黒40
「ほら。那由多。ごめんなさい、しよう?」
「…………正義くん。貴方は何を言ってるんですか?」
ニッコリと微笑みながら那由多はコテンと可愛らしく首を傾げて疑問を口にした。
まるで意味が分からないと不思議そうにしている。
「毎日、欠かさず、無理矢理、犯してゴメンなさい、って、しよう那由多」
「何故、それを私が正義くんに謝らないといけないのでしょうか?」
だろうな。
那由多は自分の正しさを何一つ疑っていない。
自分の行為は正しい。自分の行為にはちゃんとした罪を償わせるという正当性があると信じてるーー思い込んでいる。
それを暴く。それが俺が至った答えだ。
「私には悪人である正義くんを更生させる義務があります。正義くんが犯した罪を一生をかけて償わせなくてはならないんです。全てその為の行為です。私は間違ったことはしていません。私が正義くんに誤ることなど、ありません」
「そうだな。確かに俺は悪人で那由多は正しいのかもしれない」
「かもしれないのではありません。そうなんです」
那由多の言ってることは間違ってない。
「だがな」
しかし、間違っていなくとも間違っていることはある。
「俺がした事と、オマエがした事に……どれだけの差がある?」
「…………?」
キョトンと、まるで何を言ってるのか理解できないと、那由多は唖然とした様子で言葉を失った。
「確かに俺はオマエを騙して犯して処女を奪った。だが、オマエも俺のその行為をネタに何度も俺を犯しただろう?」
「何を言ってーー」
「そうだろう?俺は最低最悪のクズで、卑怯で卑劣な悪人で、平気で嘘をついて人を騙す嘘つきだ。オマエはそんな奴なのだから何をされても文句は言えない。罪人なのだから罪を償うのは当然のこと。そうやって正しさを振りかざして、罪で縛り付けて、抵抗を封じて、オマエは自分のヤリたいように好き勝手に俺を犯した」
「犯した罪を償わせるのは当然のことでしょう?正義くんはまるで私に非があると、そう言ってるように聞こえます。言うに事欠いて正義くんは何を言ってるんですか。私が好きで正義くんと行為に及んでいると?そんなわけないじゃないですか。それは必要な行為だからしているんです。私がしないと他のなんの罪も無い善良な方々に被害が及ぶから私が正義くんの穢れを吐き出させなくてはならないんです。これは必要な行為であって、決して私がしたいからしているわけではありません」
「理由なんてとって付ければいくらでも、どうとでもなる。なんとでも言える。だけどな。何をしたかっていう行動による”事実”だけはどうあっても変えることは出来ない。俺がオマエを騙して犯した事実とオマエが俺を好き勝手に何度も犯した事実は変えられない。そこにどんな理由があろうとも、それがどんなに間違ったことであっても、どんなに正当性があろうとも、そこだけは変わらない」
行動に対する理由付けは、結局のところ個々人の主観による価値基準でしかない。一般常識に照らし合わせた判断でしかない。それはそれぞれの視点で変化する。
だが、起こった事実は何があろうとも不変的な事実だ。
「俺がオマエを犯したことが罪だと言うなら、オマエが俺を犯したことも罪だ」
事実で持って理由を上書きする。
「那由多は酷いことをする。俺が罪を認めてることをいい事に、抵抗も反論も出来ないことをいい事に、何度も何度も自分の好きなように俺を犯したんだ」
潰せ。全部、等しく、黒く塗り潰してしまえ。
「俺とヤッてることが一緒じゃないか。俺が那由多を脅して、抵抗できなくして、犯した事と……オマエが抵抗出来ない俺を犯したこと、何が違うんだ?」
一緒だ。
ただ事実だけを切り取ってみれば、俺がヤッたことも、那由多がヤッたことも、そう大差ない同じことだ。
しかし、
「違います!」
那由多はそれを認められない。
「間違っているのは正義くんです。正しいのは私です。同じなんかじゃありません。正義くんが欲望のままに私を犯した事と、私が正義くんの穢れを搾り取る行為とでは、その意味合いがまったくの正反対です」
「いやいや、那由多ちゃんは俺を犯すの楽しいんでるよな?毎日、毎日、超重量のデカチチデカケツで上から押し潰して欲望のままに俺を犯してるんだから。それに那由多ちゃんに毎日限界を超えて搾り取られのはとても辛いよ。俺に犯されて辛い思いをした那由多ちゃん。那由多ちゃんに犯されて辛い思いをしてる俺。ほら、一緒だ」
「嘘です。毎日おちんちんガッチガチにして気持ちよさそうにびゅるびゅる出してる正義くんが辛い思いをしているわけありません」
「それは生理現象だから。男ってそんなもんだから。それを言うなら那由多ちゃんも初めてした時、初めてなのに何度もイキまくって気持ちよそうにしてたよな。そもそも辛い思いなんてしてなくて楽しんでただろう」
「それこそ生理現象です。正義くんのおちんちんが大きくて私の気持ちいいところに当たるから悪いんです。気持ちいい所を執拗にぐりぐりされたら気持ちよくなってしまうのは仕方の無いことです。楽しんでなどいません」
「そうか。でも、そうだな。やっぱり那由多も俺と一生だったんだな。那由多は俺に犯されたことは気持ちよかったが楽しんではなかった。俺もそうだ。那由多に犯されたことは気持ちよかったが楽しんではなかった」
「そうではありません。私は楽しんでませんでしたが、正義くんは楽しんでいます」
「なんで俺が楽しんでいたと言い切れる?オマエの勝手な想像でそう言うのなら。俺も俺の勝手な想像でオマエは楽しんでいたって事にするが?」
「正義くんの勝手な想像で私の気持ちを決めつけないでください」
「オマエの勝手な想像で俺の気持ちを決めつけるな」
「悪いのは最初に手を出した正義くんです。正義くんが罪を犯さなければこんなことにはならなかったんです。全部、悪いのは正義くんです」
「俺が犯した罪は1回だけ。それに対してオマエはどうだ?今日まで毎日、何度も罪を重ねてきた。俺なんかと比べるまでもなく多くの罪を犯したオマエが俺より罪が軽いと言えるか?言えるわけないよな。俺を罪人と言うなら俺より犯した罪が多いオマエは大罪人だ」
「だからそれは違うと言ってるでしょう」
「いいや。違わないね」
もはや不毛となった言い合いは続く。
あー言えばこう言う。こう言えばあー言う。
終わることの無い平行線の不毛な争い。
だが、これでいい。
これが俺の求めた答え。
「いい加減認めろよ」
「いえ正義くんの言うことは何一つ認められません」
「そうか……」
そろそろ決着をつけよう。
「なら、もうここら辺で終わりにしないか?」
「ようやく認める気になりましたか?」
「いや俺はオマエの言い分を認めない。そして那由多も俺の言い分は認めない。そうだろ?」
「はい。認められません」
「俺も認められない」
平行線の言い分は決して交わることは無い。
「那由多……もうそろそろ終わりにしよう。ヤラれたからヤリ返して、ヤリ返されたからヤリ返してたら、いつまで経っても終わりが来ない」
ヤッたらヤリ返されるのは当然のことだろう。
それは何処かで誰かが我慢をしなければ永遠と繰り返される。どうしようもなく不毛な負の連鎖。泥沼の水掛け論。
それを、今、終わらせる。
「那由多はごめんなさいのひとつも言えない。だけど俺はオマエを許すよ。オマエは俺の事を許さないかもしれない……だけど、俺はオマエと違って那由多が犯した罪を許すよ」
「私は……悪いことなどしてません……」
「そうだな。自分が悪いことをしているという自覚は無かった。那由多は知らぬ間に罪を背負ってしまった。だけど、それも全部、俺は許すよ」
「私は、罪を犯してなどいません」
「もう何も気に病む必要は無い。那由多の罪はもう全て許されたんだ」
「……………………」
「俺はオマエのことを許す。だけど那由多は俺の事を許してはくれないんだろ?」
「……私は」
「私は? 」
「……私は、それでも正義くんを許しません」
「それは残念だ。でも仕方ないな」
「…………私が貴方を許すことは無い」
「ーーで?俺の事を許せない那由多は、これからも罪を重ねるのか?」
「…………」
「許せないから……また罪を犯すのか?1度、許されたのにも関わらず、また同じ罪を繰り返すのか?」
「…………」
「そうやってこれからも生きていくのか?」
「…………」
「このままずっと、こんなことを続けていくのか?」
「…………」
「それは、随分と、まあ……」
「…………」
「苦しそうだな」
「ーーーーッ」
亀裂が走った。
これまで1度として崩れたことがなかった笑顔が、ガラガラと音を立てて崩壊する。
「あああああぁぁぁあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッッッッッーーーー!!!!!!!!」
絶叫と共に拳が振るわれた。
それは的確に俺の顔面を捉える。
走る衝撃と痛みに吹き飛ばされて床に仰向けに転がった。
飛びかかってきた那由多は俺のマウントを取り首元を締め上げる。
「私は私は私は私はッ!全部全部全部全部全部ッ!貴方が悪いのに貴方が悪いのに貴方が悪いのにッ!私は悪くない私は悪くない私は悪くないッ!」
首元を締め上げられたまま物凄い力で揺さぶられる。
その反動で何度も後頭部が床にぶつかり音を立てる
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでッ!貴方は私のモノなのにッ!貴方は私のモノなのにッ!何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故ッ!私が私のモノを私がどう扱おうと私の私の私の勝手でしょうッ!それが罪になるわけが無いでしょうッ!罪を犯したのは貴方!正しいのは私ッ!正しいのは私ッ!そう私が私が私が私が私が正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しいッ!それなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにッ!」
何度も何度も床に頭が打ち付けられる。
猛烈な痛み。
次第に意識が遠のいていく。
「私がッ!苦しんでいるはずなど無いでしょうッ!」
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