第14話 つづいて協力者と計画を練る③

 高梨と計画の詳細について詰めていると、不意に彼女の口が開いた。


「アンタに一応、伝えておくべきことがあるわ」


 はて、なんだろう?


 俺がのほほんとした態度で聞く姿勢を見せていたら、あからさまにため息をつかれてしまう。不本意だったので姿勢を改めると、高梨は「それでいい」と言わんばかりに尊大な態度をとり、それを伝えてきた。


「あんたの話を聞いていて、気になったんだけど……」

「うん」

「サトルが琴吹とかいう泥棒女をナンパから助けたって話──それ多分、うそよ」

「は?」


 予想もしない発言がなされて戸惑ってしまう。


 確かに俺は自らの事情を説明する際、いかにして俺が琴吹を奪われてしまったのかについても話をした。そこで琴吹と一条先輩とのめについても話したが、しかし、それが嘘だったというのはどういうことか、つまり琴吹は俺に虚偽を伝えていたということなのか?


 そのように尋ねると、高梨は「違う、そうじゃなくって──」と首を振ってから答える。


「その泥棒女はサトルに助けられたって勘違いをしているんだと思う」

「どういうこと?」


 しかし高梨の返答にさらなる疑問を覚えてしまい、俺は彼女からじっくりと詳細を聞くことにした。真面目まじめな顔で「話して欲しい」と懇願こんがんすると、高梨は一度、口にするのを躊躇ためらうような素振そぶりを見せるも、ついにはおもむろに語り始める。


「話を聞いていて違和感しかなかったんだけど……サトルがそんな見ず知らずの人間に──たとえそれが自分好みの女の子であろうとも、危険をおかしてまで人助けなんてするわけがないと思う」

「そうなのか?」

「ええ、絶対に自分が安全だっていう確信がないとそんなことしないわ。別に正義感がないってことはないんだけど……要はヘタレなのよ。そんな勇気の持ち合わせはない」

「はあ……」


 なんだろう。

 俺としては一条先輩には義理も恩義もあったもんじゃないので、すんなりと受け入れられるが、幼馴染おさななじみの元彼女にそこまで言われるのはどうなんだ?


 だから思わず尋ねてしまう。


「実は高梨は一条先輩のことが嫌いなんじゃないのか?」

「失礼ね。世界で一番好きに決まってるじゃない。ただそれが殺したいぐらいに好きなだけよ」

「ちっとも分からんが、分かった」


 そういうことにしないと、いつまで経っても話は進まないので、聞かなかったことにする。目の前のヤベー女の思考回路なんて解析したところで時間の無駄である。


「じゃあ琴吹はその勘違いとやらによって一条先輩に恩義を感じてしまったと?」

「そういうことでしょうね。実はさ──」


 すると高梨は「それっぽい話を聞いたんだけど」と前置きをつけて言う。


「なんでもサトルはさ、私に対する当てつけなのかなんなのか、数ヶ月前から新しい女を作ろうとしていたらしいのよ……」

「それは確かに聞いたな」


 一条先輩のクラスメイトの証言によれば、彼は一時期、手当たり次第に女性に声をかけていた期間があったらしい。こうして高梨との情報のやり取りを経て思えば、きっと彼は高梨が自分のところに姿を現す前に、新しい彼女を見つけておきたいと考えていたのだろう。


「新しい彼女を理由に君と別れようとしてたんじゃあないか?」

「多分、そうでしょうね。結局、私を前にしたら言い出せないところがサトルらしいんだけど──それでさ、そのときサトルの奴は街に出て『ナンパ』をしていたらしいのよ」

「ほう……ナンパを」


 別にその行為自体には難癖をつける気はない。

 健全な高校生であれば、そのように若い力を変な方向に向けて発散することだってあろう。要は世の女性の迷惑にならないように行えるのであれば、別にとがめられるような行為ではないのだ。

 しかし一条先輩は琴吹をしつこいナンパから救ったことにより、彼女から信頼を得ていたはずである。それなのに、その実、彼はナンパをする方の人間だったというからには、なんだかキナ臭いところを感じてしまう。


 そしてそれは予想通りだったと知る。


「私の古馴染ふるなじみの三人で街に繰り出していたらしいのよ。あとの二人はサブとヤスっていうのだけど、まあ名前はどうでもいい」

「それで?」

「うん、それでね。見知らぬ女に声をかけても泣かず飛ばず……まあそうでしょうね、あいつらに初対面の女性をどうこうできる技術なんてないもの。それで功を焦ったサトルたちは一つ、呆れるような悪巧わるだくみをしたらしくて──」


 そして高梨はその悪巧みとやらが何なのかを告げる。


「二人が強引に道ゆく女性に迫って、一人が通りすがりを装いながらそれを横合いから助けるって、そういう自作自演をしていたらしいのよ」

「それは……」


 それを聞いたとき、あきれて物が言えなくなってしまった。


 それはまあなんというか、思いついたとしても実践してはいけないたぐいの所業だろうと率直に思ってしまう。漫画なんかで時々見かけるようなナンパの仕方であり、つまりファンタジーであり、馬鹿馬鹿しくてなんと申せば良いのやら。


「つまりは……琴吹がそのマッチポンプみたいな手管てくだろうされたと?」

「さぁ? それが成功したのかまでは聞かなかったけど……多分そうなんでしょう。状況が噛み合いすぎてるもの。

 馬鹿な女よねまったく。そんなアホみたいな演技に運命感じちゃったんでしょう? 脳みそがお花畑なんじゃないの?」


 高梨が琴吹に対して随分ずいぶんな言い草をしているが、今回ばかりは申し訳ないが弁護する気になれなかった。

 琴吹には、ちょっとロマンチストというか、夢見がちな少女のような面が確かにある。普段の凛とした態度からのギャップが可愛いと思っていたが、ことこうなると、少しは自省じせいしてもらいたいと思うところだ。

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