黒39



那由多は、今、何処にいるのか。


朝、目が覚めた時には既にいなかった。


テーブルの上に置かれた封筒。その中身には1万円札。俺に所持金は無い。私的財産を保有しておらず。おそらく那由多が置いた物で、食費か何かだと思われる。


そんな物をわざわざ残してることから緊急の事態とは考えずらい。なら、何か意図があって居なくなったのだろう。


普通に出かけているだけなら、俺を連れ回すか、何かしら言ってから外出するはず。現にどうしても離れなければならない時は俺に手錠とか、鎖とか……ゴホン。今回はそんなことは無く自由に動ける。


見捨てられた訳でもないのに自由を許されている。


となれば、現在、俺は那由多に監視カメラや盗聴器で見貼られているであろうことは間違いないと思っていい。


理由はちょっと分からないが、おそらくそれで合ってる筈。


そして、俺が何かしでかしたら直ぐにでも制圧できるように割と近くに居て監視してるのではなかろうかと予想。



そうすると那由多の居場所は……。



ハッと閃く。そういえば、隣の部屋。日常生活を送るこの部屋の隣の部屋に那由多は入っていったことがあった。


那由多が借りたと思われる用途不明の謎の隣の部屋。俺は中に入ったことは無く、中がどうなっているのかは分からない。



兎にも角にも那由多に会いたいので、ダメ元で隣の部屋に行ってみようと思う。



玄関から外に出て隣の部屋へ。


チャイムを鳴らすか?いや、鳴らしても反応はなさそうな気がする。


玄関のドアノブに手をかけて捻るとなんの抵抗も無くすんなり回った。


鍵はーー掛けられていない。


そろりと静かに扉を開ける。


扉が開いて隙間が出来た。


その隙間から中の様子を伺う。





目と目が会った。





「うぉわぁっっ!?!!」





突然のことに驚きその場で尻もちをついてしまった。





「どうしたのでしょう正義くん。そんな大きな声を出して」





ドアの隙間から顔半分だけ見えたそれは紛うことなきニッコリ笑顔の白井那由多の顔面であった。


どうやらドアの真裏に居たようである。それでドアを開けて中を覗いたらバッチリ目が合ってしまったようだった。まったく気配を感じなかった。心臓に悪い。



「はあ……。急に可愛い顔が出てきたからビックリした」


「あら。そうでしたか」



見事に出端をくじかれてしまったというかあっさり会えた。結果オーライ。気を取り直して立ち上がる。



「急にいなくなったから不安になった」


「ふふっ、正義くんは私が居ないとダメなんですね」


「そうだな。俺にはオマエが居ないと、もうダメだ」


「それはよかったです」



微笑む那由多はただただ可愛い。今すぐ押し倒してしまいたくなる。



「それで?なんで、急に居なくなったんだ?」


「会えない時間が想いを育むーーなどということを聞いたので、試していたのですが……あっさりと見つかってしまいましたね」



微笑みを絶やさないまま那由多は扉から出てくる。


出てくる際に扉の隙間から部屋の中がちらりと見えた。


そこには驚愕の光景が拡がっていた。


部屋の中は壁から天井までビッシリと写真が貼り付けられていた。奥の方はあまり見えなかったが、それは扉の裏にまで貼り付けられており、そこはちゃんと見えた。貼られていた写真全てが俺の写真だった。


我が家の隣の部屋は一体どんな魔境になっているんだろうか……。



「見つかってしまっては仕方が無いので、戻りましょうか正義くん」



扉を閉めて鍵もしっかりと閉めて那由多は俺の手を取って俺の部屋へと向かう。


俺はその手に引かれて部屋に戻った。











「話があるんだ」



那由多と改めて向き合い口火を切った。



「話……ですか?」


「ああ、改めて那由多とちゃんと向き合って話し合いをしたいと思った」


「そうですか」



那由多は静かに微笑む。思わず見とれてしまいそうではあるが、それと同時に言葉では言い表せない圧があった。


今更、話し合うことなどあるのかと暗に語られている気がしたが、ここで怖気付くわけにも行かない。



「まずは……ちゃんと謝りたいと思った。卑怯な手で無理矢理処女を奪ってしまって本当に申し訳ありませんでした」



誠意を込めて、深々と頭を下げる。額を床に擦り付けて土下座した。



「謝らなくても大丈夫ですよ。謝られたところで取り返しの着くことではありませんので、私は絶対に正義くんを許しません」



無情にも誠心誠意の謝罪は容赦なく切り捨てられた。


いや、これは分かっていたことだ。この謝罪は俺の悪行へのケジメだ。



「わかってる。謝っても許されないことをしたのはわかってる。取り返しのつかないことだったっていうのは重々承知してる。那由多が許してくれないこともわかってる。でも、しっかりと謝って起きたかった」



なら言って自分の中で満足したかっただけか?


いや違う。


ここで終わりじゃない。



「心掛けは良いと思います。ちゃんと謝れて偉いですよ正義くん。それと許すかどうかは別問題ではありますが」


「俺も許されると思って謝ってない。謝っておきたかった。それだけなんだ」


「そうですか」


「それじゃ那由多。俺はちゃんと謝ったからーー」




ここからだ。



ここから、もう一度……。




「……次は那由多が俺に謝ろっか?」









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