第15話 つづいて協力者と計画を練る④

「そんな女のどこがいいわけ?」


 高梨からこれまた随分ずいぶんな物言いがつく。

 琴吹のどこに魅力みりょくがあるのかと問われていた。


 きっと、先ほど俺が一条先輩に対して同様の疑問を尋ねたことからの意趣いしゅ返しなのだろう。

 だが、俺としては今更な質問だったので正直に答える。


「顔」

「最低ね」


 そう言われても俺が琴吹を好きになった理由は『一目惚ひとめぼれ』なのである。パッと目が合ってビビーンっときたからには、それは相手の顔に惚れたといっても差しつかえはない。


 ──まあ、それ以外にも理由はつけられるが……


 しかしそれは、俺だけが知っていればいいことで、殊更ことさらに他人に吹聴することではない。俺が琴吹を好きであることには違いないから、対外的には『顔が好みだから一目惚れした』で通しても大丈夫だろう。


「だけど男って……未経験の女じゃないと許せなかったりするんじゃないの? ソイツはもうすでに『使用済み』なわけなんだけど?」

「むっ」


 すると高梨は、同じ女性の立場とは思えないような口のきき方をする。きっと俺の反応に不満を覚えたのだろう。わざと挑発している。


 しかし俺はあおりには乗らないぞという意味を込めて言ってやった。


「確かに、俺も男であるからには琴吹の処女が失われたことには苦しんださ……」

「処女いうなし、キモい」

「だがしかしっ俺は、たとえ琴吹が非処女になってもだなっ──」

「あーもう、ごめんって。謝るから聞かせないで、絶対にキモい」


 キモいキモいとうるさい高梨には構わずに、俺は語ることにする。


 それは男が求める女性への『処女性について』である。


 男というのはすべからく女性に処女を求める。

 これは本能だ。

 そんなことはないという野郎がいやがったのであれば、ソイツにはそもそも金玉がついてない(個人の感想です)。宗教を見てみるがいい、どれもこれも明らかに非処女よりも処女の方が格上で神聖だと言い切っている(これまた個人の感想です)。そして、世界や歴史という広い視点から見渡してみれば、処女か非処女かによって、女性の生死が分けられる事態だって発生しているのだから(これについては本当です)。


 ここまできたのであれば、『男は女性が処女かどうかを気にしていない』と言い張る方が滑稽こっけいだ。

 

 男は皆、当然のように、処女が大好きな一角獣ユニコーンなのである。


「さて、それが分かってくれたところで、俺がいかに苦しみもだえかについても想像がつくことかと思う」

「え、まだ続くのこれ?」

「俺は……俺は……できることなら琴吹の初めてが欲しかった──」


 そう。

 俺は彼女の初めての男になることによって、彼女を『俺色おれいろ』に染め上げたかったのである。私はあなた以外の男は知らないと、未来永劫みらいえいごうにおいてあなただけを見つめて生きていくと、そう言って欲しかったのである。


 だがしかし、琴吹は一条先輩にその初めてをささげた。


 そのときの俺の絶望たるや、並大抵のものではないことは重々理解してもらえることだろう。俺は三日三晩のたうちまわり、終わらない苦しみの中で、救いを求めていたのだ。


「そうして狂い乱れること三日目の夜、ついに俺は真理を得た」

「あーはいはい、それは何?」


 投げやりな合いの手が挟まれると、俺は頷きを言ってのける。






「他人の女を俺色にりつぶすってのも、それはそれで興奮しない?」






「キッショっ!!」


 高梨から最大級の侮蔑ぶべつの言葉をいただくが、俺は構わずに続ける。


「いや、想像してみたんだが……俺しか知らず、俺しかみてこなかった女の子から『世界で一番好きです』なんて言われたら、そりゃ嬉しいだろうが……なんかうそくさくないか? お前はそんなこと言って世界の何を知っているんだよ、って言いたくなる。

 だったら、いろんな男を経験した女性から『私が知る中でも一番の男よ』と比較検討された上で言われるのも、それはそれで最高なんじゃないかな……と」


 それこそが、俺が苦しみの中で見出みいだした、たった一つの希望だった。


 他人の色に染まった女を自分一色に塗りつぶす。

 だからこそ、自身が他より優れたオスであると実感が持てるのだ。

 その行為こそを『ネトリ』という。


 確かに人聞きの悪い発想であることは間違いないだろうが、その考えが浮かんだからこそ、俺はあの地獄のような苦しみから解脱げだつできたと言っていい。

 他には誰も、俺を助けてくれる者なんていなかった。


 よって誰にも否定されるいわれはない。


「うわぁ……」


 俺がそのように語り終えると、黙って聞いてくれていた高梨は、心底から軽蔑けいべつするような視線を俺に向けてから言う。


「ヤベー男がいる」


 ヤベー女からヤベー奴呼ばわりされてしまった。

 はなはだ不満である。


「まあ、そういうわけで。俺が琴吹を見限ることはあり得ないな。彼女には責任もって、将来、俺の子供を産んでもらう」


 高梨は絶句した様子でこちらをしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。


「……私さ、その琴吹とかいう泥棒猫に何か制裁を加えてやろうって考えてたんだけど……もう、いいわ。アンタがちゃんと寝取ることができたんなら……見逃すことにする」

「お? そりゃありがたいが、どういう心変わりだ?」

「ド変態に見初みそめられるとか……可哀想かわいそう


 失敬な奴だ。


──

──


 そのようにして話がまとまると、そろそろ遅い時間なこともあり、この場は一度解散することになった。

 高梨とは連絡先を交換し、計画のために色々とやり取りしあうことを約束する。これからはまた一段と忙しくなることだろう。


「ああ、そうだ。聞いてみたいんだが──」


 そして最後に、俺は高梨に一つの質問をする。


「なによ?」

「高梨の所感で構わないんだが、一条先輩は琴吹のことをどれぐらい好きなんだと思う?」


 それはこれまで、どうにも判別がつかなかった重要事項である。


 はたして、彼の愛は本物なのか?


 幼馴染である彼女の口から聞いてみたいと思ったのだ。

 すると高梨は、口をへの字に曲げて、不服そうに答える。


「彼女になってほしいって告白したぐらいなんだもの、それなりに好きなんでしょうよ」

「なるほどね……に──」


 答えを聞いて安堵する。だって、それぐらいの気持ちであるのなら、絶対に俺の方が彼女を好きだからだ。


 ──一条サトル、恐るるに足らず。


 俺は、何事にも恐れることのないような不敵な笑みを浮かべると言ってのける。


「琴吹は俺の女だ」


 かたわらから再度「うへぇ」という辟易へきえきするような声が聞こえてきた。

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