四話目 魔王さま、肝が冷える思いをする

 ワシは床に座りながら叱責するマキシバを眺めていた。勘違いされて殴られたのだから、怒るのも当然だ。

「本当にやばかったんですよ! 先祖の姿が見えましたもん!」

「ほんっっとうにごめんなさい……まさか乱暴していないと思わなくて」

「普通の人間が犯罪したら即刻豚箱送りですからね! まったく……神のつかいっていうくせに、道徳どうなっているんですか!」

「道徳は常に赤点でしたよ。それ以外満点でしたけど」

 とんでもない輩じゃな。ワシでも八十点は取れるぞ。

「一人は倫理観が崩壊している神のつかい。一人は自称元魔王の女の子だってさ。現代人が抱えるには爆弾すぎだろ!! というか戸籍無し少女を家に住まわせるとか普通に誘拐罪だろ! 頭おかしくなったのか俺!?」

「ほぅ。美少女を匿ったら誘拐罪なのか。初めて知ったぞ」

「そりゃあんたは魔王だからな!」

「私も初めて知りました。人間界って面倒くさいんですね」

「道徳赤点の馬鹿が言うんじゃねぇよ!!」

 マキシバはテンポよくワシらに返答していく。中々勢いがあり面白いと他人事のように感じていると――

「うるさいねぇあんたらぁ! 近所迷惑だよ!!」

 年老いた女の声が聞こえてきた。

「やっぺ、とうめさんだ。二人とも、隠れてて」

 我に返ったマキシバがワシたちに隠れていろと告げる。

 捕まれば、美味しい飯を食って楽しく過ごす人生計画が崩壊する。

 ワシは幼い体の脳を必死に回しながら首を振る。

「……少しばかり怖いが、ここに入るしかないかぁ」

 少しばかり悩んだ後、棚へ入る。

 本日二度目の棚の中は少しばかりじっとりとしていた。

 不思議なことに、艶のある聞きなれた声も聞こえてくる。

 まさかと思いながら後ろを振り向いた直後――

「リーヴちゃぁん。また来てくれたんだねぇ」

 嬉しそうに微笑む奴に気が付くと同時に、脱出しようとする。

 しかし――ワシの行動は直前で絶たれることになる。

 理由は単純、マキシバの隣にいる老婆のせいだ。

 ここで外へ飛び出して老婆に発見されれば、マキシバは豚箱へ入り、おいしい飯を食べるという未来が閉ざされるだろう。

 断固阻止しなければならない。

 ワシは状況を理解すると同時に、深呼吸する。

 静かに呼吸を整えながら心音を緩やかにした後、奴に小声で問いかける。

「おい、シッシーよ。そなたに一つ、頼みがある」

「何がしたいんですか、リーヴちゃん」

「見つからないように魔法で隠しておくれ。ワシの条件に従ってくれたら、老婆が出ていくまで何をしてもよい」

「あんなことや(NGワード)もしてよいんですか!?」

「声がデカいわ。たわけ……」

 ワシがその言葉を言いそうになった直後だった。

 老婆が棚へ鋭い眼光を向けたのだ。

「あんた、そこに何かを隠してないかい? うちは動物厳禁なはずだよ」

「え、えぇっと……ねずみじゃないっすかねぇ?」

 マキシバはワシたちをねずみ扱いした。なるほど、死にたいようだ。後で腕の一本でもいただくとしよう。いや、それは現状の問題を解決してからだ。

「スーハ―スーハ―スーハ―スーハ―」

 ――呼吸荒いなこいつ。そんなに美少女のにおいが好きなのか。

 後ろで忙しなく口呼吸するシッシーの声を聞きながらワシはそんな考察を巡らせる。直後だった。棚の奥にまぶしい光が差し込む。

 同時に映るのは、目の前の老婆だ。妙な圧があるその女性はワシたちの存在に気が付いていない様子だった。

「本当に何もいないんだね?」

「えぇ、本当ですよ。そもそも、そこまで金がないですから」

「そうかい。まぁ、ある意味あんたにちょうど良いんじゃないかねぇ」

 ワシは棚の隙間から老婆から何かを受け取るマキシバを見つめていた。老婆は奴を見つめながら「気を付けるんだよ」と釘を刺し、部屋を後にする。

 マキシバが鍵を閉める音を聞いてから、ワシは棚の外へ飛び出した。

「はぁ、はぁ……危なかったぁ……うわ、髪がべとべとだよ」

「すみません、ちょっと興奮しすぎてしまいました」

「え、これお前の涎なの?」

「……はい。理性を結構失っていましたから」

「いや、いやいやいや! やばすぎだろ!!」

 ワシは目の前で小さな失敗をしたような顔つきのシッシーを見つめながら指摘する。いくら道徳が備わっていないと言っても、やっていいこととやってはいけない事があるのではないだろうか。

「すみません、リーヴさん。体を洗うことで解決しますよ」

「いやだよ。お前変なところ触りそうだし、涎つけられたら溜まったもんじゃねぇ」

 ワシがそう言ってやると同時に、シッシーが「あ」と言ってから右手で左手をポンと軽くたたく。

「あ、一つ思い出しました。リーヴさんの服って必要ですよね」

「言われてみればそうだな。マキシバの服借りてるが、結構ぶかぶかだし。外へ向かうとなると、何かしら服が必要になるだろうな」

「ふっふっふっ……そういうと思ってましたっ!」

 シッシーはかっこつけた構えをしながら魔法を詠唱する。直後、ワシの前に奴選出の服が現れる。膝小僧まで見えそうなズボンに、二の腕が隠せる袖がある服だ。暖色系の服であるためか、それなりに見てて気分が上がる気がする。

「ふむ、案外普通だな」

「私が美少女に過激な衣装を着させるときは、二人っきりの時だけですからね」

「……お前、ぜっっっったいに美少女がいても手を付けるなよ。ワシの目が黒いうちは、ワシいがいに非行などさせぬからな」

「あら~~大胆な告白ですねぇ」

「告白じゃないわいっ!」

 ワシが勢い良く批判をする中、マキシバが「ちょ、ちょっといいですか?」と声をかけてくる。ワシらはほとんど同時に顔を向ける。

「どうしたんじゃ、マキシバ」

「どうしたんですか? 牧柴さん」

 ほとんど同時に質問すると、「これ、見てください」とマキシバが紙を見せる。

 老婆から貰ったものかと思いながら、それに目を通す。

 その紙には――【心世界への招待状】と書かれていた。



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