第2話 愛せない完璧な人

すっごい優しいんだよな。

取引先の東堂さん。ちなみに社長さん。

そんでもってこの人も既婚者。

私に好意を持ってくれてるようで、何かと優しい。

がっちりしててスーツ越しにでも筋肉質だなって分かる。

整った顔をしてて爽やかだけど、髭とか生やしてもワイルドで結構さまになると思う。

普通にかっこいい。

今の私の目の保養。


お茶出しとかでほんとたまーにしか顔を合わさないけど、会った時なんかはいつも声をかけてくれて先日遂に連絡先を聞かれた。

断る理由もないのでさらっと連絡先を交換。

あ、でも既婚者って時点でそれが断る理由になるのかって後から気付いたけど時すでに遅し。


誰かさんと違ってすごくスマートにデートのお誘いをしてくれて、街中を歩いてる時も体をきちんとこっちに向けて私の話を目を見て聞いてくれる。

誰かさんは歩いてる時そんな風に振り返ってくれないよ?

食事をしても、私が財布を出す頃にはこっそりお会計を済ませてくれてたり。

誰かさんと違ってほんとスマート。

確実に女慣れしてるし、他にキープ的なのもいるとは思うんだけれど別に恋愛的に好きってわけでもないし、どうでもよかった。

ただ、一緒にいて嫌な気持ちにならないし、心がすさまない。

むしろ嘘でも大事にされてる気がして、自己肯定感を上げてくれる。

同じ不倫でも、東堂さんとだったらなんだかいい女になれそうだななんて特に望んでもない事を想像した。


何度目かのデートっぽい食事の後、まぁそういう流れになるよね的な流れで、それでいてあくまでも自然にホテルへと誘導された。

ラブホテルみたいな露骨なところじゃなくて、普段から御用達ですか?みたいなスイートルーム。

拒まずすんなりついてったからね。

まぁそうなってもいいかなって思っちゃったからね。

誘った東堂さんだけが悪いんじゃない。

私も同罪だと思う。


シャワーを浴びて、ベッドに行くまでにももう前戯が始まってるかのように雰囲気作りが上手い。


「大丈夫ですか?」


とか


「キレイですね」


とか前戯中に囁かれる言葉のいちいちが優しすぎて、あー誰かさんもこんなこと言えんもんかねと萎えてしまう。

結局濡れなくて「今日はやめておきましょうか」と言わせてしまった。

その上、腕枕までしてくれて頭も撫でてくれた。

すごく申し訳なかった。


東堂さんにとって、

こんな女つまらないだろうな、

もう次はないだろうって考えてたら気付いたら朝になってた。

あ、寝れたんだって思った。


その後、しばらく連絡が途絶えて、

『あ、やっぱそうですよね』って特に気にしてなかったものの、いざ職場で顔を合せちゃったら絶対気まずいよなぁとは思ってた。


でもよっぽど時間を持て余してたのか、キープの女が誰か切れたのか、理由はわからないけども再度デートのお誘いをされた。

高そうなディナーに見合う服を選ぶのは少々面倒くさい。


目の前には豪華な前菜。

なんの草か分からないし、前菜のくせに豪華。


「連絡なかなか出来なくてすみません。ちょっと仕事で立て込んでて。いつ会えるかなって楽しみにしてたんです」


サラっとこんなこと言えちゃう東堂さん、そりゃモテますわ。

知らないけど。


「東堂さんって絶対モテますよね。優しいし、イケメンだし、優しいし」


「イケメンも優しいも嬉しいけど、優しいが二回入っちゃってます」


笑ってる顔もイケメンだよ。

あなたに抱かれて濡れなかった私なんて、女として欠陥品だよ。

ホテルまでついてってセックス出来ない女に存在価値なんてあるんだろうか。

私が男なら思うもん、ここまできて?って。

私なら『めんどくせー女だな』とか心の中で舌打ちしながら唾でも付けて無理矢理入れてるかもな。

出し入れしてる間に濡れるかもだし。


「どうかされました?」


リッチなディナー中にお下品な事考えてましたとも言えずとりあえず苦笑い。


「ちゃんと優しく出来てるか分からないけど、誰にでも優しいわけじゃないですよ」


「ご自分で気付かれてないだけだと思いますよ。絶対おモテになるでしょうし、遊ぶ子には困らないだろうなぁって。……あ、すみません、いい意味でです」


「うーん、参ったな。僕、そんなに器用じゃないですよ。あなたがいいんです」


言う相手、間違えてない?

誘う相手、私で合ってた?

でも、容赦ない嫌な言葉を耳にするより、嘘でもこんなド直球なセリフの方が何倍も気持ちいいな。

口説き文句としてはパーフェクトじゃないかな?

あなたがいいんです、なんてもうこの先、生きてて言われることなんてないと思う。


「いやぁ、私なんて、そんな」


謙遜というか、ほんとに不釣り合いすぎて、身分不相応すぎて、住む世界が違いすぎて。

そんな眩しいとこに入れる人間じゃないんだよ。

私の中にはどす黒い感情とかいっぱいあるし。

傷付いたらその相手呪いたくなるし。

東堂さんが気まずそうに


「こんなこと言っといてやっぱり不純ですかね。上に、部屋取ってあって」


とか言うもんだから、そりゃ不純でしょう。

そもそもあなた既婚者ですし。

お気持ちはとっても嬉しいし、あなたの事はキラキラして見えるけど、この行為自体は不純そのものだと思います。

って心の中で返事しながら、のこのことスイートルームに招かれた私は一体なんなんだろうか。


この間の続きとでもいうように東堂さんは体を求めてきた。

部屋まで来て求められない方がおかしいか。


結論から言うと、東堂さんとのセックスは、また濡れなくて不発に終わった。

申し訳ない上に、つくづく女として終わってんなぁと思う。



いや、違うんです、

人として好きじゃなくて、

私を見てくれなくて、

優しくもなくて、

でもセックス中だけはたまに頭を撫でてくれる人で、

私の体、他の男性に上書きされたくないんです

東堂さんとセックスしたら、

きっと身も心も満たされそうだけど、

やっと彼とセックス出来て、

もう彼以外のモノを挿れたくないんです




なんて、言えないんだけど、私の心はそう叫んでたみたいで、自分のことなのに『へぇ、そんな風に思ってたんだ』って、つくづく私は馬鹿だよなぁって思った。


「もちろんあなたとしたい気持ちはあります。でもあなたの中に誰かがいて、僕を受け入れられないんだろうなと感じてます。今後、もうそういった行為に期待したりしないので、あなたの時間を僕に少し下さい」


途中までは理解出来たのだけど、最後の方ちょっと何言ってるのか分からなかった。

時間を下さいってなに?

セックスも出来ない女を、なんで?


「あの……どういう意味でしょう?」


「時間をくれだなんて失礼な言い方ですよね、すみません、えっと……。あなたの望むことは出来る限り叶えます。その代わり、というか、一緒にいてもらえませんか?という意味です。お時間頂く分、相応のものをお与えしたいという意味です」


「私に、そこまでの価値ありますか?どうして東堂さんのような方に私なんかがそこまで言っていただけるのか、理解に苦しむというか……」


「ただ、好きなんです。どうしようもなく。惚れてるんです。既婚の身で中途半端な事を言っているのは分かっています。……そういう気持ちってありませんか。好きで好きで、どんな形でもそばにいたいって」


私なんかにはすごく勿体ないお言葉を頂戴してる気がする。

でも、分かるよ。

それって私が真島さんを思う気持ちと似てるもんな。

東堂さんも『なんでこんな奴好きなんだろう』って、思ってるのかな。


「東堂さんは……寂しいが、怒りに変わることってありますか?」


「え?いや、寂しいは、寂しい……ですね。あるんですか?」


この人は純粋だ。

イケメンで、優しくて、純粋ってハズレのない福袋みたいな人だな。

あ、でもその福袋に奥さん入ってるからそれは最大のハズレか。


「あります。私、そういう人間なんです。寂しいが怒りに変わるような。どうしようもなく好きになった相手だからこそ、寂しいとそいつを呪っちゃいたいくらい心が怒っちゃうんですよね。……あ、だから多分もう、生き霊とか飛んでるんじゃないかなぁとかたまに思ったり、ははは……」


今まで東堂さんの前で取り繕っていた自分を、あまりにもさらけ出してしまったんじゃないかと途中で怖くなって生き霊なんて笑いながら冗談めかしてみたけど、笑いながらこんな事言ってる方がよっぽど怖いよな。


「そう…ですか。私は、あなたを否定しません。呪えばいいじゃないですか。生き霊だって、どんどん飛ばしましょう。生き霊って一番厄介だって聞きますし」


「あ、いや、なんていうか、例えばの話ですよ」


「僕の寂しいは、寂しい、ですけど、好きな人の寂しいは、辛い、です。僕の辛いは……復讐です」


「復讐……ですか?なんで、辛いが復讐になるんですか?」


「好きな人の寂しいを救えたら、僕は辛くなくなります。どんな方法を使ってでも好きな人を寂しくさせてたやつをどん底に突き落とすんです。その復讐は、結局は、自分の辛いを救いたいだけかもしれません」


あれ?

東堂さん、意外と曲がってる?

さっき純粋な人だとか思ったけど。

なんか私より怖いこと言ってない?

分からなくもない自分が一番怖いとも思うけど。


「なんか、初めて東堂さんの人間らしいところ見れた気がします」


「いやぁ、僕は手に入れたいものはそうやって手に入れてきたところもありますよ。今の社長の座もそうです。僕がのし上がった時、誰かは崖から落ちてるんです。……今、誰かを思って寂しいですか?」


「はい……寂しいです」


「怒ってますか?」


「呪い殺したいくらいには怒ってますね」


「そうですか。分かりました」


しばらく抱き締められて、頭を撫でられてた。

分かりました、のその声がすごく怖かった。

ただの励ましではないような、東堂さんも一緒に怒ってくれてるような、そんな声。

だけど、窓硝子に映った東堂さんは笑ってた。

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