幕間 彼女をネトルために俺がしなくちゃいけないこと【真ヒロイン登場】③

 南極いちごさん。


 年齢は二十一歳。

 大学生であり、学部は経済学部。

 将来の夢は小説家になること。でも、恥ずかしいので書いた小説は公募に送るだけで、友人の誰にも見せたことはない。

 好きな食べ物はいちご。名前が一緒だから。

 嫌いな食べ物は納豆なっとう。臭くて食べられたものじゃない。

 好きな男性のタイプは──ひ・み・つ。


「──なんだそうだ」

「いや、設定を練り込まれたところで……」


 俺は淡々と彼女のプロフィールを語る従兄弟いとこの正気を疑う。そして、どういうことなんだと詰め寄った。すると新一兄ちゃんも悪いとは思っていたのか、苦笑しつつも、こうなった経緯を話してくれる。


「いや、最初は順当に、お前の指導を手伝ってくれる女の子を探していたんだがな──『童貞を相手にして本気になられたら困る』って言われた」

「ぐぬっ」


 そう言われると「そんなことはないぜ」とは言いづらい。自分のことは自分がよく分かっている。俺の『初めて』を捧げた相手であるならば、俺はその人のとりこになるだろう。


「単純なお前のことだから、それも大いにあり得るなと思ってな。俺も無理は言えんかった」


 新一兄ちゃんもそう言って同意する姿勢を見せる。なんだか、俺がまるでインプリティングされる雛鳥ひなどりだと言われているようで複雑な気分だ。


 そして新一兄ちゃんは「どうしたものか?」と考えた末に、次善の策として、この『南極いちご』さんの存在を思い出したらしい。


「俺の知り合いにな、彼女ができたからバレる前に早急に『いちごさん』を処分したいって言ってる奴がいてだ。捨てられるぐらいならと譲り受けてきた」

「え……ということは中古品……?」


 俺は思わず彼女の方に目を向けてしまう。


 とても綺麗な顔がそこにはあった。


 本当に綺麗な女性だ。思わずむしゃぶりついてしまいたくなるあやしさがある。しかし、彼女のその可憐な唇や、美しい乳房はすでに、見知らぬ誰かによって唾液だえきまみれにされているのかと考えるとゲンナリした。


 えぇー……こいつ中古かよ……。


 すると新一兄ちゃんが鋭い視線をもって、俺をたしなめる。


「それで? お前は琴吹ちゃんにも『こいつ中古かよ』みたいな視線を向けるつもりか?」


 言われてハッとする。


「そんなんで彼女の心を奪い返す……ネトリ返すことなんてできると思ってんのか? あぁん?」

「思わない……です」


 俺は意気消沈してしまう。

 新一兄ちゃんの言う通りだった。


「いいか? 女性ってのはお前が考えてるより敏感だ。自分が軽く見られてると見て分かる奴なんぞ、恋愛対象としては下の下だぞ。性技で女を喜ばせたいんだったら、まずはそのおごりをなくせ。女性はみんな愛くるしいんだ。意地でもそう思いこめ。

 これからお前は、いちごさんを琴吹ちゃんだと思って本気で向き合うことになる。技術的な面は俺が指導してやろう、それで身体は満足させられるだろうよ。けどな、肝心の心ってやつは結局、お前自身が踏ん張らねえとどうにもなんねぇぞ」


 彼の言葉をしっかりと心に刻みつける。

 その言葉は格言であった。


 もしかしたら俺は、心のどこかで傲慢ごうまんなところがあったのかもしれない。琴吹に無下に扱われてしまったからこそ、無意識に、彼女のことをおとしめたいという気持ちが残っていたのかもしれない。


「そういった煩悩をすべてかき消せって、そういうことなんだなっ、兄ちゃん!」

「いや、そういった煩悩はそれはそれで大事だから持っておけ」

「……難しいぜ、兄ちゃん」

「ようは本心は誰にも悟られないよう隠しておけって話だよ。少なくとも、見られたら困るような感情は絶対に女には見せるな。プレイボーイへの第一歩だぞ」


 新一兄ちゃんのアドバイスをしっかりと受け止める。

 そのようにして俺の性技指導が始まった──


──


「とりま、ク○ニしろよオラぁ」

「え、そこからなの?」

「いや、言ってみたかっただけ」


 実際の指導の様子については、読者も知りたいと思うところではないだろう。よって詳細は省く。いったい誰が、野郎二人の猥褻わいせつ講義を聞きたいと思うだろうか。


 いちごさんだけが唯一の潤いである。


──


「やっほー、新ちゃん来たよー」

「おーう、助かるー」

「え、あ、突然、綺麗でおっぱいの大きいお姉さんが、あわわわ……」

「童貞をレッスンしてるって言ったら『見てみたい』って言われてな」

「そうそう、女の私だからこそ言えるアドバイスもあると思うよー」

「あ、実施訓練はない感じで?」

「……この子、やっぱり新ちゃんの従兄弟だね」


 数ヶ月に及ぶ指導期間の途中、新一兄ちゃんの女友達が乱入したりもしたが……新一兄ちゃんと一緒になって、いちごさんとくんずほぐれつする俺を揶揄からかうだけに終わった。 

 しかし、本物の女性からアレコレと助言された経験は、確かに俺のスキル向上の役には立った。


 彼女にもまた感謝である。


 ──


「まあ……形にはなったんじゃね?」

「マジかっ! 兄ちゃんっ!」

「肝心の琴吹ちゃんに通じるかどうかは……相性もあるからわからんが……少なくとも、女慣れしないような奴の所作ではねえなぁ」

「うおぉおぉ……」

「いやはや……これでも童貞ってんだから、ウケるよな。俺もいったい何をしちまってんだか……」


 そうして辛く長い修行を経て、ついに俺は免許皆伝を得ることになる。すべてが終わったとき、俺は以前の自分にはなかった全能感を感じていた。

 今ならば空だって飛べそうである。


「新一兄ちゃん、本当にありがとう。俺……やってみるよ」

「おーう、上手くいったら焼肉ぐらいおごってくれよ──あと……もう一人、お礼を言うのを忘れんなよ」


 新一兄ちゃんに言われて向き直る。

 そこには、いつものように優しげな微笑みを浮かべる、いちごさんの姿があった。


 この数ヶ月間、彼女とは何度、身を重ねてきたかは分からない。本当に、本当にお世話になった。そうなると自然と、彼女と俺の間には何か大きなきずなのようなものがあるように感じられる。

 そして、その絆があるからこそ分かるのだ。

 彼女の目が言っている──


『ちょっと寂しいけれど……私も君のことは忘れないわ。その女の子のことを大切にしてあげてね』


 ──と。


「うん……うん! 俺やるよ、やって見せるよ、いちごさん!!」


 俺は目に涙を浮かべながら宣言した。

 俺は絶対、琴吹をネトルのだ、と。


 ──


 見事にインプリティングされていると言えなくもない。

 こうして長かった俺の性技修行の日々は終わりを迎えたのである。


 以上をもって、まことにくだらなかった幕間を終える。

 

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