第2話 このアンケートは必要か?

『名前、住所、緊急連絡先』


 ここまでは良い。


『趣味、特技』


 これも納得する。

 それらから得意な分野を分析するのも分かるしな。

 だが次の、


『家族構成』


 これはいらないだろう?

 これは副業の案内をするためのアンケートだろう?


「先輩、さっさと書いちゃってください」


 俺の困惑を、気にすることもなく、記入を急かす晴彦。

 どうやら、晴彦も同じ内容のアンケートを書いたようだ。

 ……少しは疑うことも覚えようぜ?


「分かったよ。

 名前は北里雄大。

 住所は今の家で、緊急連絡先は……。

 メグの携帯で良いか」

「そうっすね。

 僕は会社を緊急連絡先にしたっすけど。

 先輩の場合は奥さんっすよね」


 俺の呟きに、いちいち返さんでも良いんだが……。

 しかし、趣味や特技ね?

 ……飛ばそう。


「家族構成、妻のめぐみ、職業は兼業主婦。

 長男の孝輔こうすけが中学生で、長女のゆいが小学生と……」

「趣味は園芸で良いんじゃないですか?

 特技は別に書く必要ないですし……」

「……人の思考を読むなよ」


 飛ばした項目を見て、口出ししてくる晴彦に文句を付けながら、その通りに記入する。

 ……言われてみれば、その通りなので。


「後は、あの受付窓口に提出して番号札をもらったら、しばらく待つだけっす」


 晴彦が指差す方には、長椅子にまばらに座る人達が見受けられる。

 アンケートの替わりに受け取ったのは、6番の札。


「番号札4番の方」


 俺のアンケートを受け取った人の代わりに、窓口へ座った女性が2つ前の札を呼ぶ。

 ……確かに、直ぐに順番が回ってきそうだ。


「そちらを出て直ぐの案内に従ってください」

「ダメだったぽいっすね」


 受付嬢側が左側の扉へ促す様子を見て、こっそり呟く晴彦。

 平然とした当人と肩を落として歩く付添人の様子を見送ってのものだ。


「駄目とは?」

「例の仕事に適性のある人は、向こうの扉へ案内されます。

 あっちに案内される人は、普通の求人を紹介される人なんすよ。

 そうなると、紹介者への報酬は無いんです」

「それでか……」


 4番の人間が出ていったのとは、逆側にある扉を指差す晴彦。

 つまり、先ほどの付添人は貴重な休日を潰してのくたびれ儲けと言うわけだ。


「そうなる可能性を考慮しても、他人を紹介した方が良い。

 上手く適性者を紹介出来た時の利益は相当大きいのだな?」

「そうでもないですよ。

 適性ない人の紹介は直ぐに終わるっす。

 ハロワ前で待ち合わせて、副業の案内している担当者へ引き継いで終わりっすよ?

 せいぜい30分くらいじゃないっすか」


 俺の指摘に慌てて言い募る辺り、怪しいことこの上ない。

 しかも、


「せいぜい30分くらい?

 逆に言えば、適性者の付添人は結構な拘束時間が生まれるわけだな?」

「いやそれは……」


 墓穴を掘っている以外の何物でもなかった。

 なので、


「今度、飯でも奢ってくれよ」

「……了解っす」


 そう言って、晴彦の肩を軽く叩く。

 これ以上は、更に墓穴を掘ると思ったのか、それにガックリしながらも応える晴彦。


「6番の方」

「呼ばれたっすね」


 そんなやり取りをしていると、俺の札番を窓口の職員が呼ぶ。

 先ほどアンケートを手渡した女性職員に間違いない。


「そちらの通路を出てまっすぐ進んでください」

「はい」


 先ほど、晴彦が指差していた扉へ案内されることになった。

 つまり、


「無事、適性有りってことっす。

 よかったすね」

「……確かにな」


 親指を立てて、グットを示す晴彦。

 適性有りがどれ程の価値なのかわからない俺に比べて、晴彦の喜びようは明らかであった。


「一旦、受付に顔出したら、少し喫茶店行きましょう」

「……出来るだけ安くすませようって魂胆か?」


 喫茶店での軽食を奢って、チャラにする気だろうと睨むが、


「違いますよ。

 説明会は、人が集まりきった1時から行われるんっす。

 だから、その前に飯を済ませようってだけですって」


 と否定する晴彦。

 合同での副業説明と言うやり方はどうなのだろうか?

 と疑問を持ちつつも、特に否定する要素も持ち合わせていないので、しょうがない。

 ……出来るだけ高い物を奢らせようとは思うが。

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