幕間 彼女をネトルために俺がしなくちゃいけないこと【真ヒロイン登場】②

 俺は自宅から電車で三駅ほど先にある、一人暮らしの従兄弟いとこの部屋を訪ねる。

 そして、めり込みそうになるほどの勢いで、地面に頭をこびりつけた。


新一兄しんいちあんちゃんっ! どうか俺に●ックスのやり方を教えてくれ!!」

「帰れ」


 女を知るために、俺が頼ったのは従兄弟である。

 従兄弟は無論むろん、男だ。

 ここで何かしらの誤解を受けると面倒なのできちんと説明しておくが、別に彼の身体を借りて技術を習得しようとか言っているわけではない。


 俺が彼に師事をうのは、とある理由があるからだ。


「そんなこと言うなら、兄ちゃんが女性風俗で働いてることを伯母おばさんにバラすけど大丈夫?」

「お前っ! 脅迫きょうはくするつもりかっ!? ──ってか何で知ってる!?」

「さて、何ででしょう?」


 そう、従兄弟は女性とのまぐわいに関してのスペシャリストであるのだ。これを活用しない手はないと、俺は彼に弟子入りを懇願こんがんしている。


 彼のプライバシーに配慮して、その詳細については伏せさせてもらうが、従兄弟は女性をオルガズムに導くことを得意としている。俺はそのことを以前から知ってはいたが、親戚のよしみ、加えて武士の情けによって、これまでは誰にも口外することはなかった。


「頼むっ、この通りだっ!」


 しかし、今回に至っては切羽詰まっている。

 このままでは俺が琴吹をネトルとき、右も左も分からなくて、無様をさらすことが目に見えている。そうならないためにも、何としてでも彼から女性の扱い方を習いたい。


 俺は土下座の姿勢のまま、決して頭は上げずに「お願いします、どうかお願いします」と繰り返した。


「はあ……まあ、バレてるのがお前で良かったけど──」


 そんな俺の真剣な態度に、少なくともオフザケ半分な話ではないと理解してくれたのだろう。

 新一兄ちゃんは、やんわりと拒否する態度を見せてくる。


「確かに仕事をするにあたってマニュアルみたいなモノがあるにはあるが……それはまあ、お店の財産なわけだ。門外不出なわけだ。頼まれたからと、それホイホイと他人に教えるわけにはいかねぇの。分かるだろ?」

「そこを何とか頼むっ!!」

「だいたい、お前。何をそんなに焦ってんだよ?」


 すると新一兄ちゃんは不思議そうに尋ねてくる。


「お前たしか彼女ができたって言ってただろうが、その子と一緒にゆっくりと実践していけばいいことだろうがよ──ってか、俺から習うよりもそっちの方が絶対に良いぞ?」


 確かに彼の言う通りなのだろう。

 そういうことは信頼できるパートナーと共に模索する方が絶対に健全だ。

 だがしかし、俺にはそれができない理由がある。


「実は──」


 俺は地面に視線を向けたまま、ことの全てを新一兄ちゃんに話す。


 琴吹にフラれたこと。

 学校の先輩に彼女をネトラレたこと。

 それでも諦めきれずに、彼女をネトリ返すことを決意したこと。

 そのためには、女性の喜ばせ方をマスターしておきたいこと。


 それら全てを話し終えると、新一兄ちゃんは「そうだったか……」と一言だけ述べて、俺の肩にポンと手を置いてくる。そして痛いくらいにパンパンと叩いてくると、そのままグイッと俺の身体を起こした。


「とりあえず立て……いつまで地面にいつくばってんだよ、お前は」

「あ、ああ……」

「言っとくが、女性を喜ばすテクニックってのは、お前が考えているようなもんじゃないからな? 『楽しみだ』とかそういう甘い考えがあるなら、そんなもん今すぐ捨てろ。それでいいのなら──教えてやるよ」

「あっ兄ちゃん!」

「これはべつに、お前を従業員として指導するとかそういうことじゃない。ただ従兄弟に頼まれて、俺が個人的に悪い遊びを教えてやるだけなんだから」


 そう言って多くを語らず、頼り甲斐のある笑みを浮かべる従兄弟の姿に、俺は泣いた。「ありがとう、ありがとう……」と、彼に対して今までで一番の感謝の気持ちを伝える。

 どうやら俺は最高の従兄弟を持っていたようである


 やがて俺が泣き止むと、新一兄ちゃんが尋ねてくる。


「それでお前の彼女……琴吹ちゃんって言ったか? どんな娘なんだ?」

「ちょっと頭はゆるいが俺の女神さまだ」

「バカやろう、そんなことを聞いてんじゃねえよ。身長とか体格とか、外見の特徴を伝えろ──っていうか写真あるなら見せろ、似たような女を見計みはからってやる」

「へ? それって……」


 俺は、彼の言葉に素っ頓狂とんきょうな返事をしてしまう。咄嗟とっさには、その言葉の意味するところが理解できなかったからだ。


「なにを呆けた顔してんだよ。女を喜ばせたいんだろ? だったら肝心の女がいなきゃ話になんねぇじゃねえか」

「えっと……それは……、俺への指導のためにエッチなお姉さんをご用意してくれると、そういうことで……?」

「そういうことだ」


 俺は驚愕した。「え、まじで!?」


「マジだよ、マジ。お前も男ならウジウジ言ってないで『覚悟』を決めろ。言っとくが、お前の指導のために付き合ってもらうんだからな? 失礼な態度とりやがったら、俺がお前をぶっ飛ばす」

「そっそそそそれはもちろんっ! 誠心誠意、感謝の気持ちをもってのぞませてもらいますです、はい」

「ちったぁ落ち着け──そしたら俺は付き合ってくれそうな『心当たり』に連絡しておくから……都合がついたらお前に連絡する、予定は空けておけよ」

「ひゃいっ! よろしくお願いしますっ!!」


 そうして、従兄弟との話し合いには決着がつく。その予想外の結果に、俺ははやる気持ちを抑えながら、落ち着かない日々を送ることになった。


 そうして、その週末。

 俺は従兄弟から呼び出されて、彼の自室におもむくことになる。


──

──


「おう、来たな」

「き、来ました」


 自然な返事をしたくても、自然な言葉が出てこない。

 従兄弟の自宅へと入る俺は、明らかに緊張でガチガチになっていた。


「それで、その……お姉さんは?」

「ん? ……ああ、そうだな、まずは紹介しておこうか」


 俺が挙動不審きょどうふしん気味に尋ねると、新一兄ちゃんは何故か苦笑するような気配を見せて、俺を部屋の奥へといざなう。


 俺の足は、重たかった。

 まるで一歩一歩が重要な意味を持つかのように、神妙な気持ちをもって彼に続く。すると、あっという間に目的の部屋へと到着する。

 寝室である。


「失礼のないようにしろよ。お前を指導してくれる女性だ──」


 そう言って、新一兄ちゃんは寝室の扉を開いた。

 すると、やや薄暗い部屋の中、ベットの上に横たわる人影が目に入る。


 俺が緊張を隠さずに近寄ると、徐々にその姿がはっきりとしてきた。


「あ──」


 思わず声が漏れる。


 その人はとても綺麗なひとだった。

 均整のとれた眉目に、白く透き通った肌。

 赤みのさした頬を柔らかく緩めて、微笑んでいる表情は、とてもではないが表現の仕方が難しい。

 加えてその肢体は、とても妖艶な色気をまとっている。

 強調するべきところは主張して、控えめであるべきところは慎ましい。


 そんな女性が、あられもないポーズを取りつつ俺を見ている。


「あ、ああ……」


 俺は驚きに声を出すことができなかった。

 無理もない。

 だって、その人は美しい。美しすぎる。

 一目ひとめ見て分かった。

 その人の美しさは、およそほどに調ととのっている。


 フワフワとする心地の中、新一兄ちゃんの声が聞こえてくる。

 彼は咳払いを一つつくと、彼女の名前を告げた。


「紹介しよう。彼女の名前は『南極なんきょくいちご』さんという──」





「ラブドールじゃねぇかっ!!」





 絶叫が室内に響き渡った。

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