第3話 嫌な奴が嫌なタイミングでやってくる
「まさか、喫茶店で3千円も飲み食いされるなんて……」
「油断したな。香川」
悲しそうに肩を落とす香川に、ケラケラと笑い掛けてやる。
喫茶店での早めの昼食を提案した香川だが、この辺の地理には、そこまで詳しくないようだったので、学生時代によく世話になった店を案内したのだ。
そこは個人経営の小さな喫茶店で、学生向けのリーズナブルなランチも提供しているが、同時に質の良いステーキをそれに見合う値段で調理してくれる店でもある。
意趣返しも兼ねて、そこの一番高額メニューを頼んだ俺に、顔をひきつらせながらも、文句を言えなかった晴彦。
結果、満足な顔の俺と財布を覗いて悲しい顔の晴彦の出来上がりと言うわけだ。
「……で、他の人は?」
「……いないみたいっすね。
まあよくある話っすよ……」
副業説明のための部屋を見渡したが、その広さに反して無人。
今回は俺だけだったようだが、晴彦の言い方からこれも珍しくないようだ。
しかし、それが好都合でもある。
「そうか……。
じゃあ、そろそろ具体的な話をしようじゃないか」
「へ?」
「いい加減、この副業の裏にある情報が知りたくてな?
さすがに、お前もステーキただ食いされるのは嫌だろう?」
ニヤリと笑いつつ、顔色の悪い晴彦へ問い掛ける。
「嘘ですよね……」
「納得のいく説明がなければ、俺はここで帰ると言うわけだ」
俺を紹介することで、得られる報酬をあてにして、昼を奢ったのにそれをご破算にしようと言う鬼畜な発言。
「先輩ならやりかねないっすね……。
分かりました。
詳しく説明を……」
「おやぁ?
そこにいるのは、北里君じゃありませんかぁ?
香川と一緒にここにいると言うことは、今頃、この副業に?
相変わらず、世間の情報に疎い奴だねぇ?」
観念したらしい晴彦が、説明をしようとしたタイミングで嫌な声が聞こえる。
そちらへ目を向けると、
「
「イエッス!
営業部エースの山場透さんのご登場さ!」
人懐っこい笑顔を浮かべた面倒臭い男の顔。
営業部に属する山場と言う同期が、立っていた。
営業職なだけあって、非常に人当たりの良い人間ではあるが、
「それで、情弱北里君もついに異世界デビューと言うわけかい?
今からじゃ、僕との差が広がる一方だよ?
無駄にプライドが、傷付く前に帰ったらどうだい?」
「異世界?」
「ストップっす! 山場さん!
先輩にはこれから説明をするところだったんっすよ!」
相変わらずの俺に対してだけ、嫌みな言動の山場だが、その嫌な言い回しの中に創作くらいでしか、聞かない単語が出てくる。
それに疑問を感じて問い質そうとしたのだが、晴彦が素早く止めにはいる。
「何を慌てているんだい香川君?
ここにいる以上、聞くだけの資格はあると言うことだ。
違うかい?」
「それはそうかもしれないっすけど……」
どうにもきな臭い会話だ。
コイツら、何を言っている?
「北里君は、ちょっと鈍いんじゃないかな?
日本で普通に副業をして、1日5万も稼げるはずがないだろう?
そんな誘いを受けたら、闇バイトを疑った方が良い」
「いや、具体的な金額は初耳だぞ?
香川のことだから、そこそこ割りの良いバイトを紹介してくれるとは思っていたが……」
正直に答えたら、呆れ顔をされてしまった。
「いくら職場の後輩だからって、賃金条件や労働形態も訊かずに付いてきたのかい?
少し不用心だろ?」
「……確かに」
苦手な同期とは言え、言ってることは実にまともだと納得してしまう。
「さて気を取り直して、僕がやっている副業は異世界の冒険者と言うやつさ。
ダンジョンに潜って、色々なアイテムを持ち帰り、それを向こうの世界で買い取ってもらう。
そして、向こうのお金をこっちで日本円に換金してもらう」
「急にゲーム染みてきたな。
或いは深夜アニメの話にしか聞こえない」
どちらかと言うと、パリピ気質の山場の話でなければ、鼻で笑ってしまいそうだ。
「だろうね。
僕も実際に体験するまでそうだった。
まれにこっちで引き取って貰った方が良いお金になるものもあるけど、そんな物を手に入れようと思えば、数日掛けて深層まで潜らないと無理だから、止めておくのが懸命だ」
「サラリーマンには難しい話だしな……。
いや、そもそも日本の一般人がいきなり冒険者とか、無理があるんじゃないか?」
サブカルに出てくるような冒険者のイメージは、魔物と戦う危険な仕事と言うイメージが強い。
画面越しなら、ともかく実際に戦えるとは思えないのだが?
「大丈夫さ。
事前の検査で、いわゆる特殊能力持ちかどうかを検査して篩に掛けているからね。
アンケートを書いただろう?
あれ、アンケートそのものはなんの意味もないらしい。
ボールペンの中に感応石って、スキルに反応する石の欠片が入っているんだとさ」
「……なるほど。
って、違う!
精神性の問題だ」
気付かれずに検査できる仕組みに、良くできていると感心し掛けて、最初の疑問の掛け違いを正す。
「ああ、そっちか。
別に魔物を倒す必要もないし、追い払うくらいは出来る人間が多いみたいだ。
まあ、慣れてくると魔物を倒すことへの抵抗も減るみたいだけど……」
そう言う山場の雰囲気に気負いのような感じは見受けられない。
どうやら、目の前の同期も抵抗のなくなった人間の1人のようだ。
「信じられないな。
生き物の命を奪うことに抵抗の無い人間を敢えて増やそうと言うのか?」
「異世界のアイテムってのは、それだけ魅力的なのさ。
うちの会社だって、そのおこぼれに与っているんだよ?」
粗暴な人間を増やす真似をすれば、治安が悪くなるだろうにと、俺が日本の行く末を嘆けば、欲望優先は仕方ないと苦笑する山場。
「それに実際の治安は良くなっているらしい。
一攫千金の成り上がりルートが生まれたんだ。
一昔前の社会の閉塞感は、むしろ減ったんじゃないかな?
まあ、裏で阿漕なことをやってそうでもあるけど」
「どういう意味だ?」
「素質の有無は、志願者にはわからないんだよ?
引きこもりの無職に、勇者になる素質が!
何て言ったらどうなる?
実際、昨今の無敵の人の犯罪は?」
……確かに、一昔前に多かった自爆テロに近い犯罪は最近聞かない。
だがそれは、
「気にしないのが1番だ。
さあ行こうか」
「うん?」
「ちょうど、職員が来たみたいだし。
僕も北里君にどんなスキルが備わっているか、興味深いからね」
俺は、近付いてくるハロワの職員らしき男性を見、次いで山場へ視線を向けて……。
「好きにしろ」
と吐き捨てて席を立つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます