二話目 魔王さま、一日で力を失う
「ったく……服ぐらい着せて飛ばしたらどうなんじゃ」
男が渡してきた服を着たワシは、床に胡坐をかきながら愚痴をもらしていた。世界を救う転生者への扱いがクソなのだから、漏らすのも無理はないだろう。
「それにしても……興味深いのぅ……」
奴が姿を見せなくなって数分間、液晶に映る人間たちを眺めている。
気を紛らわせるために眺めているが、余興として見せるにはありではないか。
例えば、液晶に人間たちを入れて、そこで演技させる。
面白ければ配下にし、面白くなければ部下たちの玩具として渡す。
不満鬱憤が溜まりやすい部署の者たちを楽しませるにはありだろう。
特に裸芸する人間はありだ。覚悟があるし、判定がしやすいからの。
まぁ、対象とするのは男だけにしてやるとしよう。
「だがのぅ、ワシは当分帰らないって決めたんじゃ。いつか帰るときに、それを提案するとでもしよう。くっくっくっくっくっ……」
ワシがそんな考えを巡らせていると、男が姿を現す。
右手に謎の容器を握っており、蓋上に木製の箸が置かれている。
「ほぅほぅ……これはまた、珍しい食べ物だなぁ。なんというのだ?」
「クリメンと呼びます」
魔法で文字が読めるワシだが、あえて質問する。
男はがたがたと震えながら返事を返した。
ふむ、やり取りは最低限出来るようだ。
「うまそうだ。いただくとしようか」
ワシは箸を使って入っているそれを口に入れる。
口を閉じて咀嚼すると、カツオ出汁と海老の味が口にしみこんでいく。
ごくん、と飲み込んでからワシは奴を満面の笑みで見つめてやる。
「あっぱれだ、男よ。名を何という」
「
「知らんわ。気が付いたらここにいたんじゃから」
それを聞いたマキシバは困った顔になった。
どうしたのだろうかと思っていると、奴が素早く頭を下げる。
「お願いします。逮捕とか、勘弁してくださいっ!」
奴は素っ頓狂なことを言いよった。ワシは少しばかり奴の言葉を理解するべく思考を巡らせる。そして、理解する。奴はどうやらワシの存在によって豚箱へ送られる可能性があるという事らしい。
現に、ワシも魔界統治の立場として誘拐などの法律は学んでいる。人間界にもそのような法律があるという事なのだろう。マキシバは何もしていないのに、ワシのせいで逮捕される可能性があるというわけだ。
最も、ワシは逮捕させる気など毛頭ない。
「顔を上げるのだ、マキシバよ」
奴は顔をゆっくりあげる。涙でくしゃくしゃだ。
女子に生殺与奪の権利を握られて不安なのだろう。
ならば――安心させてやるべきであろう。
「ワシの名を聞くがよい。ワシの名はリーヴ・ストラグヌス。
何千年も魔界を統治する由緒正しい魔王である。
そなたが抱える困難なぞ、ワシの手にかかればお茶の子さいさいじゃよ!」
――これで落ちない家臣はおらんからのぅ、きまったじゃろ!
ワシはかっこつけながら奴を見つめる。
奴はがたがた体を震わせた後――予想外の反応を示した。
「ぷっ……あはははははっ! 中二病のw 女の子w マジかマジかぁw」
「もしやそなた、ワシが魔王ではないと思っておるのか?」
「あはははっ! 思いませんよぉ、自分の体見てから言いません?」
マキシバはスマホとやらでワシの体を見せた。
くりりとしたまん丸の瞳。
幼さが残る顔立ち。
小柄で華奢な体躯。
ふむ、なるほど。これは確かに戯言をいう女子にしか見えん。
であれば、別の方法で魔王であると証明して見せよう。
「ワシの体を見ておくんじゃよ」
ワシは奴にそう告げてから、形態変化の魔法を口にする。普段なら一瞬で筋骨隆々の肉体を持つ魔王へと変化するところだ。
「……あれ? 変化しないな」
しかし、ワシの身体はちんちくりんのままだった。マキシバはワシを見つめながら「中二病美少女だ……実在したんだ」と意味不明な言葉を発している。
「なら、違う魔法を唱えるとしよう」
ワシは頭を切り替え、異なる魔法を詠唱する。
直後、ワシの両手に赤色の炎と透明な水が生成される。
宙に浮くそれを視認したマキシバはゴキブリの様な速さで後ろに下がる。
「ご、ごめんなさい! まさか本当に魔法が使えるなんて……っ!」
「いいから顔を上げよ。別に怒らんと言っとるじゃろぅに。というか、ワシはそなたを逮捕させたくてこの場所へ来たんじゃないわい」
「へっ……そうなんですか?」
ワシの言葉を聞いたマキシバはころっと語気を変える。
「はぁ……良かったぁ。てっきり、元カノの刺客かと思いましたよ」
奴の顔には安堵が浮かんでいる。
普通ならば、魔王の方が怖いはずではないのだろうか。
ワシは無性に元カノとやらの生物に興味を寄せる。
「元カノ……とはなんだ?」
「あ、あぁすみません。わかりやすくいうと、昔いた彼女のことです」
マキシバは彼女がいたようだ。元々いたということは、あれか。
何かしらの戦争で死んでしまったのだろうか。ワシが魔王になる前は人間との戦闘で家族全員、皆殺しにするみたいな非道も行われていたようだしこの世界で殺し合いが生じていてもあり得ない話ではないだろう。
「ほぅほぅ……そなたの彼女についてちょっと気になるなぁ」
ワシがそういった直後、玄関の方から音が鳴る。
何事かと思いながらワシが向かおうとすると、マキシバが動きを止める。
「もし、知っている人であればまずいですから。隠れててください」
「わ、わかった……」
奴の発言に従い、ワシは小柄な体を活かし棚に入る。
呼吸音を小さくしながら縮こまっていると、足音が聞こえてくる。
足音的にマキシバではないのは確実だ。
――では、誰だ?
「みつけましたよぉ~~私の愛しい愛しい、お人形さんっ!」
聞いた覚えのある女の声が鼓膜を揺らす。
もしやと思いながら顔を上げた直後、眩しい光が差し込んだ。
「見つけましたよぉ、リーヴちゃぁん。いや、さっきぶりですね、魔王様」
「シッシーか……その、なんだ。なんで両手をわなわな動かしている」
ワシはにんまりとほほ笑むシッシーの怪しげな手つきに言及する。
生々しい性的感情、劣情を含んでいるように感じられたからだ。
「決まっているじゃないですかぁ。美少女になる提案をした理由、それは私が美少女をかわいがる趣味があるからです! ほら、私に抱きしめられてください!!」
奴がワシの腕を引っ張る。痛みを感じながらワシが魔法で抵抗しようとするが肝心の魔法は発動しなかった。ワシが驚いていると、シッシーが右手の指を振りながら「チッチッチッ」と舌を鳴らす。
「残念でしたね。魔法に関してですが、実をいうと任意でいじれるんです。魔法で世界を侵略されたら困っちゃいますから」
――嵌められた。
ワシは初めて理解した。こやつの目的は、美少女としてワシを封じ込めつつ、羞恥心に悶えるワシを可愛がるためだったのだ。筋骨隆々の魔王となり、強者を倒すという夢がひび割れたガラスのように崩れていく。
「は……ははは……」
四つん這いで地面を見つめながら瞳から涙をこぼす。鍛え上げた肉体を失ったことによるショックはワシの精神を強く蝕んでいた。
こうしてワシは――力のない、人間として生きることになったのである。
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