第8話 素行調査

 俺が画策している策略とは簡単にいうと──


『一条先輩に浮気をおこさせ、それを琴吹に目撃させる』


 ──というシンプルな企みである。


 しかしシンプルとあなどるなかれ、これほど確実に男女の仲を引き裂く計略もまたないのだ。実現できれば高い可能性であの二人は破局する。


 そのためにも一条先輩にはせっせと新しい女づくりに励んで欲しいところだが、果たしてそう上手くことが運ぶのだろうかという不安はもちろんある。一条先輩の人となりはよく知らないが、もし彼が清廉潔白せいれんけっぱくな人間であるならば、琴吹からよそ見をすることはないだろう。


 しかし俺は、やってみる価値はあると考えている。


 なにせ話を聞くかぎり、一条先輩はそれなりにスケベである。なんといっても『告白したその足でホテルへ直行』なんてことを実行する御仁ごじんだ。世の中には色んな恋愛の形があるとは理解しているが、それでも彼からは俺と同じエロ男子校生の匂いがプンプンするのだ。その直感を信じることにした。


 多分、叩けばほこりぐらい出てくる。


 なかば確信のようなそれに突き動かされて、その日より俺は、徹底して一条先輩の背後関係を調べることにした。


 まずは基本情報のおさらいからである。


 一条サトル。

 俺や琴吹と同じ高校に通う三年生であり、一つ上の先輩だ。

 品行方正、容姿端麗、学業優秀と。高校生が周囲よりも目立つために必要な要素を全て備えている、ちょっと鼻持ちならない人である。


 ざっと調べたところで分かったのはそれぐらいで、それ以上は俺自身の手で素行調査をすることになった。


 まずは聞き込みから。


 主だっては三年生の校舎へと赴いて、彼の印象について、同学年の先輩たちに尋ねまわっていたのであるが、その結果として分かったのは、彼の交友関係は極めて狭いということであった。


 どうも彼には友達がいないらしい。

 誰に尋ねたところで、私生活に関わる情報を得ることができなかったのだ。


 女子生徒に聞けば「あー彼、イケメンだよね、お近づきになりたいって後輩が言ってたよ」なんて証言を得ることはあっても、男子生徒からは軒並のきなみ「仲良くないから知らん。付き合い悪いよなアイツ」と返答される始末である。


 彼が琴吹という後輩女子と交際していることすら、知っている者はいなかった。これはもう、よっぽど周囲を信用しない人柄ひとがらなのだろう。知己ちきと呼べるような人間にまったく行き当たることがないからには、そのような結論を下すしかない──と、思われた時だった。


 とある男子生徒から、一つの証言を得る。


「あー俺、アイツとは同中おなちゅうだったんだわ。っても全然仲良くないけどな。アイツはほら、なんか子供んときからの幼馴染グループ? みたいなのにベッタリでな、それ以外とは交流を持とうとしなかったよ。

 でもアイツ以外の面々は他校に進学しちまったからな。そんで少しは周りを見るようになるかなと思ったら、それでもアイツらは休日の度につるんでたらしい。結局アイツの高校生活は二年間、一人で過ごしてたみたいだな」


 貴重な情報である。

 これで少しは彼という人間の性根しょうねが見えてくるかと思われた。


 だがしかし、分かったことといえば、彼が学校内では極度の人見知りを発揮していたということ。なんというか、琴吹から聞いていた彼のイメージとはそぐわない。一条先輩に対して少し残念な印象が生まれた。


 そうなると、そんな隠キャな彼が何故、琴吹へと手を出すような真似まねに至ったかと、疑問が残ることになる。


 俺は何か事情があるのかと考え込んでいた。

 すると男子生徒から聞き捨てならない情報が付け加えられる。


「そういえばアイツ、その幼馴染グループの女の子で、ひとつ年下の美少女と付き合ってるって話を聞いたことあるけど、あれはどうなったんだろうな?」

「そのお話を詳しくっ!」


 ほら見ろ、埃が出てきたぞ。

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