第9話 ゴブリンの包囲
「まあ、とにかく実戦を進めようか。
戦闘職じゃなくても、レベルはあった方が良いよ?」
肩を落とした俺達に、努めて明るく話す山場。
「何より、このまま外へ戻るのは僕の罪悪感が大きすぎる」
……そういえば、山場は日当10万を晴彦から受け取る契約だったな。
少なくとも、ある程度は稼がないと晴彦の丸損。
そして、優秀なスカウトマンとの縁が切れる山場は、長期の不利益を被る。
「そうっすね。
どうせなら、このままゴブリンの集落へ向かうとしませんか?
物陰から、集落へ放火してみるのも良いんじゃないかと思ってるっす」
なるほど、集落へ遠距離攻撃を仕掛けるならフレンドリーファイアは起きにくい。
「やってることは冒険者と言うより、放火魔だがな……」
「うるさいっすよ!
ゴブリン集落は定期的に間引かないと危険なので、褒賞金がでるんっす!
これを上手くやれれば、定期的に良い稼ぎになるっすから、文句を言わんで下さい!」
「そうだね。
確か、金貨3枚くらいだったかな?
……普通は10人くらいで取り組むから、割りの悪い面倒事だけど」
集落の物陰から、手当たり次第に火を付けようと言う犯罪染みた行いを嘆くが、晴彦と山場の両方から反論を受ける。
報酬総額15万円の大きなお仕事ではあるが、10人で頭割りをすれば、1万5千円。
武器の磨耗を考えると、赤字っぽい金額ではあるな。
「しかし、精霊術で一掃できれば、確かに大きな収入ではあるか……」
「褒賞金の他に、魔石持ちの魔石を自分達の取り分にして良いっすから、先輩ならかなりのプラスになる可能性があるっす!
ゴブリンの魔石で鉄貸1枚。ホブゴブリンなら銀1枚になるっす。
シャーマン以上がいれば、大金貨っすよ!」
「……意外と儲かりそうだな」
ゴブリン1体の50円はともかく、ホブゴブリンの5千円やゴブリンシャーマンの10万円は大きい。
シャーマン。……つまりは神や精霊に仕える存在だから、こっちが負ける可能性も0ではないが。
「と言うわけで、あっちの角まで行ったら、ちょっと先を焼き付くしてくださいっす!」
「……意外と近い所で話し合っていたんだな」
パッと見、10メートルくらい先の角。
敵集落のこんな近くで騒いでいたのか?
「違うっすよ!
ゴブリン集落で戦闘が起こっている時は、あそこに見張りを立てる決まりなんす。
あそこに人がいなければ、問題なしっすから、遠慮なくやっちゃってほしいだけっす!」
ダンジョン探索経験が少ないはずの晴彦に言われてもな……。
「……うん。
香川君の言ってる通りだから、問題ないよ。
ただ、あの角から20メートルくらい先にある大部屋に集落があるから、そこまでは行った方がいい」
「いやいや、角の向こうまで行くとゴブリンの哨戒がいるっすから、危険っすよ!
角から先を焼いちゃうのが一番っす!」
念のために、山場見ると具体的な内容を教えてくれる。
訂正もあったし、その方が納得も出来たが、晴彦の意見にも一理がある。
「集落を全滅させる前に、北里君が力尽きたらどうするんだい?
出来るだけ近付いた方が賢明だよ?」
「安全第一で行くっす!
今日の目的は、先輩のレベルアップっすよ!」
これは、利益の対立だな。
多少リスクを負っても、確実に稼ぎたい山場。
対して、リスクを極力減らして、最悪リターンを諦めるのも視野に入れている晴彦。
ここは、
「精霊達はどう思う?」
俺以上に、俺の能力に詳しいであろう連中に助言を乞うべきだと考えた。
『今のカーバンクルでは、この距離で集落を焼き払うのは消耗が大きい。
入り口付近までは行くべき』
消耗が大きいと言うことは、不可能ではないとも受け取れる。
この世界の魔術の基準が分からないが、地球の感覚で言えば、ミサイルを使うようなものだ。
……ゲームのイメージと違って、意外と攻撃的な幻獣かもしれんな。
「山場の言う集落の入り口まで行こう。
精霊曰く、その辺りまで行けば、集落を焼き尽くせるらしい」
「……まあ、反撃されて囲まれる心配がないと言うのなら」
精霊の意見を出して、方針を伝えれば、晴彦も肯定を示す。
魔石を得られずに、ダンジョンを出た場合最も大きな損失を被るのが、晴彦だからな。
「じゃあ、僕が先行するから北里君、香川君は少し待ってから来てくれ」
「分かった」
「了解っす」
荒事は、荒事の専門家に任せて、後から行くのは当然の選択。
しばらく待つことにした俺達は、近くの壁に座り込むと、揚々と角へ向かう山場を見送る。
ガツ! ドカッ!
数十秒と経たずに、響く音。
「案外、音が響くんだな……」
「そうっすよ。
ですんで、後方からの不意打ちとか、結構あるみたいっす」
「なるほど」
ダンジョンへ頻繁に通うかどうかは分からないが、覚えておいて損はない知識だ。
「……そろそろっすね」
「……早いな」
ものの数分と経たずに、静まり返る目先の角。
雑魚の代名詞的な魔物とは言え、こんなあっさり片付くものか?
「山場さんは、結構な高レベルなんだと思うっす。
ソロで安定して稼げるなんて、相当っすから」
立ち上がる晴彦に続いて、尻に付いた埃を払う。
「そんなものか」
「普通は、稼げる階層まで降りるために、パーティー組むっす。
ソロである程度稼ぐなら、5層辺りがメインの狩り場だと思うっすから、この辺りのゴブリンならよほどの数に囲まれないと、余裕はあると思うっすよ」
「なるほど」
晴彦に続いて、角を曲がると床に落ちた黒曜石のような物を拾っている山場がいた。
確かに余裕綽々としている。
「次は北里君の番だよ」
俺達に気付いた山場が声を掛けてくるが、そこには呼吸の乱れも感じられない。
マジで余裕のようだ。
「この先は袋小路っす。
全力で焼いてください!」
「……と言うわけだが?」
『『『任せて!』』』
……ゾワッ!
晴彦の言葉を受けて精霊に投げると、同時、精霊達の張り切り声と、一瞬寒気のような感じが背中を走った。
そして、通路の先が溶鉱炉にでもなったかのように、瞬時に燃え出す!
「「「……」」」
あまりの勢いに、俺はもちろんファンタジー耐性があるはずの山場達も固まるしかなかった。
その炎が収まるまで、無言で立ち尽くすことになったサラリーマン3人組であった。
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