29



天使と悪魔の戦闘力は割と拮抗していた。


だが、捕らえる側の白井に対して逃げる側の村崎がやや有利にも見える。


村崎は最終的にヤリたいことだけヤッて満足したらバックれればいいだけだ。それに対して村崎を捕縛し血祭りにあげたい白井はバックれられる前に捕まえなければならない。


いや……血祭りて……。


飛び交う罵声。煽り合い。ついでに白井の手から頻繁に投擲される銀のナイフ。吸血鬼に特効がありそう。的確に村崎の足を狙っている。機動力を奪おうという魂胆か。しかし、村崎はひらりひらりとそれを避ける避ける。当たりそうな気配は無い。



「そんなの当たらないよぉー、だっ!」


「拉致が開きませんね」



闘争の行方や如何に。



……いや、だからバトル漫画じゃないんだから。



もうなんだか大分慣れてきたところはあるんだけど。そろそろ電流を止めて貰えないかな?と思う俺である。



「なるほどなるほど。大体現状は把握出来たかなぁ……。あっ!そうだ!面白いこと思いついちゃったっ!」


「…………?」



ボケっと現実逃避しかけていた俺。突如として何かを閃いたらしい村崎が駆け寄ってくる。



「えーいっ♡」


「…………ッ!?」



駆け寄ってきた村崎は勢いそのまま、あろうことか俺に抱き着いてきた。


突然のことだったが「急に何しやがる!」と振りほどこうと試みるも……黒田は身体が痺れて動かない!←



「黒田くんから離れなさいッ!」


「はい!那由多ちゃんストップ!ダメダメ!動いちゃだぁめ!」



村崎は俺の首に腕を回して、盾のように白井に向けて構え、待ったをかけた。



「それ以上、近づいたらァ……」



ペロリっ。



頬を伝う生ぬるい感触。



「零菜、黒田にキスしちゃうかもぉー!」


「…………ッ!」



何言ってんだコイツ?とは思ったが、村崎のトンデモ発言は白井に対して絶大な効果を発揮した。


時が止まったように白井の動きがピタリと止まる。



「あはっ♡とまっちゃったねっ!なになに?そんなに零菜と黒田がちゅっちゅっするのイヤだったのかなぁ?やっぱり、そうなんだぁ?那由多ちゃんは黒田が好きで好きでしょうが無いんだねぇ?」


「……そういう訳ではありません。ですが、黒田くんは私のモノです。触れないでください。今すぐ離れなさい」


「そうなの?好きじゃないの?それならよくない?那由多ちゃんに関係なくない?零菜と黒田がキスしてもいいでしょ?ねえねえ、くろだぁー。零菜とキスしよーよぉ!零菜ね……まだキスってしたことないのっ!黒田とのキスがファーストキスだよ?ねっ?嬉しいでしょぉ?零菜みたいな美少女のファーストキス貰えちゃうとか宝くじ当てるよりラッキーなことだよ?だから、ほぉらっ、キス、しよ?」


「やめなさいッ!」


「ごめんごめん!ウソウソー!冗談だってばっ!零菜がこんなキモいゴミカス男とキスするわけないじゃんっ!黒田とキスするぐらいならドブで歯磨きした方がマシでしょー!なになに?そんなに怒ってどうしちゃったの?可愛い顔が台無しになってるよ?まさか那由多ちゃん本気にしちゃったの?ヤダー!頭おかしー!」


「…………ッ。…………ふぅ。…………おかしいのは村崎さんの頭でしょう?とにかく黒田くんから離れて貰えますか?離れてください。離れなさい」


「やあぁだっ♡」


「離れなさいッ!」


「はぁ……。もお、しょがないなぁ……。わかりましたー!離れマース!でも……その前に那由多ちゃんちょっと後ろ向いてもらえる?」


「…………何をするつもりですか?」


「別にぃ?なんもしないよぉ?ちょっと!ちょっとだけ!ほんの少しだけ後ろ向いててくれるだけでいいから?ね?おねがぁいっ♡」


「わかりました」



白井が村崎の指示に従い背を向けた。


その瞬間に村崎は動く。



「はい、残念♡」



眼前に迫る村崎の顔。



唇に、柔らかい感触が押し付けられた。





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