14



視線を感じる。


怒り、蔑み、嫉妬、羨望、etc……。その感情は様々だ。その彩り豊かな視線の中に異物が混ざっていた。


ふと、視線をさ迷わせると、まるで何かに引き寄せられるかのように、示し合わせたかのように、ソレと視線がピタリと重なった。


”その女”と目と目が逢う。


瞬間。その女の口元が闇夜に浮かぶ綺麗な三日月の様に歪んだ。


その女は心の底から愉快そうに愉悦に溺れた表情を見せーーそして、瞬く間に人混みに紛れて消えた。


背筋に薄ら寒いものを感じる。


嫌な予感がする。


あの女がこの状況を見て何も行動を起こさない筈は無い。


絶対に余計な真似をすると、俺の中に信頼にも似た確信があった。


アレはそういう女だ。


気が思いやられる。



「…………チッ」


「黒田くん?どうかなさいました?」


「……ん?えっ、ああ、いや、別になんでも無いが」


「そうですか?」



俺の心情を目ざとく嗅ぎ取ったのか。白井はこちらを気遣うように声をかけてくる。



「それで、黒田くん。どうかなさいました?」


「…………。いや、だから、何でもないけど」


「そうですか」



ニコッと微笑む白井。



「さて、黒田くん。どうかなさいました?」



あっ……。これもしかしてなんかスイッチ入ったか?台詞がループしてる。



「黒田くん。どうかなさいました?」


「だから、なんでも無いが」


「そうですか。どうかなさいました?」


「…………」



白井は微笑んでいる。しかし、目が笑ってないように見えた。



「ねえ。黒田くん。どうかなさいました?」



これちゃんとした答えを返さないと永遠とこのままか?



「……ちょっと知り合いと目があった。だから別に特に気にする事じゃないから」


「そうですか。黒田くんみたいな最底辺の人間にも知り合い程度の関係の人がいらっしゃったんですね。驚きです。それで、そのお知り合いさんは男性ですか?それともまさか女性ですか?」


「一応……性別は女だな」


「そうですか。女性の方でしたか。それは一体どなたでしょう。このクラスですか?別のクラスですか?お名前は?何処で知り合って、どれくらいの関係でしょうか?週に何回会いますか?今まで何回会いましたか?話をした回数は?何文字程度の会話のやり取りをしましたか?」



急に早口になった白井は笑顔を崩さないまま矢継ぎ早に捲し立ててくる。


ぶっちゃけこれは怖い。というかドン引きである。



「おい待て。だから、知り合いってだけだから。そこまで聞くような相手じゃないから」


「その女性の容姿はどうでしたか?黒田くんはその人を見てどう思いましたか?普通?醜い?可愛い?美人?汚い?醜悪?気持ち悪い?可憐?華やか?儚い?奇妙?身長は?体重は?スリーサイズは?髪型は?髪の色は?目の色は?鼻の形、耳の形、口の形は?唇の色は?腕の長さ、足の長さは?手の大きさは?足のサイズは?誕生日は?成績は?運動神経は?得意科目は?苦手科目は?好きな物は?嫌いかものは?趣味は?休日の過ごし方は?家族構成は?お住まいは?幼少中学校の出身は?あとは……」


「待て待て待て。ちょっと落ち着け白井」



白井の口が回る回る。ニコニコとしながらも、やはり目はまったく笑ってないし。白井の手は俺の襟首を掴んで顔と顔の距離がほぼゼロ距離まで詰められる。


覗き込むコバルトブルーの瞳に写る黒い瞳が動揺と困惑に揺れていた。


どうすんだこれ。とりあえず知ってることを答えるしかないか?おそらく白井が満足する答えを得るまで解放されない。


そう思い、口を開きかけたところでブルブルとポケットに閉まってあったスマホが震えた。


この震え方的に着信では無くメッセージの受信だろうけど……。



「黒田くん。今、黒田くんの、スマホ、震えましたね?」



気が付かれた。


おそらく、密着した身体越しにスマホの振動が伝わったのかと思われる。



「スマホ、出してください」


「…………」



言う通りに俺はポケットからスマホを取り出して白井に渡した。


白井は受け取ったスマホを操作を始める。暗証番号は白井の誕生日に変えられているスマホはなんの抵抗もなく情報を開示する。



「メッセージですね。連絡先は私のもの以外は消したのですが……ああ、電話番号で送れるやつですか、なるほど。そうですよね。相手が黒田くんの番号を知っていれば送れますよね。これならば全部着信拒否にしておけばよかったですね。着信拒否ならメッセージも届きませんよね?」



笑顔を絶やさない白井だが、その笑顔にはありありと「忌々しい」と書いてあるように思えた。



「それで……黒田くん?これは、誰からの、メッセージ、でしょうか?」



画面が見えるように突き出される俺のスマホ。そこにはこう書かれていた。



『放課後、静かなところでぇ。いつもみたいに2人っきりでオ・ハ・ナ・シしよっ♡♡♡』



それを見た瞬間に悟る。


思わせぶりな内容だが、これはタチの悪い悪ふざけに他ならない。


こんな悪趣味でふざけた内容のメッセージを送ってくる奴はあの女ただ1人。


あの女……このタイミングでなんてモノを送ってくるんだ。



「で」



ゾッと背筋に冷たいものが走った。



「このメス……なに?」












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