05
「安心してください。黒田くんの生活費は私が全て払います。家賃も、食費も、電気代も、水道代も、ガス代も、携帯料金も、全て私が払いましょう。欲しいものがあるなら言ってくれれば私が買ってあげます。だから黒田くんが心配する必要は何もありませんよ」
人類に救いを与える女神のような温かみ溢れる笑みで白井はそう言った。
一体、何を言っているんだ、この女は……?
白井の発言に頭が全く追いつけない。まるで意味がわからない。
「……ちなみに、その財布とかを渡したら、それはその後、どうする気なんだ……?」
「必要ありませんので、処分ーーは、流石に問題になりそうなので……そうですねぇ。募金してしまいましょうか!黒田くんの全財産募金しましょう!それがいいです!それなら生きてる価値もない黒田くんでも少しは世のために役に立てますね!とっても良いことです!」
そんなの、いいわけあるはずがない。
全財産を募金?無一文になれと?それで生活費云々は全部白井が支払いをすると?
有り得ない。
それを実行したとして、本当に白井が金を出すのか?無一文になって白井がその宣言を反故にしたら路頭に迷う。生殺与奪を握られるようなものだ。むしろ、そうして俺を陥れる事が目的なのか?そうだったとしてもやり方があまりにも雑すぎる。全財産募金しろなんて無茶苦茶すぎる要求だ。
仮に白井の宣言が本当だとしても、この女に男子高校生1人分の生活費を賄える財力があるというのか?その出処は?自分で働いて稼ぐのか?
思考が巡るが、白井のあまりにもイカれた発言に混乱させられて、もう、何もかも意味がわからなくなってくる。
「む、無理だろ、そんなの……」
「そうでしょうか?むむむっ、世のため人のためになる素晴らしい案だと思ったんですが……。人の心を簡単に踏みにじる黒田くんとしては募金で人の役に立つことをするのに抵抗があるんですね。それなら仕方ありません。黒田くんの全財産は処分しましょう」
「無茶苦茶だ」
「…………?ああ!黒田くんはもしかして私が黒田くんを貶めようとしているとでもお思いなんですか?昨日、私のことを無茶苦茶にした報復として私が黒田くんを酷い目にあわせようとしていると考えてますか?もうっ、黒田くんたらっ!私が他人に黒田くんみたいな酷い仕打ちが出来るわけないじゃないですか!」
ぷんすこっ、と、冗談交じりに頬を膨らませて起こる白井は非常に愛らしく可愛い。
「黒田くんの所持金は悪いことをして稼いだお金ですよね?そんな汚いお金を持っていたらいけませんよ。それに黒田くんは自由に出来る資金があれば、それで悪いことをするんですから。やっぱり黒田くんにお金は持たせられませんね」
俺の所持金は普通に働いて稼いだ真っ当な金だ。非合法な手段で稼いだものではないが、それを否定できる材料は俺には無かった。
俺は……悪人で、犯罪者なんだ。
白井の言動に含むところは一切無かった。
純粋無垢な天使のように、真っ直ぐに正面から俺の罪を押し付けてくる。
天使様の下す裁きに容赦は無く、手心は欠片も存在していない。
ーーーーー
白井と2人で俺が住まうマンションの一室へと帰宅した。そこでようやく組んでいた腕が解放された。白井はとても名残惜しげな表情をしていた。終始密着していたというのに、まだくっついていたいのだろうか……。
いや、そもそも腕を繋いでたのはくっつく為じゃなく俺を逃がさないためだったのでは……?兎にも角にも余計なことは言わないでおく。
「それでは私は晩御飯の支度をしますので、黒田くんは私の目の届く範囲に居てくださいね」
「何か手伝うか?」
「その必要はありません。私の目の届く範囲でしたら、くつろいでくれていて構いませんよ。私の目の届く範囲に限りますけど」
大事なことなので通算3回言った。
1度言わたら分かる。だが、そこら辺の信用も0なんだろうな。
特にすることもないので白井を眺める。
テキパキと夕飯の支度を始めた白井。随分と慣れた手つきで料理をしていることから、普段からやってる事なんだろうと伺えた。
確かに、昼に食べた白井の手料理は美味かった。結局、あの白い物体が何なのかは分からなかったが。
なんの事情もなければこうして見ると甲斐甲斐しく世話を焼きに来た通い妻のようだ。というかやってることは完全にそれだ。
聖女様の手料理にありつける幸福感と、犯した誤ちに対する罪悪感、そして、白井の思考がさっぱり分からない。それはイカレてると表現してもいいかもしれない言動……それに対する気持ち悪さや恐怖感。
そんな様々な感情が入り交じって……ぶっちゃけ少なからず吐き気を催す。
「さあ、出来ましたよ黒田くん。今日はやることがたくさんあるので、パパっと作りました!カルボナーラとサラダです!」
それはホワイトソースたっぷりの真っ白なパスタだった。その真っ白なパスタには所々刻んだベーコンが赤い染みのように点在している。
白井の手料理は店で金をとっても良いぐらいには美味かった。
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