六話目 魔王さま、神のつかいと飯を作る
シッシーの話を聞いてから数時間経過したころ。
ワシは居間に置かれた番組を見つめながらゆったりしていた。
「美味しそうじゃなぁ、この料理。ワシも食べたいものじゃ」
机に両肘を置きつつぼやいていると、足音が聞こえてきた。音の聞こえた方を見ると、しょぼくれたシッシーが立っている。
「マキシバの様子はどうだった?」
「おびえてしまっているようです。私が脅しすぎたからでしょうか……」
「だろうな」
弱弱しい言葉に返答すると、床に座ったシッシーが表情を曇らせる。
奴の行動は決して褒められないが、悪意があったとは思えない。
マキシバに情報を共有しない方法もあったからだ。
「そなたは、マキシバを傷つけるためにあんな言い方をしたのか?」
ワシは顔を向けながら質問する。奴は首を横に振ってから、
「違います。可能な限り牧柴さんが傷つかないように言葉づかいを選びました」
と返した。
奴の言葉からは軽さを感じられない。嘘ではないだろう。
「そうじゃろうな」
「信じて……くれるんですか?」
「信じるぞ」
「――ありがとうございます。すっきりしました」
奴はワシの顔を見ながら礼儀正しくお辞儀する。
「よかったわい。それより、ご飯はどうするか決めたのか?」
「言われてみれば決めていませんでしたね。どうしましょうか」
ワシらは一緒に数秒ほど考えこむ。
頭をゆらゆら動かしていると、天啓がおりてきた。
「折角だし、ワシらで料理を作ってみるのはどうじゃ?」
「料理ですか! それ、ありですね!」
どうやら良い提案だったようだ。
――奴に恩を売っておけば、何かしらメリットがあるかもしれんからのぅ。
「さて。いったい何を作る予定ですか?」
シッシーが質問してくる。
ワシは少しばかり考えてから率直に思ったことをいう。
「奴の好きなものでいいんじゃないかのぅ?」
「わかりました、聞いてきますね!」
「いや、魔法で奴の好みを確認してくれ」
ワシの言葉を聞いたシッシーが不思議そうに首を傾けた。
「直接聞かなくてもよいんですか?」
「奴がまだ苦しんでる可能性があるからの。念には念を、ってやつじゃ」
「わっかりました! それでは、魔法で確認しますっ!」
シッシーは先ほど指摘した喋り方を直さずに魔法を用いた。淡い光が頭に浮かぶと同時に、シッシーの目がゆっくりと開く。
「どうやら、炒飯が好きなようです」
「炒飯って、なんだ?」
「卵とお米を火にかけて炒める料理みたいですね。香ばしさとふんわり卵の味おいしさの秘訣らしいです」
「ふむふむ……調理器具はあるのか?」
ワシが質問すると、シッシーは立ち上がり奥の方へ向かう。後をついていくと、食器や調理器具が几帳面に置かれている場所があった。身なり的にあまりちゃんとしていないと思っていたが、予想とは異なっていたようだ。
――彼女持ちというのは、案外間違いではないのかもな。
そんなことを考えていると、シッシーがフライパンを取り出した。
魔王家で使っていた器具と比べるとかなり小さい。
「庶民はこれぐらいの大きさで調理するのか?」
「そうらしいですね。因みに、お米とか残ってるのかなぁ……」
シッシーが冷蔵庫を開ける。密閉容器に入った料理が複数置かれている。右側に文字が書かれた何かが巻かれた透明容器の飲み物がある。
その中に、ひとつ気になる物があった。
「これなんじゃろ。なつくん……?」
「オレンジジュースですね。甘くておいしいやつですよ」
「ほぅほぅ、それは少し飲んでみたいな……ってそんな目的は後だったな。今は先ず、炒飯を作ることを優先しよう」
少しばかり興味を惹かれたが、我に返る。脳が衰えていないのは良いが、好奇心がどうも勝ってしまっている気がする。ちゃんとやるべきことに集中しなければ。
「炒飯の具材は揃っているのか?」
「タッパーに入ったお米はあるみたいですね。ただ、卵が入っていないです」
「卵が入っていないと、ふわふわ感がないのか?」
「ふわふわ感というか、うま味が薄れますね。卵は必要条件です」
「そうか……」
ワシはシッシーの発言を聞きながら少し考える。
ちょうどよい口実が出来るかもしれないからだ。
「シッシーよ。今から卵を買いに外へ出ないか?」
「外ですか。いいですけど……扉から出るのばれたらまずいんじゃ?」
「決まっておるじゃろ。あそこから降りるんじゃ」
ワシは窓の方を指さした。それを見て、奴の顔色が変わる。
「まさか、魔法を使って飛び降りる気ですか?」
「飛び降りたほうが楽ではないか」
「でも、魔法使うと疲れちゃうんですよね……」
シッシーは額に浮かぶ汗を腕で拭いながら愚痴をこぼす。
やはり奴の魔力には限界点があるようだ。
ここは癪ではあるが、奴の欲求を刺激しよう。
ワシはシッシーの腰に腕を回し、腹に顔を当てる。
「ひゃっ!? な、ど、どうしたんですかリーヴさん!?」
「一緒にお出かけしたいのぉ……ダメ、かなぁ……?」
美少女と呼ばれる部類の身体を活かせる方法で泣き落としにかかる。普通の人間であれば理性で跳ねのけるだろうが、美少女狂いの奴は別だ。
「いいです、いいですよっ、リーヴちゃんっ! なんっっっっでもゆうこと、ききすね!!」
奴は美麗な表情を下劣に歪めながら、歓喜の声を出す。
予想以上の効果に少しばかり驚いているが、とやかく考える意味はない。
「お願い。私のために、魔法で飛んで」
「わかりました!!」
奴は魔法で靴を生成してから、ワシをお姫様抱っこで抱えた。
風の音と心臓の鼓動が嫌にうるさく感じられた。
「さて……行きますよ!」
奴の掛け声を聞いた直後、体が高く上がっていく。
夕焼けに照らされた街並みが淡く輝いている。
「夕空に照らされる街並み、きれいですよねぇ」
「そうじゃなぁ」
シッシーに抱えられながら街を見つめていると、ワシはとあることに気が付いた。ワシと見た目年齢が近い子供がこちらを指さしていたからだ。
「ワシらのこと、見えているものがいるのか?」
「子供たちは見えるようにしています。なんというか、メルヘンじゃないですか」
「そういう……ものなのか?」
「そういうものですよ。さて……そろそろ建物に入りますか」
シッシーが軽く呟いた直後、視界が光の速さで変化した。目にもとまらぬ速度で動く景色がだんだん止まってくると、両目が現在いる場所をとらえる。
どうやら、店に到着したらしい。
辺りを見渡したが、誰も気が付いていないようだ。
「転移魔法は慣れていますから。人が気が付かないように移動するなんて、慣れっこですよ」
「へぇ、そうなんだ」
シッシーの顔を見て相槌を打ってから、食品類が入った棚を見る。
冷気が出ている棚に、透明な容器に入れられた真っ白な卵が十個入っている。
「これで良いんかのぅ」
「これで問題ないですよ。さて、買いますか」
シッシーはそう言いながら卵を購入しに向かう。
現金は持っているのだろうかと思っていたが、問題なかったようだ。
「さてと。転移魔法で飛びますよ」
「あぁ、そうじゃな」
人気のない階段についてから、シッシーと手を繋ぐ。
奴が魔法を詠唱すると同時に、マキシバの部屋が視界に映る。
魔法で生成した靴は消えているようだ。
「ふぅ……久々に魔法、連発しましたよ」
シッシーが一息ついている中、ワシは一つ質問する。
「便利な魔法じゃけど、これあんまり需要無くないか?」
「何言ってるんですか。美少女たちの生活を見るには使えますよ」
「……そうか」
神のつかいというより邪神の思考に近いのではないかと思いつつ、ワシは調理場へ向かう。ワシが火をつけようとする中、シッシーが静止する。
「私が調理しますよ。牧柴さんに迷惑をかけたのは私ですから」
「……でも、ワシだって何かを手伝いたいわい」
「そうですね……なら、お水やスプーンの用意をお願いいたします」
ワシはシッシーに言われたことに従い、用意を行う事にした。背丈が届かない箇所にあるコップは取ってもらったうえで、水を入れて持っていく。
その後、スプーンを持って行った。
「これで良し、と……」
一通り用意を済ませた後、ワシはシッシーの方へ向かっていく。塩や胡椒が適度に振られた狐色の炒飯が鼻をくすぐった。必死に口を塞ぎながら涎が流れないようにしていると、シッシーが火を止める。
「完成しましたよ、リーヴさん」
シッシーは嬉しそうに三つの皿へよそってから一つを手渡してきた。
「ありがとう、シッシーよ。美味しそうじゃなぁ」
「いえいえ。こちらも美少女成分を大量摂取させてもらいましたからね。これからも美少女成分をたくさん摂取させてくださいね!」
「……丁重にお断りさせていただくぞ」
奴の勢いを適当に受け流しつつ、配膳を済ませるのだった。
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