カーバンクル 

フォウ

異世界デビュー

第1話 小遣い減額の先輩、羽振りの良い後輩

「……はあ」


 急ぎの仕事に片を付けた俺、北里雄大きたさとゆうだいのため息がオフィスに響く。

 もっとも同僚達のキーボードを叩く音に掻き消され、俺の様子に気付く者はいない。

 ……1人を除いて。

 その唯一の例外である隣に座る後輩の香川晴彦かがわはるひこが、


「先輩。

 えらく暗い顔してますけど、どうかしたんですか?」


 と問い掛けた。

 言葉とは裏腹にニヤニヤしている様子から、からかう気が満々である。


「……大したことじゃないよ。

 下の子の小学校進学を、機に小遣いが減っただけさ」

「そうなんすね。

 僕はてっきり面倒な仕事でも降ってきたのかと思ってました」


 特に隠すことでもないと、自身の悩みを打ち明けると、意味ありげに主不在の課長デスクを見る。

 いつものように課長に厄介事を押し付けられたと思っていたらしい。


「何であの人が課長なんすかね?

 処理能力が低くて、先輩に頼りっきりな癖にしょっちゅう業務時間中に社内を徘徊してるじゃないっすか……」

「部長の妹と結婚しているからじゃないか?

 まあ、あの人のことはどうでも良い。

 それよりも、小遣い減額が痛手だよ。

 ……安月給じゃしょうがないけどな」


 未だに妹離れが出来ていない部長と、その腰巾着な課長を貶したところで、安月給は変わらない。


「うちの会社は、ホワイト企業を自慢するのは良いが、それに見合う給料水準じゃないんだよな……。

 昔は幾らでも残業できたから、結構な収入だったんだが……」

「残業有りきの給与で、残業を規制されるときついっすよね。

 ……そうだ。

 先輩も副業とかしてみません?」


 自社の中途半端なワークライフバランスに、文句を付けていた俺に、晴彦が今思い付いたとばかりに、提案してくる。


「……そういえば、お前は副業しているんだっけ?」

「そうっすよ。

 うちの会社は副業自由ですし、稼がないと遊ぶ金までは捻出出来ないっすからね……」


 独身貴族の晴彦だが、それでもうちの会社の給料水準では、そこまで余裕があるわけでもないらしい。

 世知辛い話である。


「……そうだな。

 少し探してみるか……」

「いやいや!

 自分が紹介するっすよ!

 出来高払いで、勤務自由の良い仕事があるんですって」

「……大丈夫なんだろうな?」


 休憩時間にでも少し探そうかと思っていたら、慌てて止めに入る晴彦。

 どうにも自分の仕事に巻き込みたいらしいが、


「大丈夫ですって。

 犯罪や闇バイトとかじゃないですし、なんならハロワ経由で働ける仕事っすよ!」

「まあ、それなら……」


 ハロワ。

 ハローワークは、正式には公共職業安定所と言う厚生労働省管轄の施設である。

 つまり、国の機関。


「じゃあ、今度の土曜日に駅前のハロワ前で落ち合いましょう!

 服は私服、持ち物はなしで十分っすよ」

「本当に大丈夫なのか?」


 そう思って答えたものの、続く晴彦の言葉に不安を覚える。


「大丈夫っすよ!

 受付嬢の深山みやまさんとか、法対部の國本くにもと課長なんかも、自分と同じ副業しているんですよ」

「……まあ、深山さんはともかく、國本さんは法律にも詳しいだろうし。

 そんな國本さんが、一緒に働いているなら安心か……」


 俺よりも法律に詳しいはずの國本さんが、闇バイトや犯罪に手を染めるとは思えない。

 しかし、課長クラスの人が副業していることに驚いた。

 ……國本さんか。


「國本さんに紹介してもらおうかな……」

「ちょっと待ってほしいっす!」


 それなりに付き合いのある課長の顔を思い浮かべつつ、呟くと晴彦が慌てて止める。

 國本さんは法対部の課長で、たまに飲みに行くこともある人だ。

 言っちゃ悪いが、目の前の後輩よりも安心感があるのだが……。


「國本課長にも都合があるじゃないっすか!

 今日行って、今週末の土曜とか急すぎじゃないっすか?」

「そりゃ、國本さんにも都合はあるだろうけど、訊くだけならタダだろう?」


 今日が木曜だから、明後日……。

 家庭持ちには厳しいかもしれないが、訊くだけなら問題ない。


「いやいや!

 目の前に問題無しと言ってる後輩がいるんですから!」

「……何か隠してるだろ?」


 わざわざ面倒事を引き受けたがる辺りが怪しい。

 差し詰め、


「紹介料でも発生するんだろう?

 じゃなきゃ、面倒事を引き受けたがるとは思えない」

「う、そんな感じっす……。

 頼みますよ、先輩……」


 図星を指されて情けない声を出す晴彦に、これ以上の追撃の興が削げる。


「……最初からそう言えば良い。

 じゃあ、10時にハロワ前で集合で良いか?」

「先輩!」


 結局、ため息混じりで、晴彦に紹介を頼む方向で調整するのだった。

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