリー:「だったらさ…。」

ルイン:「??」

ホリー:「逃げよう!!!二人で!!!」

ルイン:「逃げるって…どこへ?」

ホリー:「どっかだよ!だーれもいないとこ!!」

ルイン:「食べ物はどうするのさ?」

ホリー:「それはほら、この弓と剣で小さな動物を狩って、ね?!」

ルイン:「その武器って…」

ホリー:「…お父さんとお母さんの形見。ちゃんと習ったから弓は使えるし、ルインの剣が上達するまで私が狩りも手伝うから!」

ルイン:「…本当にいいの?」

ホリー:「何も悪いことしてないのに、生まれが悪かったからってこんなにやさしいルインが殺されるなんて絶対おかしいもん!だから!」

ルイン:「…わかった、でも僕から言わせてほしい。」

ホリー:「…うん!」

ルイン:「ホリー、僕と一緒に逃げてくれるかい…?」

  

-翌週・東の村


ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「なに?いないだと?」

ユミル:(兼ね役・村人)「えぇ…騎士様にウソなど申し上げるはずもございません。あの子たちは四日前に村を出ました。」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「探せ!!子供の足ならそう遠くには行っていないはずだ!!」

  

  

ルイン:こうして僕たちは旅に出た。

ホリー:とても険しい旅だったけど、

ルイン:とても楽しい旅だった。

ホリー:最初はその日の食料をとるのが精いっぱいだったのに

ルイン:そのうち狩りも上達して、家、というか小屋も建てた。

ホリー:ルインもよく笑うようになってくれた。

ルイン:この平穏が心底愛おしいと思ったんだ。

  

ホリー:ひと月が経った頃の事。


-森の中の小屋・朝


ホリー:「あれ?おはよう、ルイン。狩りに出てたの?」

ルイン:「あーうん、ちょっと散歩がてらに、はいお土産。」

ホリー:「わ、ホーンラビット!お昼はご馳走ね!」

ルイン:「はは、それは楽しみだね。ホリーのスープは美味しいし。」

ホリー:「任せておいてよ!とびっきり美味しいの作ってあげるわ!」

ルイン:「うん…ありがと。」

ホリー:「…ルイン、どうかした?ケガでもしたの?」

ルイン:「いや…近くの村に、騎士が来てるのを見かけたんだ。」

  

-森の外の村周辺


ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「この村での目撃証言はどうだった。」

ユミル:(兼ね役・新米騎士)「はい!この村の北の森でたまに、子供のような人影が見えるとのことであります!」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「それはどっちだ?聖女か?魔王の愛し子か?」

ユミル:(兼ね役・新米騎士)「はっ!おそらくどちらもだと思われます!証言によって女だとか男だとかばらつきがありました!」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「そうか…くく…ようやく見つけたぞ。」

  

-森の中の小屋


ルイン:「それと、触書(ふれがき)が出てた。呪い子最後の一人は僕だって。名前も人相書きも…」

ホリー:「そんな…ここまで来たのに…」

ルイン:「幸い、王国は君のことを伏せたいみたいで、僕の事しか載ってなかった。」

ホリー:「だったら…逃げよう?!前みたいに二人で!!」

-スープを嚙み締めるような長い間

ルイン:「…ありがとう」

ホリー:「なに…が?」

ルイン:「やっぱり僕は、行こうと思う」

ホリー:「ええっ?!なんで?!2人で楽しくやってたじゃない!」

ルイン:「うん、楽しかったよ。とっても」

ホリー:「じゃあ!」

ルイン:「でも。……いや、だからこそか」

ホリー:「…っ。」

ルイン:「この平穏が続くように、僕は」

ホリー:「だめだよ!」

ルイン:「いかなくちゃ」

  

-村の前


ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「貴様一人か。」

ルイン:「はい。」

ユミル:「…久しぶりだな。」

ルイン:「騎士になっているとは思わなかったよ。ユミル。」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「呪いの効果が出ていないようだが、本当にお前なのか?」

ルイン:「間違いございません、この布に、彼女の血を少し染み込ませております。」

ユミル:(小声)「…ッ。ホリー…すまない…!」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「して、その聖女はどうした。」

ルイン:「…僕が殺しました。」

ユミル:「ルイン貴様!」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「下がれユミル。本当だろうな。」

ルイン:「はい、誠にございます。」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「そうか。言い残すことはあるか?」

ルイン:「いえ、何も。」

ジャック:(兼ね役・騎士隊長)「…ユミル、やれ。」

ユミル:「はッ!直ちに!はぁ!」

ルイン:(小声)「ユミル、彼女は生きている。どうか守ってほしい。」

ルイン:一閃、ひざまずいた僕の首をユミルが飛ばす瞬間。悲壮な彼女の顔が視界に映った。

ユミル:「…すまない…!!!!」

ルイン:ごめんね…ユミル。

  

  

 

ホリー:「ほら坊や、みて?あなたのお父さんは、この国を救った英雄なのよ。」

ホリー:「リィン。」

  

  

-聖女の愛し子

  

-終幕

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