第7話 まずは彼女と対話する④

「一条先輩ってどんな人なんだ?」


 本題は済んだとばかりに琴吹へと尋ねる。まるで気楽な世間話をするようにしているが、しかしそれは『次の策略』のために必要な情報収集であった。


 琴吹もなんら疑問をていすることなく答えてくれる。


 しかし、その際のやり取りを詳細に記載するとなると、俺の精神衛生にとても良くない。誰が好き好んで、自分の彼女を奪っていった間男まおとこの話を書き連ねたいものかよ。

 よって、要点だけまとめさせてもらう。


 いわく。


 琴吹と間男──一条先輩は、今からさかのぼること一か月前に知り合ったらしい。出会いのキッカケは、琴吹が強引なナンパに遭遇したのを颯爽さっそうと助けられたことに起因しているとのこと。


 んな漫画じゃあるまいし。

 

 色々とツッコミたいことはあったがグッと我慢する。

 がんばれ俺、負けるな俺。


 そうして出会っちまった二人だが、同じ学園に通う学徒であったことが判明すると、少しずつ交流を深めていくことになる。出会いが出会いであったこともあり、琴吹は一条先輩とふれあうたびに胸の高鳴りを感じていたのだという。


 そう、彼氏である俺に対しては覚えなかった、胸のドキドキをだ。


 琴吹は「まさか、これが恋って感情なのかな……って、戸惑った」としんみりとした様子で独白していたが──

 

 じゃかあしぃわっ! それは恋なんかじゃねえ! 心疾患しんしっかんだっ!!


 と、言いたくてしょうがない。

 泣くな俺、くじけるな俺。


 そのように、ゆっくりと逢瀬おうせを重ねていた二人だが、その日々の中で琴吹も、彼からの好意を感じていたという。すると「自分には彼氏がいるからダメだ」と思いつつも、段々と一条先輩にかれている自分に気づいたらしい。


 そしてついに、その日が訪れる。


 それは今から四日前のことだ。

 琴吹は一条先輩から愛の告白を受けた。そして驚きに頭が真っ白になりながらも、思わず「私も好きです」と了承してしまったのだという。その後は彼の導くままにホテルへと向かうことになり、ついには超えてはいけない一線を超えてしまったのだと──


 なんつうか、もう、吐きそうである。

 いや、これ頑張れねぇよ……俺。


 話を聞けば聞くほどにダメージが蓄積し、最後には撃沈してしまった俺である。だが、それでもなんとか踏み堪えた。こういう時はエロいことを考えるのがいい。ジョニーに助けを求めると、いさましい返事が返ってくる。『そんなことよりオッパイみたい』


 そうして、なんとか気を取り直すと言った。


「そうか……なんか悔しいな」

「……ごめんなさい」


 すると何を思ったのか、とってつけたような謝罪の言葉を吐く、琴吹。


 ──まったくだよ、こんちくしょう。


 そのようにして、情報収集の時間は終わる。俺はすでに疲労困憊ひろうこんぱいていであったが、それでも、もう一踏ん張りだと自身を叱咤しったして、彼女に告げた。


「琴吹さ、最後に一つだけ──」

「うん」

「さっきは格好かっこつけたけどさ……やっぱり俺も、そんなに簡単には割り切れそうにないんだ。だから、もうちょっとだけ、俺の心の整理がつくまで、君を好きなままでいさせて欲しい。大丈夫だ、きっとケリをつけるから」

「……うん」


 実に断りにくい台詞せりふを言ってやると、彼女は申し訳なさそうにして頷いた。


「そしてあとは……たまには声をかけてもいいか?」

「え?」

「実はさ、本当はこれが一番に言いたかったことなんだけど……俺は別れてしまったとしても友人として君と接したい──やっぱりダメか?」

「ううんっ、そんなことない!」


 そしてこれまた断りにくい要求をしてやると、いとも簡単に頷いてくれる琴吹である。勘繰かんぐるという行為を知らない娘で助かった。これで別れてしまったとしても、会話する接点がなくなるという事態にはならないだろう。


 そうして、彼女に告げておこうと思った事柄は全て伝え終わる。

 本当に苦しい戦いであった。


「ありがとう──今日からは恋人じゃなくて友達同士だな」


 そう言って俺は、やるべきことはやったと屋上の扉に手をかける。このまま、ここから去るつもりでいた。すると、唐突に「工藤くん!」と呼びかけられる。

 琴吹が改まった様子でこちらを見ていた。

 

「その……本当にごめ──」

「もう謝らなくていいぞ、俺は許してるんだから」


 笑って言ってやると彼女は「ぐぬ」と言葉を詰まらせている。

 すると、しばらくしてから「ありがとう」と笑顔でお礼を言われた。


 ──うーん、そんなうわつらな好意じゃなくて、心の底からのただれた情愛が欲しいんだが……まあ今日はこれでいいだろう。


 とりあえず、計画の初手が上々の運びとなったことを喜ぶ。

 俺は冗談めかしながら彼女に告げる。


「もし、一条先輩に泣かされるようなことがあったらすぐに言ってくれ。そんときは一発殴りに行ってやるから」

「うん、そのときは……けど、大丈夫だよ」

「そか」


 そうして俺は扉を開き、屋上を後にした。


 青空の下から急に屋内に入ったために、目が慣れておらず、とても暗い場所にいるように感じる。

 そんな薄暗い校舎の階段を下りながら、俺はおもむろに口を開いた。


「さて、お次は──一条先輩には『浮気』をしてもらうことにしよう」


 琴吹は大丈夫だと言ったが、俺としてはぶん殴る気満々なわけで。別れさせ工作において、男性の方に新しい女をあてがうのは定石じょうせきである。

 

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