三話目 魔王さま、見られたことを暴露する
「ふぅ……美少女のにおいは最高ですね。疲れが取れますよ」
「うっ……うぅうぅ……」
ワシは今、シッシーに抱き着かれながら頭皮をかがれていた。本来ならば、魔法で抵抗しただろう。しかし、ワシの力はシッシーによってコントロールされている。故に、ワシは嗅がれ続けるしかできないのである。
ワシを抱きしめるシッシーの顔を見上げて確認する。
顔が妙に赤くなっており、吐息が艶を帯びていた。
「はぁ、はぁ……美少女のにおいで、こうふんしてきました……っ……」
神のつかいと呼んでいたが、本当は変態のつかいではないのだろうか。
ワシはジト目で見つめながら奴の解釈を変態として結び付ける。
そんな時だった。奴が突如とんでもないことを言い出したのだ。
「リーヴさん。私の娘になりませんか?」
耳を疑った。羞恥心で気がおかしくなったのかと思った。
軽く腕をつねる。痛みと共に白い肌が赤くなる。夢ではない。
「もしかして……ワシを持ち帰る気か?」
「はい? そうですけれど、問題でもありますか?」
問題大ありだ。お前はワシをおもちゃ扱いしたいだけだろう。
「で、でも……ワシは、もう少しゆっくりしたくて……」
「ゆっくりする必要なんてないですよ。こんな冴えない地味男と一緒にいるぐらいなら、私と一緒に楽しい愛でられる人生を過ごしましょうよ。安心してください、身も心も委ねてしまえば気持ちいいですから」
奴は両手を広げながらワシが抱き着いてくることを待つ。
普通の人間なら抱き着くわけがない。魔族であるワシだってそうだ。
しかし――体は言うことを聞かなかった。
ワシの体は人形の様に不自然に動き始めたのである。
奴が魔法を使ったのだろうとワシは瞬時に理解する。
せめてもの抵抗をするために、体へ力を込める。
しかし、逆効果であった。
筋肉に力を込めれば込めるほど、足がつり腕がきしんだ。
器となった身体が幼いためか、負荷が強くなってしまうようだ。
「くそっ……くそぉっ……! いやだ、いやだぁっ……!」
「うふふっ、かわいい子ですね。私に抱きしめられたいんですねぇ!」
吐息交じりの声が大きくなる。
ワシは必死に抵抗しながら最悪な想像をする。
日光が差し込まない狭い部屋の中、奴に愛玩動物扱いされる未来。
一日中奴に愛されながら無駄な時間を過ごす。
それは、生きているといえるのか。何もなさずに時間を過ごすことは、生きているといえるのか。ワシには、生きていると言えなかった。
魔王として勇者を待ち受ける部屋にいるときは、ずっと空しかった。
――そんな生活には、二度と戻りたくない。
「いやじゃ、いやなんじゃっ!」
全身全霊を込めて、シッシーの拘束を解く。
マキシバの背に隠れた直後、奴の表情から笑みが消える。
「なんで、そういうことを言うんですか?」
ワシの体が強制的に進んでいくことを終えた直後、奴と目が合う。
伽藍洞のように光が入っていない瞳で見つめながら、ワシに問いかける。
「あなたの身体を美少女にしたのは私です。現代日本に連れてこられるように魔法を使ったのも、私です。あなたは、私に相当な恩義があるはずですよね。
本当なら、あの場で殺してもよかったんです。それでも、あなたの言葉を聞いて、魔法で無傷のままここに送ったんですよ?
そういう人へ、恩を返そうとは思わないんですか?」
奴は瞳の中を真っ黒にしながら問い詰めてくる。
「私が求めているのは、世界征服でもないんです。
ただ、あなたが私に体を預けてくれれば平穏無事な生活を望ませてあげるって言っているんです。悪いことでしょうか? 否、悪いことではないはずです。
だから――あなたは、首を縦に振って、私に抱き着けばよいんです」
奴は再度、両手を広げた。魔法を使っていないことは明らかだ。
つまり――ワシの自由意思によって決めてよいということである。
向かってはならないと脳が警鐘を鳴らしている。
脳内の判断が正しいと理解していた。
しかし、体は足を踏み出している。
止まれ止まれと脳から警鐘が鳴り響く。しかし、体は止まらなかった。
数秒たって、理解する。
ワシは、おびえているのだ。
「怯えないでいいんですよ。さぁさぁ、私の下へ来てください」
風を撫でるような奴の声が聞こえる。
ワシは目を瞑りながら、必死に恐怖心から逃れようとする。
それでも、逃れることはできない。
恐怖心によって、一歩、また一歩と体は進んでいく。
もはや、逃げる術はない――
そう思っていた。
「待ってください、えっと、シッシーさん」
「いったい何ですか? というか、誰ですか?」
「家主の牧柴茂夫です」
突如、マキシバが立ち上がりシッシーへ名乗りを上げる。
魔力もなければ、体も強くない奴がなぜ立ち上がるのか。
ワシには理解が出来なかった。
「牧柴さん。これは私とリーヴさんの問題です。関わらないでくれますか?」
「普通なら、そうするでしょう。でも、僕にだって意地があります。目の前で、泣いている女の子がいたら助けようとする。それが男ってもんでしょうよ!」
マキシバは間に入り、盾になるように両手を広げる。
あまり肉付きが良いとは言えない体が大きく感じられた。
「――覚悟、あるんですね」
シッシーは冷徹な声を口にしながら、魔法を唱える。
直後、奴の右手に鋭い銀色の刃が生成される。
並の人間など簡単に屠れる恐ろしい武器を向けながら、奴は問いかける。
「もう一度問いかけます。この子を守るためなら、命も辞さない。そのような覚悟があるんですね?」
「……あぁ。それぐらいの覚悟がある。目の前で泣いている少女を守れないほど、男をやめちゃいねぇんだよ」
啖呵を切るマキシバに対し、シッシーは溜息を吐いた。
「さようなら」
同時に、奴は鋭い刃をマキシバの喉元へ突き立てる。
ワシが必死に体を伸ばそうとするが、反応が追いつくことはない。
このまま、命を奪われるのか。
そう思った刹那、攻撃が止まった。
「ふふっ……はははっ!!」
へなへなと座り込むマキシバに対し、武器をしまったシッシーは元気よく笑う。腹がよじれるほど笑ったやつは「ふぅ」と一息ついてから、マキシバの目線の高さまでしゃがむ。
「あなた、面白いですね。本気で殺意向けたのに、一人の少女を守るためにそこまで自己犠牲出来るなんて……人間として生かすには惜しいぐらいですよ」
「別に……そんなんじゃないですよ。そもそも、この子の裸を見たっていう負い目がありますし……」
「は、ハダカ?」
マキシバはしまったと言いたげな勢いで口を両手でふさぐ。シッシーの目が、ワシに向けられる。嘘をつけば、すぐに見抜かれるだろう。
「……そうだよ、最初に飛んできたとき、裸を見られたんだ」
ワシの発言を聞いたシッシーは、マキシバを笑顔で見つめた。
「牧柴さん。何か、言い残すことはありますか?」
「えっとぅ……お手柔らかに、お願いします」
「安心してください。半殺しにするだけですから!」
シッシーはそういいながら、マキシバをタコ殴りし始めるのだった。
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