第3話

七聖、達也、ジンの三人は日光が心地よく降り注ぐ中、色褪せたコンクリ―トの上を歩いていた。もちろんジンの全身は、達也の私物で固められている。今日は日曜日。人通りが多くジンの事情を知らない人間に首輪や傷を見られた場合、あらぬ誤解を招きかねないため春の陽気には似合わない長袖パーカーのフードをしっかりと被っている。


「達也...そろそろ機嫌直せよ。あんみつなら、お前の部屋から溢れるくらい買ってやっから。な?」


「あれは!三の区にある超有名で超人気の和菓子屋さんでしか売ってない超おいしいって話題のあんみつだったの!...超人気だからお取り寄せしたくても30秒で完売。三の区に住んでるゲーム友達に手伝ってもらってようやく買えた、幻のあんみつだったのに...。あんまりだよ...」


しおしおの顔で悲しんでいる達也に、そんなにレアだったのか、あのあんみつ。と思わず口にした七聖。七聖にとってあのあんみつはただの小腹満たしだったのだ。その辺のスーパーに売っているだろうと高を括っていた七聖は、達也のご機嫌を直す手段を歩きながら模索していた。


そんな二人の掛け合いを後ろから眺めていたジンも、主犯は七聖だが己の判断で共犯になった自分にも非があると思い、達也の肩をトントンと叩く。


「...達也......ごめん...俺が食べた...から」


「...えっ、ジン君...」


何かと思い振り向いた達也は、予想もしていなかったジンからの謝罪に面を喰らってしまった。昨日から、自分がどれだけ話しかけても頷いたり首を振るだけだったジンが自分に謝っているからだ。自分より遅く寝たはずのジンが自分より早く起きていたことに驚き、朝ご飯を食べなくてもシャキシャキ普通に動けることにも驚き、自分の知らない間に七聖との仲が良くなっていたことにも驚いていた達也。昨日からジンには驚かされっぱなしの達也はジンからのごめんの一言にどう返答したらいいかと悩んでいた。そんなジンも達也からなんの反応もないことに惑っていた。


「...」


「...お、おいしかった?......」


「...?......ああ」


「そ、そっか...。ならいいや。うん、ジン君は許してあげる」


「おいおい、随分とジンに甘過ぎやしませんか達也君?七聖兄さんだって大変おいしく『聖兄さんはダメ‼』そんなご無体なぁ...」


「さあ!ジン君、早く行こう?聖兄さんの家なら僕が案内してあげられるから!」


ちまちまとご機嫌を取ろうとする七聖より、ジンが伝えたごめんの一言になんだか嬉しくなった達也は、突っ立っているジンの手を取り先へと早足に歩いていく。急に手を取られ、なんだか嬉しそうな達也にジンはどぎまぎしてしまい手を引かれた瞬間に足をつっかえてしまった。何を思っての行動なのか分からないが、不快ではないのでまぁいいかとジンは達也にぐいぐいと引かれていく。


大げさに肩を落とすような小芝居を打っていた七聖はそんな二人の後ろ姿を追いかけながらズボンのポケットに両手をつっこみ、呆れたように笑った。


押江診察所から、昨夜ジンが倒れていた七聖の自宅までは徒歩20分弱でたどり着いた。ジンに、七聖の自宅まで案内する!と意気込んでいた達也は、七聖の自宅へそこまで頻繁に訪れてはいないため、あっちに行ったりこっちに行ったりとフラフラしてしまい、七聖に背後から「そっちじゃないぞー」「どこに行く気だー」と突っ込まれながらなジンへのエスコートを完遂した。


そんなこんなで七聖宅へたどり着いた三人は、七聖に招かれその敷居をまたいだ。七聖の自宅は、いまの時代には少し古ぼけたような三階建てのアパートの一室。一階部分の左が雰囲気のいいスナック、右側は空き物件となっていた。


「お邪魔しまーす」


「仕事の確認に来ただけだ、長居はしないぞー。達也、引き出しの中のもんいじくるなよ」


「分かってるよ。...あっ!これ...。はぁ。いくら探しても見つからなかったから間違えて捨てちゃったんだと思ってた。聖兄さんの家にいたんだね、よかった...」


「それお前が、絶対そこに飾るんだっ!て自分で置いて行ったやつだろ...忘れてたのかよ」


達也のあれ、そうだったっけ?と全く覚えていない様子に、昔馴染み故七聖は、どうせそうだろうと予想できていたので、とくに何を言うでもなくため息をついた。


ちなみに達也がなにを置いて行ったかというと、お手玉くらいの大きさを持つ丸っとしたひよこのぬいぐるみだった。ニワトリのぬいぐるみとセットで売られていて、達也の部屋にはそのニワトリのぬいぐるみがベッドの上で転がっている。まだ小さかった達也はなにを思ったのか「せいにーにと、はんぶんこするの!」と言って七聖の部屋にある木製の棚にひよこを置いて行ったのだ。


「ほかにも、なにかあったりするかな?フフフ」


「おい。言ったそばからいじくるなよ...」


達也にとって七聖の自宅は、忘れていた小さい頃の記憶が詰まった宝箱なのだ、それに加えいつまでもマイペースな達也には、やめろと言われてやめられる賢いおつむは機能しない。部屋に入った時に言っていた通り、お邪魔をしている達也にまた息を吐く七聖。


「ジン」


「っ...」


七聖の家に招かれてから空気のように存在していたジン。生活感のない部屋を見回しながら達也と七聖の会話を聞いていた時、ふいに七聖から声を掛けられ視線を七聖に向ける。七聖はジンの視線上にひとつの鍵を差し出す。七聖の指先に釣られている鍵は振り子のように小さく揺れている。


「何だ」


「一階のスナックの隣にあった、空きスペースの鍵だ。行けば分かる。選んで来い」


七聖は鍵をジンに投げ渡し、ジンがその鍵を手に収めたことを確認したら自分の作業へと早々に移った。詳しい説明がされないままに、ジンへと押し付けられた鍵。ジンはその鍵を数秒間見やり、七聖に言われた通りにしようと部屋を出る。これも七聖のカモとしての務めなのだろうか。そう考えながら階段下り、件の空き物件に足を運んだ。


背後に通る車道から車が走る音と、風を切る圧を感じる。【空き物件】と書かれた紙が貼られているドアの鍵穴に、七聖から受け取った鍵を刺す。ドアを開け、ジンは警戒をしながらゆっくりと室内に足を踏み入れる。慎重に周りを見回していると、白い壁には目立ちすぎる黒い突起物を見つけた。よく見れば鍵穴になっていた。ドアに付いていた物と酷似していたためジンは躊躇せずに鍵を刺し回す。すると突然、壁だった場所が開き、拳銃やライフル、刃物に爆弾とあらゆる種類の武器が現れた。


「...選んで、来い...か」


そう言った七聖の言葉の意味が分かった。己の首に白い悪魔が住む限り、己がクラッチとして生きていく限り、いつ命を狙われるか分からない。いくら身体能力の高いクラッチとは言え丸腰では心許ない。ジンはどれにしようかと特に悩むことはなく目についた折り畳み式ナイフとトカレフTT33を手に取る。ナイフは折り畳まれた状態のまま専用のホルスターに入れ、腰のベルトに取り付ける。次にトカレフ(自動式拳銃)を手に取り、スライドを動かし薬室を確認する。すでに弾が装填されていたためポリマー樹脂製のホルスターをナイフとは逆側の腰に装着する。






「あっ、ジン君!どこに行ってたの?急にいなくなったりして...」


「ジンには、俺からのお使いに行かせたんだ。いやー、どこかのピーチクと違って従順で利口だよジンは」


「...も、もしかして、そのピーチクって僕のこと言ってるの!?どうせなら、パーチクもちゃんとつけてよ!」


「お前は、ピーチクで十分だろ。というか自覚があったのかよ...」


「...」


ジンが物理的に訳アリな空き物件から外に出て少し経った後、アパートの階段から七聖と達也が下りてきた。二人はジンに歩み寄りながら相変わらずの軽口を叩き合っている。


そもそもなぜ七聖の家に来たのかというと、昨晩七聖がジンに話していた、首輪を外す為の伝手がいる場所へと向かうために必要な車を取りに来るためだったのだ。そのついでに仕事の確認が見たいと七聖が言ったため出発を予定していた時間よりオーバーしているが。三人は、車に乗り込んだ。運転はもちろん七聖、後部座席にジンと達也。


「そんじゃま、準備が整ったところで。...行くか」


「僕、八の区から出るの久しぶり!な、なんだか緊張してきちゃった...」


「遊びに行くんじゃないんだ。邪魔すんなよ達也。ジンも、いつまでも病み上がり気分でいるんじゃねぇぞ...」


「...分かってる」


病み上がりとは言うものの、昨晩ジンの身体を飾っていた傷たちは、今朝にはもうすっかり良くなっていた。いや、跡も残さず消えていたという方が正しいだろう。それが、クラッチとして生きるジンの定めであり常識。ガーゼを変えようとしていた達也が目を丸くしていたのをジンは思い出した。


車がゆっくりと動き出す。ちなみに三人が乗っているのは七聖の愛車ジープ,チェロキーXJ。


「遊間のとこに行くには七の区を通らなきゃいけねぇ。そこまで治安が悪ぃわけじゃねぇがそれはトガラの基準だ、警戒して損はねぇ」


「爺ちゃんが言ってたよ、最近トガラ全域で怪しい匂いがプンプンするって。アジムからトガラに入ってくる物好きが悪さしてるんだって」


「...七の区はもともとアジムからの一般人は受け入れていなかったはずだが、最近になってお偉いさん方が規定を変えて一部の人間だけだが、受け入れられるようになった...臭いな。ついでに最近は、どこも雪が降ってる...」


「雪?今は春だよ聖兄さん。あ、なにかイベントでもやってるのかな?」


「...」


純潔な心が透けて見える瞳で達也から質問を投げられたジンは、バックミラー越しに七聖からの視線を受け取り、詳しい説明はせず「分からない...」と返しておいた。達也は「そうだったらいいのになー」と車の窓から外を見ていた。


アジム(トガラの外)からやってくる物好きは、多くはないが少なくもない。そういう人間を標的とした犯罪や、またその逆のこともよく起きる。トガラに本当の平穏はないのかもしれない。


「四の区までどのくらいかかるの?」


「ざっと...4時間だな。途中の七の区で飯でも食うか」


「危険じゃないのか...達也もいる」


「フッ。はなからトガラに安全はねぇんだ、警戒はするが怯える必要はねぇよ。それに、お前のそれはなんのためのレングだ?頼りにしてるぞ、カモとしてな」


「そうだよ!僕もジン君のお目付け役として来てるんだもん。自分のことは自分で出来るよ」


もともと達也は留守番の予定だったところを辰彦が「七聖がジンを使い潰さないように見ていてやれ」と発言し、七聖も渋々許諾しついてくることが決まった。胸を張った達也の言葉は、信憑するに足りないと思ったが決して口には出さない者が若干二名その場にいることを達也は知らない。









・・・二時間後


お昼時を少し過ぎたころ、七の区に着いた。日曜日の昼間にしては人気がなく薄暗い七の区の街並みは、八の区の景色とは違っていた。そんな中、達也は約三年ぶりの八の区外のためそんなことは気にならず、キラキラというオノマトペが付きそうな瞳で辺りを見回している。


【お食事処 らくだ】店の前に車を止めて三人は中に入る。達筆な文字が書かれた暖簾を潜ると、昔ながらの日本家屋のように落ち着いた木の色が目に入った。ほかに客はいないみたいだ。おまけに店員もいない。


「こんにちわ!......あれ、いないのかな?こんにちはー!!」


姿の見えない店員へと達也が声をかけ続けるが、応答はない。七聖は先に四人掛けのテーブル席へと腰を掛けていた。二時間のドライブに腰が泣いているらしく腰を手で摩っている。ジンもそれに倣い腰を掛ける。


「い、いらっしゃいませ!ご主人さ...じゃなかった、えへへ。えっと三名様ですね、お待たせしました。注文が決まったら呼んでください。あっ、お冷持ってきますね!」


達也の声に、気づいたのか慌てたように店の奥に繋がる暖簾から出てきたのは、縦巻きツインテールが目を引く少女だった。駆け足で店の中を落ち着きがなくうろうろしている様子から、店員としての歴は浅いのだろうかとジンが推察していると、例の少女がお冷を持ってきた。


「...あの~、お客さんたちもしかして...アジムの人とかですか?」


少女は水の入ったコップをテーブルに置きながら三人に話掛けた。少女の問いに対して七聖が反応する。


「アジムの人だったら...一体なんだ」


「えっ、あ、いやー、あはは。最近アジムから来たって言うお客さんが多いんです。だから、お客さんたちもそうなのかな~と」


「...違う」


「そ、そうでしたか...」


少女は七聖からの返事に安心したような顔をする。その顔をお人好しが服を着ているような達也は見逃せなかった。


「何かあったんですか?」


「聞いてもらえますか!!急に店の中で生配信されちゃったり、変な機械で食事の数値?みたいのを測られた、いろいろされちゃっててもう、アジムから来る人ってほとんどが嫌な人ばっかり!」


達也からの言葉がトリガーとなり、待ってましたと言わんばかりに早口で事情を説明していく少女。少女の話を真剣に聞く達也を見た七聖は達也に、面倒くさいことに首を突っ込むんじゃねぇぞと視線で送る。残念ながら届いていないようだが...。


アジムの人間は本能的にトガラに住む人間を下に見ているようで、通行を許諾している区ではアジムから来た人間による迷惑行為が度々問題になっている。


「もともと客足は少ないらしいんで店長は困ってないって言うけど、地元から来るお客さんや常連さんの足が遠のいてて...政府は何がしたいのやら...」


「そうなんですね。僕たち八の区から来たんです。八の区だとそういうことはめったになくて、随分酷いことをする人がいるんですね」


「八の区からでしたか。すみません、お客さんに愚痴みたいなこと言っちゃいました」


そう言うと申し訳なさそうに少女は頭を下げ謝った。そんな少女に達也は優しい笑顔で「大丈夫ですよー」と声を掛ける。旅先で会った見知らぬ店員の困りごとに達也は胸が疼き、興奮していた心が萎えていくのを人知れず感じていた。そんな心を隠すように達也は品書きに目を通し注文をする。


「僕かつ丼大盛りにしようかな!ジン君はなににする?」


ジンは達也の手で目の前に差し出された品書きに目を通す。


「.........味噌汁」


「俺は、マグ茶だ」


「ジン君、本当に味噌汁だけで良いの?朝ごはん食べてないのに...死なない?」


「死なない」


「かつ丼と味噌汁とマグ茶ですね、かしこまりです。少々お待ちください」


達也がジンの細い体を両手でガシガシと掴み、死なないか確かめている間に少女は店の奥へと入っていった。数分後料理が届くと、三人はこれからの予定を食事をとりながら確かめていく。


「これ食い終わったら、寄り道せずに遊間のところまで行く。一応連絡は入れてあるが、あいつは...読めない男だ。信用はあるが信頼はするなよ」


「今晩は遊間さんのお家に泊まらせてもらうんだよね?」


「あぁ...ジン、首に痛みはないんだよな」


「あぁ」


「あいつは爺さん並みに変態だ、用心しておけ」


七聖はジンにそう告げた後、マグ茶(漬けマグロの茶漬け)を掻きこむ。達也は相変わらずの大食いで、かつ丼の大盛りをぺろりと平らげていた。自分より小柄なのにどれだけ胃袋でかいんだ?と七聖は少し達也の身体を不思議に思っていた。


さっさと自分の食事を終えた達也は、先ほどから店の扉をじっと見つめて動かないジンに視線を奪われていた。いったい何を見ているのかと自分も見てみるがよくわからない。達也はジンを不思議に思っていた。昨日出会ったばかりなのにジンのことを自分がとても気に入っていることも、彼の隣が心地いいことも。


「ジン君?どうしたの?」


「...」


何が言いたいのか分からないジンは、視線を達也に向け質問に首を傾げる。


「具合が悪いのかなって。さっきから扉の方じっと見て...」


図らずもジンの心が読めたのか、達也がジンに説明した。


「具合は悪くないが、外に...居る」


「お客さん?」


「...」


ジンは店に入ってから、嫌な視線を感じていた。しかし、殺意や悪意のように突き刺さるような視線ではないせいで、どう対処すべきか手をこまねいていたのだ。これ以上達也に心配を掛るのはなんとなく気が引けたジンは、お椀に入っていた味噌汁を飲み干した。


三人は食事を済ませ車に乗り込んでいた。もちろんお代は七聖持ちだ。達也は空腹が満たされたせいかジンの肩を借りて眠っていた。特別不快ではない為ジンは放っておいている。





店を出立してから1時間ほど経った時、車のスピードが急に速まった。幸いなことに七の区は車通りが少ないため今のところ大事には至っていないが、危険なことには変わりない。


「何があった」


「追手だ...。あの店からだな」


ジンは後部座席からちらりと後ろを覗き、黒いセダンが三台連なって追ってくるのを瞬時に確認した。


「どうするんだ」


「こういうやり方は翠禪じゃない。概ね、お前のことが大好きな自称保護者の仕業だろう」


自称保護者。その言葉が表す存在はきっと、緋川グループのことだろう。


「俺がやる」


「いいのか?今ならまだ間に合う。優しいパパとママが抱きしめてくれるぞ」


追手の車を足止めしようと、拳銃を片手に窓を開けたジンに七聖は慣れた手つきでハンドルを捌きながらふざけた様に言う。そもそもジンはルーマ襲撃事件(仮)の被害者側なわけで、緋川のお迎えを拒む必要は1㎜もないのだ。しかしジンの心は決まっていた。窓から身を乗り出し黒いセダンへと銃を構える。




「俺はいま...」



















「反抗期なんだ」





パン!!


大きな破裂音が道路に響く。見事に右肩を貫かれたセダンの運転手はあまりのショックに気絶してしまったようだ。直後、先頭を走っていた黒いセダンが大勢を崩した。他二台のセダンも玉突き事故のように巻き込まれていく。


一仕事終えたジンは窓を閉めて腰を下ろす。追手が遠のいたおかげで、車の速度も元に戻っている。


「親子げんかにしては...物騒だな」


「...俺を試すな...。店での視線、お前も気づいていたはずだ」


七聖はジンの言葉にふっと笑い、懐から煙草を出し吸い始めた。運転席側の窓が少し開いているのは彼なりの気遣いだろうか。


「試す?...味見だ。いい味だったぞ。血抜きが上手くできている」


わざと追手を見過ごしジンのことを味見した七聖は、ニヤニヤと笑った。たまに出る七聖のおふざけに今日は少しだけ腹が立ったジンは、視線を隣にいる達也へと向ける。決して小さくない音が鳴ったというのにいまだに目を開ける様子はない。一度眠ると何をしても起きないたちなのだろうか。








「そろそろ着くぞ、達也を起こしてくれ」


窓の外を見ていたジンは、七聖の声を聞き達也の方を見やる。寝ている。ノンレム睡眠のお手本のような眠りを見せる達也の肩を揺する。ずっと同じ体勢だと首が痛くなるだろうとジンは肩に乗っていた達也の頭をシートの上に移していた。ジンに起こされた達也は、まだ覚醒しきってない寝起きの顔でジンの顔を見つめる。


「...んぁれ?もぅついたぁのぉ?」


「もうすぐ着くらしい」


「あぁ。もう四の区にはいるぞ。外見てみろよ」



場所は変わって四の区。人気が少なく寂しささえ感じた七の区とは違い、人や建物で賑わっていた。八の区ともまた違う賑わいを見せる風景に達也は瞬く間に頭から湯気が出そうなほど大興奮していた。


「うわぁあ!すごいね!これが四の区の景色か...」


昼下がりの景色。達也にとって初めての四の区。ジンも一応初めてなのだが特に感動する様子はない。目的地に着いてから達也を起こしても良かったのに、わざわざ四の区の風景を見せてやるために達也を起こさせた七聖は、達也の嬉しそうな声に顔には出ていないが満足していた。


その後、完璧に目が覚めた達也がおしゃべりマシンガンに覚醒してしまい、ジンが軽く動揺していたことは七聖しか知らない。










コンコンコン

軽い弾けるような音が三回鳴った後、スゥーと自動で扉が開く。


「満さん。お茶をお持ちしましたよ。そろそろ休憩になさってください」


「ん、ありがとう...。はぁ。いつも言ってるけど、君はこの家の使用人じゃないんだ。火傷でもしたら大変でしょ」


「いいえ、私は居候の身です。お手伝いできることは何でもしたいのです。それに、今日は気分が良いのです。そうご心配なさらず」


「安住君...」


安住君と呼ばれた少年は自分の乗る車いすを手で押しながら満の傍まで進む。満は「そんなことしなくてもいい」と口うるさく伝えているが、安住はそれに応えることはなく話を軽く流した。いつもの頑固が始まったと悟った満はこれ以上自分が何を言っても聞いてくれないと分かっているため観念して安住から紅茶を受け取った。カップを傾け口に含めば、上品で芳醇な香りが満の身体に染み入る。


「これは、ダージリンだね?とてもおいしいよ」


「それは良かったです。今日、敏子さんにおいしい紅茶の入れ方を教えて頂いて早速挑戦してみました」


満のおいしいという感想が嬉しくて意図せず声がワントーン高くなった安住は、ふと目の前に散らばっている資料たちに気がついた。


「そういえば、お客様がお越しになるんでしたよね。確か、ご友人様だとか...」


「...うん。旧い仲なんだけどね...。もう何年ぶりだろうか、随分久しぶりに会うからなんだか落ち着かなくてね、気を紛らわすために仕事を始めたらこの有様だよ。フフフ」


「そうなんですね...」


「君と年の近い子も来るらしいし、仲良くなれたらいいね」


「...はい」


安住は極度の人見知りというわけではないのだが、ここ数年初対面の人間などいなかったせいでお客人と顔を合わせることが少し億劫になっていた。


「...もし不安なら『大丈夫ですよドクター』...そっか。けど無理はだめだよ」


「はい」




ピピッ!ピピッ!

かわいらしい電子音が満の携帯から鳴った。


「噂をすれば影が差す...か。僕は先に行くよ、君は敏子さんと後からおいで」


「はい、わかりました」


満は、部屋の外に居た使用人の一人に声を掛け安住のことを託した。彼らを出迎えるために早足で歩く。先ほどまで不安が心に渦を巻いていたのに今では顔に微笑みを浮かべている。


「今行くよ、セブン」










あとがき


ここまで読んでくれた人っているんですかね?いたらうれしいな。







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