06
「まずはスマホを貸してください」
食後。
ソファに俺と白井の2人、並んで腰をかける。白井は当然のようにピタリと身体を寄せてくる。相変わらずいい匂いがするし、押し付けられるデカチチがとても柔らかい。
『今日はやることがたくさんある』
食事中に白井はそう言っていた。今日は1日イカれた言動が際立つ白井。そんな彼女は食後に一体何をするのかと不安に駆られていたが……。
「ほら、黒田くん。スマホ、出してください」
にこりと微笑みながら白井はスマホを出せと催促してくる。
”今はもう”見られて困るものがある訳でも無い。
たが、普通に嫌なんだが……。何故、白井にスマホを貸さなくてはならないのか。
「にっこり」
「…………」
断りたいところではあったが、白井の笑みには有無を言わせぬ圧があった。そも元より俺に拒否権は無いが。
俺は無言で自分のスマホを白井に渡した。
「はい。ありがとうございます黒田くん。あっ、ロックがかかってますね。暗証番号は何でしょうか?」
「……『9999』」
「雑な暗証番号ですね!むむむっ、今度は指紋認証が必要なんですね。はい。黒田くん手を出してください」
俺が答えを返す前に白井の指が俺の手を取る。
しなやかな指。滑らかな肌。ほんのり暖かい体温。
手の形を確かめるように、白井は俺の手を優しく撫で回した。
「んっ……。この手……黒田くんの手……。昨日、私の身体の隅々を弄り回して、嬲って、弄んだ……とっても悪い子。とってもとってもイケナイ子……」
僅かに、熱っぽい声を漏らしながら撫で、終いには頬擦りまで始める。白井の頬はモッチリスベスベしてて手触りは最高だった。
「手癖の悪い最低な黒田くん。そんな黒田くんに触れられたら、皆さんとっても不快な気持ちになってしまいます。だから、もう、私以外の人に触れてはいけませんよ。いいですね?」
聞き分けの悪い子供を諭す聖女のように白井は言う。
そんなの無理だろうと反論しかけるが、おそらくその反論が受け入れられる事は無いだろう。俺は口を噤んだ。
しばらく俺の手を堪能した白井は名残惜しげに自分の頬から俺の手を離した。
指にスマホに押し当てられる。ピロンと電子音と共に俺のスマホのロックが解除された。
俺にも画面が見えるようにしながら、白井は俺のスマホを操作していく。
「まずは私がいつでも使えるように指紋認証は無くして暗証番号だけにしてしまいましょう。それに暗証番号も変えてしまいますね。新しい番号は『1024』です。私の誕生日の10月24日です。覚えやすいですね」
俺のスマホの暗証番号は白井の誕生日となった。
「次は連絡先ですね。ふむふむ……私の知らない人ばかりですね……あっ、クラスの人も何人か……なるほど……。とりあえず必要ありませんから全部消しますね!」
一つ、一つ、登録されていた連絡先の電話番号が白井の手によって削除されていく。保護者も、バイト先の関係者も、学校の関係者も、残さず、全て。
「はい。これで綺麗になりました!最後に私の連絡先を登録しておきます。ほら、見てください。黒田くんのスマホの連絡先は私だけになってしまいましたね。これで私以外の人と連絡はとれませんね。いいですか?今後、新しく他の人の連絡先を登録してはいけませんよ」
まっさらになった電話帳に白井那由多の名前だけが刻まれた。
「メッセージアプリの方も私だけにしますね」
続いてメッセージアプリに登録されていたものも全て削除され、トークの履歴も軒並み消され、そして、白井の名前だけになる。
「一応、あまり使ってないようですが、メールの方も削除しましょう」
片っ端から他者との連絡手段が消されていき、やり取りが出来るのは白井だけにされていく。
「ふう、これで全部綺麗になりましたね!」
全て終えて、やりきったとばかりに白井はにっこり笑ってみせる。実に清々しい笑顔だ。
「あとは監視アプリをダウンロードして……メッセージとメールの転送も設定して……位置情報も共有して……画面の共有に、音も拾えるようにしましょう」
白井は自分のスマホを取り出し、両手にスマホを持って、器用に2つ同時に操作する。
俺がスマホを操作すれば、自分のスマホで何もかもが分かるように設定されていく。
着信がアレば通知が飛び、通話をすれば内容が把握され、メッセージのやり取りは全てが見える。ネットに繋げれば閲覧したものを把握される。位置情報も共有して何処にいるかもすぐに分かる。
その一連の作業は俺の目の前で、俺の見ている所で行われた。
「こんなところですね。それではスマホは黒田くんにお返ししますね!はい。貸してくださって、ありがとうございました」
白井の手から俺の元へと戻ってくるスマホ。
当然ながら見た目に変化は無い。
しかし、その中身はついさっきまでとは違い、大きく変質してしまった。
暗証番号ーー白井の誕生日である『1024』を入力してスマホを立ち上げる。
綺麗に中身は消され、まるで新品のようになってしまった。その中に残るのは白井那由多のみで、今後、それ以上増えることは無い。
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