02
「おはようございます、黒田くん」
「…………おはよう……白井、さん」
ぽつぽつとクラスメイトが登校し始めた朝の教室。
白井は何食わぬ顔で俺に挨拶を投げかけてきた。予想外の言動に一瞬、思考が飛んだが、努めて冷静を保ちながら答えた。
前日、俺は白井を脅して白井の初めてを奪った。
そして、約束通り白井を脅す際に使ったクラスメイト女子達のあられもないコラ画像は綺麗さっぱり消去した。
それで終わり。終わりにする筈だった。
これっきりで金輪際、二度と手を出さない。そうする筈だった。
白井からすれば自分を卑怯な手を使って犯した相手と話したくもなければ顔も見たくないだろう。なんだったら前日の1件で精神的に病んで不登校になる可能性すら考えていた。
しかし。
白井は何も変わっていない。
普段通りの温和な雰囲気で、天使のような優しげな笑顔を浮かべている。
あまつさえそれをこの俺に向けていた。
有り得ない反応だと思った。
「黒田くんにお話があります」
「…………なんだ?」
まさか、ここで昨日の事を言いフラすつもりか?
…………まぁ、その時はその時だ。俺がヤッたことは紛れもない事実。言い逃れするつもりは、無い。
「黒田くんは最低のクズで、卑怯者で、ケダモノで、嘘つきです」
「そうだな」
異論は無い。
辛辣な言葉を発しながらも白井はニコニコと笑みを絶やさない。それに言い様のない不気味さを感じる。
「それで?」
「だから、私、決めました。これから黒田くんの事は私が責任をもって管理します」
にっこりと女神のような笑顔で白井はのたまった。
………………は?
「…………は?」
思わず声が漏れる。
管理?
いや待て何がどうなったら、そういう結論に至るんだ。意味がわからない。
「どういう事だ。それ……」
「黒田くんの様な危険人物を放置してはいられないと思いました。黒田くんは周囲に危害を加え、被害を出します。それを放っておくことは出来ません。だから、もう私のような被害者を産まない為にも黒田くんのことは私が管理して、見張ります」
「いや待て……もうあんな真似しないし、白井さん以外にする気は無いが……?」
「黒田くんの言葉は一切、信用出来ません。1度、罪を犯した者が同じ過ちを繰り返さない保証が何処にありますか?それが黒田くんの様な最低な人なら尚更です。だから黒田くんの新たな犯行を未然に防ぐのが私の役目なんです」
「…………」
正論だ。言ってることは分かるし、何も反論は出来ない。
だが、分からない。何故それを被害者である白井自信の役目とするのか、そうしようと思ったのか、理解が難しい。
「……そんなことをしなくても、単純に俺を警察にでも突き出せば良いんじゃないか?」
「それはダメです」
何故?
「被害者である私は、加害者である貴方をーー」
聖女、天使、女神。
様々な異名を持つ彼女ーー白井那由多は変わらぬ微笑みを崩さずに告げる。
「絶対に許しません」
これが俺の罪に対する罰なのか。
「分かりましたね?」
「ああ…………分かった」
ならば俺は甘んじて贖罪に身を投じるのみ。
それ以外に俺の選択肢は無かった。
ーーーーー
「黒田くん。お昼ご飯一緒に食べますよ」
昼休みに入るや否や白井が俺の元までやって来た。
白井の発言を聞いたか周囲がザワ付き色めき立つ。
その女神の様な容姿と、聖女の様な性格と、淫魔の様なバカでかい胸で、白井は男女共に人気だ。その存在はクラスのみならず学園内でも非常に目立ち広く知れ渡っている。噂じゃ、非公認のファンクラブもあるとか何とか。
そんな彼女とは逆に特に目立つ所の無い一見は普通の学生の俺に、こうして話しかければ悪目立ちもする。
物凄く拒否したい。拒否したいが俺に拒否権は無い。
「……教室で、か?」
周囲の目を気にしながら問いかけると、白井は指を頬に当てて考える素振り。僅かな思考の後、口を開く。
「そうですね。どこか2人きりになれる場所に行きましょう」
「分かった」
重い腰を上げて椅子から立ち上がった。
そして、白井は俺が立ち上がったのを確認すると、あろう事か俺の腕にするりと抱きついてきた。
力強めにホールドされる腕。押し付けられる圧倒的な質量のたわわ。否応無しに”コレ”を好き勝手に弄んだ昨日の記憶が蘇り、身体が熱を帯びる。
「お、おい……白井、さん。これは……」
「なんでしょう?」
煩悩に支配されそうになる思考を振り払うように白井に戸惑いの声をあげたが、白井はそんなものはどこ吹く風と平然としている。
さも当然とばかりに腕を絡めているーーが、これはあまりに周囲の視線が痛い。突き刺さるような殺意を全方位から感じる。
「なにあれどういこと……」
「なんでアイツが白井さんと!?」
「は?どういう関係?意味分からないんですけど 」
「アレ当たってる?当たってるよね!?」
「うわっ柔らかそー」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
ヒソヒソと囁かれる声が聞こえた気がした。
「とりあえず離してくれないか?」
「ダメです」
ニッコリと天使のようなアルカイックスマイル。
いたたまれなさから発した言葉は、一言で切り捨てられた。離すどころかむしろ腕を抱きしめる力が強まり、ぐいぐいと押し付けれるたわわ。
これはあかん……(主に下半身が)
「黒田くんは卑怯者です」
天使の笑顔が迫る。白井は周囲に聞かれないよう小声で俺の耳元で囁く。
「だから逃げないようにこうして捕まえておくんです」
「別に逃げたりしないが」
「嘘ですね。嘘つきの黒田くんは直ぐに嘘をつきます。もう黒田くんの嘘に私は騙されません」
卑怯者、嘘つき。それを引き合いに出されたら返す言葉もない。
「さあ、行きましょう」
腕を引かれるがまま俺は白井に連れられていく。
白井の笑顔は変わらない。
女神のように美しく、
天使のように清らかで、
聖女のように慈愛に溢れていて、
俺がどうしようも無く惹かれた笑顔。
だが、今の俺にはその笑顔が酷く歪んで見えた。
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