五話目 魔王さま、目の前で絶望する男を見る
「この紙について、おぬしは何か知っているのか?」
ワシの問いかけに対し、マキシバは首を横に振る。
奴の表情から察するに、情報を一つ足りとも得ていないだろう。
マキシバが嘘をついている可能性もあるが、感情的に行動する人間である奴が自らの本性を隠せるとは考えにくい。渡された紙の内容は知らないと仮定して問題ないだろう。
ワシはそう思いながらシッシーに問いかける。
「おい、シッシーよ。これについて知っておるか?」
問いかけるや否や、シッシーは真剣な顔でこちらを見る。
「もちろん知っていますよ」
「ほぅ、それはまた予想していなかった返事だな」
全幅の信頼を寄せていないワシは驚いたフリをした。
簡潔に理由を言うなら、全幅の信頼を置けないからである。
理由は様々だが、一番問題視していることは、魔力制限だ。
ワシの力を制御しつつ、自分は魔法を使う。万が一奴が裏切れば、ワシの命は容易く奪われることになる。
魔力制限を解除する方法があれば越したことはないが、現状見つかっていない。下手をすれば奴の逆鱗に触れるだろう。
故に、この件についてはワシの中でのみ考えることにする。
「どうしたんですか、リーヴさん。何か考え事でも?」
「あぁ、なんでもないわ。とりあえず、お主からこの内容について教えてもらってもよいかのぅ」
ワシが質問すると、奴は快く返答する。
そして、一つ提案を行ってきた。
「一度お風呂でお体を流した方が良いんじゃないでしょうか?」
「あぁ、そうじゃったな。お主の涎のせいで、髪が汚れておったわ」
「もしよければ、洗い流しましょうか!?」
「馬鹿にするな。自分で体の手入れぐらいこなせるわ」
子犬の様に瞳を潤わせる奴にため息をつきながら、脱衣所へ向かう。
簡素な見た目のチェストや洗う場所が設置されている。風呂場へ向かう扉前には銀かごが置かれている。ここに服を入れてしまえばよいのだろう。
そんなことを思いつつ、風呂場へ向かう扉を開く。
浴槽やシャワーが取り付けられた部屋だ。目の前にはガラスがあり、洗っている姿を確認しやすくなっていることがうかがえる。辺りを見渡しながらタイル状の床を歩いていたところ、ワシは興味深い装置を発見した。
呼び出しや自動などの文字が書かれたそれを見つめていると、
「あぁ~~給湯器の使い方、知らないんですか?」
「来ていたのか、シッシー」
「えぇ。牧柴さんと一緒に入れるのは不味いですから、代わりに来ました」
――ほぅ、最低限の倫理観は備えているのだな。
「その後は、二人っきりでお体をお流ししあいましょうね」
――訂正。奴は知的変態である。
「馬鹿が。個人で入ると言ったじゃろぅ。貴様は使い方だけ教えればよいんじゃよ。それと、先ほど話した内容は可能な限り詳細を伝えろよ?」
「わっかりました!」
「わっかりましたじゃなくて、わかりましたじゃろうが。言葉遣いは丁寧にした方が得じゃぞ」
「はーい、リーヴさん!」
ワシは奴の言葉遣いを軽く注意しつつ、丁寧で分かりやすい説明を聞いた。
「ありがとう。大分理解できたよ」
「ありがとうございます! 一緒にお風呂入りましょう!」
「だから入らないって。ワシ、キレるよ?」
「ごめんなさい。調子乗りました」
「分かったなら良いんじゃ。早く出て行っておくれ」
「分かりました。それと、洗面所に服を置いておきますね」
「おぉ、助かるわい」
気が利くなと思いつつ、洗面所の戸締りを確認する。
気が変わった奴が乗り込んでこないように念には念を入れて確認する。
問題ないことを肉眼で確認してから、服を脱いだ。
洗面所の銀かごに服を投げてから、風呂場で体と頭を洗う。
植物性の石鹸のにおいが心地よく、気分が良くなった。
時折、力をこめすぎたことで容器から嫌な音を生じさせたが、ご愛嬌だ。
最後に身体をお湯で温めてから、曇りガラスに映る自分の姿を視認する。
やはり幼子の見た目になっていた。
幼いころ、世界は大きく見えていたものだ。
鏡に映る自分を見つめながら思う。
脳に関しては大分発達しているらしい。
先ほど教えられた内容を瞬時に覚えられたからだ。
「生活しながら知識を深めていく感じの方がよさそうじゃな。
時間の流れが遅い修行部屋で作業するみたいなこと、嫌いじゃし」
そう呟きながら風呂場を後にする。
体を拭き、シッシーの用意してくれた服を着てから外に出る。
満面の笑みで立っているシッシーがこちらを嬉しそうに見つめている。
「お前、もしや魔法で見ていないよな?」
「はい。魔法でばっちり見ましたよ」
「道徳、学ぼうな」
ワシは目の前の馬鹿に飽きれつつ、シッシーの後をついていく。
奴はとある部屋前で扉をたたいてから部屋に入室する。
部屋に入ると同時に、文字や画像を表示する見慣れない機器を目にした。
「それは……なんじゃ?」
「あぁ、これですか。パソコンですよ。僕の奴はデスクトップパソコンですね」
「パソコン……居間にあった奴とは違うのか?」
「あれはテレビですね。各局の番組を流すことが出来ます」
「なに、あれは人間じゃないのか?」
「映る映像は人ですけれど、表面上に映しているだけですね。映像は違う場所で撮っていたりするものを流している感じです」
そうなのか、また一つ賢くなったわ。
ワシがマキシバにお礼を伝えると後ろから咳払いする声が聞こえてくる。シッシーが頬をむくれさせているようだ。
「私以外の方と親密にしないでくださいよぉ。寂しいじゃないですか」
「ワシはワシじゃろ。おぬしと結婚しているわけでもないのに束縛するな。というか説明するんじゃなかったのか?」
「あ、そうでしたそうでした!」
シッシーは慌てた様子で「すみません」と口にしてから、説明を始める。
「一通り準備を終えたので、説明いたします。こちらの紙に書かれている招待状は、
「それは、どのような仕事なんですか?」
マキシバが首をかしげると、シッシーが返答する。
「人の記憶を選別するというお仕事です。
本当は、私とリーヴさんの二人で取り組む筈だったんですが、なぜか牧柴さんも働く人員に選ばれてしまったみたいですねぇ。ご愁傷様です」
「その言い方なんというか……最悪死ぬってこと言ってますよね」
「え、そうですけど」
マキシバの発言に対し、シッシーは何言ってんだと言いたげな声で返事を返す。
「世界を救うほどの仕事なのに、死の危険がないわけありませんよ。人間界と同様、下手をすれば死にます。高所から落下したり、窒息したりしても死にます」
「ってことはつまり……」
「地獄への切符を貰ったようですね。お疲れ様です」
ワシは目の前で天井を見上げながら「ハハハ……」と笑うマキシバを見ながら現状の整理を行っていく。その際、ワシはとあることに気が付いた。
「ひとつ気になったんじゃが、どうやって心世界へ向かうんじゃ?」
ワシが質問すると、シッシーは指をパチンと鳴らしながら「ナイスクエスチョンですね!」と言ってみせる。なんだこいつと思っていると、返答が来た。
「心世界へ行く方法。それは、眠ることです!」
――随分、あやふやな方法だなぁ。
ワシは自信満々に言って見せたやつの顔を見つめながらそう思ったのだった。
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