第7話 ファイア! しかし……

 大手郊外型スーパーマーケットの広告が貼り付いた、市バスのような見た目に反し、裕に大人3人くらいが座れそうな座席が並ぶ豪華観光バス仕様な内装。

 教会を出て直ぐにある停留所から、そんなバスに数十分ほど揺られて、着いた先にあったのが、アルンランド王国最大のダンジョン。

 国内でダンジョンと言えば、ここを指すほどの知名度らしく、正式名称の『王都第2ダンジョン』と言う名は、あまり知られていないとか……。


「ダンジョンの最寄りの街で、発見された順にカウントされてるらしいっすけど、アルンランド王都の場合は、第1ダンジョンがショボすぎて、知られていないらしいっす」


 とは、晴彦の弁。

 日本との交流が始まり、大型輸送手段が手に入ったアルンランド王国が真っ先に行ったのが、教会から第2ダンジョンまでを大通りで結ぶ区画整備と言う点からも、地球人をここへ誘導したい思惑が読み取れる。


 そんなダンジョンへ侵入した俺達の最優先事項は、当然、俺のスキル確認である。


「カーバンクルの名前の由来を考えると、ファイアとかの魔術が使えると思うんだよね」

「……俺的には、異世界のバスの中でネットが使える方が驚きだけどな?」


 ファンタジー感溢れる装備の男女が当たり前のように、スマホをポチポチしている車内は異様であった。


「ネット化の波は異世界にも押し寄せているってことさ。

 誰だって、こんな便利なアイテムは真っ先に欲しいだろ?

 それよりも、僕らが今考えるべきはカーバンクルの語源がラテン語の『燃える石炭』ってことの方。

 どう考えても、火魔法の適正がありそうだろう?」


 呆れ顔の俺に対して、山場が当たり前だろうと肩を竦める。

 そりゃそうだけどな……。


「とにかく、火魔法をイメージしてみてくれよ!」

「何で山場がそんなに乗り気なんだよ?」


 せっつき捲る山場に、いまいち理解が追い付かないのだが、


「魔法ってのは、戦況を覆す力とまで言われているんだ。

 だけど、ダンジョンへ潜るアルンランド人の魔法使いはほぼいない。

 国に所属した方が儲かるし、安定しているからね。

 なので、地球人の魔法スキル持ちと組むしか、魔法使いとの共闘は出来ない」

「強ければ強いほど、囲いこまれるのは道理ではあるだろうな。

 そんで?

 地球人の魔法スキル持ちの割合は?」


 敵が何処から襲ってくるかも分からないダンジョンへ、魔法使いが入るのを黙認して、貴重な人材を浪費されては困ると言うことだろう。


「……」

「多分、10人に1人以下っす。

 自分は、これまで13人をスカウトしたっすけど、魔法スキル持ちは今までいなかったっす。

 先輩が魔法スキル持ちなら初めてっすね」


 探索主体で、知り合いの少ない山場に代わって、スカウトマンの晴彦が答える。

 才能のある人間を的確に見つけるスキル持ちの晴彦が、これまでスカウト出来ていない点を加味すれば、説得力もあるか……。


「……なるほど。

 じゃあ、ひとまずはファイア!」


 適当に手をかざして宣言してみるが、周囲に変化は見受けられない。


「「……」」


 武装した2人の男が見守る中で、カジュアルな服装のオッサンが、いきなり徐にファイアと唱える光景。

 ダンジョン前の広場に沈黙が舞い降り、その中心地となった俺は、非常に恥ずかしい思いをすることになったのだった。

 しかも。

 良い歳こいたオッサン達が、そんなことをしている様は、周囲の人間にはよほど奇特に見えたようで……。


 パシャ、パシャとスマホをこちらへ向けて、写真へ収める様が見受けられる。


「早く行くっす!」

「そうだね!」


 俺と同じく、状況に恥辱を感じたらしい晴彦の号令に頷く山場。

 無論、俺もそれに続く。

 こうして、心構えもないままに、ダンジョンへ足を踏み入れた俺。

 そこは、日の入りから数分程度の薄暗さの洞窟となっていた。

 そんな中を急いで進み、人のいなさそうな方へずんずんと進む晴彦に付いていく俺達。

 2つ程度、角を曲がったところで立ち止まった晴彦が、リュックを卸して漁り出す。


「しまったっす!

 せめてライトくらいは準備しておくべきでした」

「……そうだね」


 人の輪郭が見えないほどの暗さではないが、リュックを漁るには不便な薄暗さ。

 その状況でやってしまったとぼやく晴彦へ、山場も同意しつつ、自身のリュックを漁る。


「確かに灯りが欲しいところではあるな。

 ……そうそう、こんな感じに?」


 2人の様子を見て呟く俺に、応えるように周囲をオレンジ色の灯りが照らす。

 お陰で急な灯りの出現に戸惑うことになった。

 当然、俺よりも実戦経験のある2人も、


「ウィルオスプ?!」

「違うと思うけど!

 魔物の可能性はある!」


 ……彼らの場合は警戒したと言うべきか?

 それぞれ武器を手に持ち低く構える。


「ウィルオスプ?

 光の精霊みたいなものか?」

『『『否定』』』


 ……否定?

 俺の呟きに晴彦達が答えるよりも早く、周囲の至る所から、否定と言う言葉?

 念話? のようなものが伝わってくる。


『火の元素』

『小さな炉の求めに応じた』

「火の元素? それに小さな炉?

 俺の呟いた灯りがほしいと言う言葉に応じたのだろうと思うが……」


 その理屈だと、俺が小さな炉とやらになる。

 火と関わりの深いカーバンクルと言うスキル名から、否定しきれないのも確かだが。


『小さな炉足るカーバンクル』

「……少なくとも、俺の言葉を理解しているのは間違いないようだな。

 それで、火の元素とは?」

『世界の舞台装置。

 その内、熱量を制御する要素』


 意思を持つ世界の維持管理システム。

 つまりファンタジーな存在と言うことだな。

 精霊と言うのも、あながち間違いじゃないだろう。

 そうなると、


「火の精霊のようなものが話し掛けてきた。

 一応、俺に従ってくれるらしい」

「やっぱ、そういうことっすか。

 明るくなったと思ったら、独り言を言い始めたんで、そうじゃないかと思ったっす」


 案の定、俺にしか聞こえない声だったようだな。

 早めに伝えて正解だった。

 それじゃあ、詳しく話を聞くとするか……。


「まずはもう少し奥まで行こう。

 今の状況を見られるのは得策じゃないしね」

「そうっすね」


 腰を据えて情報収集を始めようとした俺に制止を掛ける山場。

 ……確かに、1階層のメインルート周辺で話すにはリスクが高いのも事実だろう。

 大人しく付いていくことにするのだった。

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